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閃光の戦乙女はムキムキになりたい。夢は、分割払いです。  作者: 浦賀やまみち


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第05話 最初から一本の道




「どうやら良好のようですね」



 カーテンでしきられた病室内のトイレ。

 丸聞こえの音を、医者が嬉しそうに評価した。


 性別を変更した場合、最初の関門は排尿だという。

 男女では感覚が異なり、ここで数日を要するケースもあるらしい。


 俺は、すんなりいった。

 病床で長く世話になっていたせいだろうか。



「はーー……。」



 深々とため息がこぼれた。

 隣の鏡を見れば、そこに憂鬱そうな美少女がいた。


 肩甲骨あたりまで伸びた栗色の髪。

 歳の頃は、十五歳前後。


 俺だ。俺だった。



「……流していいですか?」

「はい、どうぞ」



 自分の後始末をして、ボタンを押す。


 シュパッ、と便器内のものが一瞬で消えた。

 薬液らしき青い液体が縁から渦巻状に放出され、それもすぐに一瞬で消える。


 あとに残ったのは、ぴかぴかの便器。

 未来を感じた。



「うんうん……。健康そのものですね」



 どうやら、消えたものは同時に分析もされるらしい。


 俺が入院歴の長い男で良かった。

 見た目通りの女の子なら、恥ずかしさに悶え苦しんでいるだろう。


 あの鎮痛剤をまた打たれるのは嫌だ。

 癖になりそうで。



「これ、穿くのか……。」



 用意された病衣に着替える。

 当然、まずはピンクのパンツだ。


 ぴったりとしたフィット感が、やけに気に入らない。

 男なら必要になるポジショニングの手間から解放されたのは、喜ぶべきことのはずだ。


 それにしても、フロントに付いた小さなリボン。

 三千年前も、女の子のパンツにはリボンが付いていた。


 何のためにあるのだろうか。



「先生……。」

「はい、何ですか?」



 病衣もピンクだ。

 青が着たい。


 女の子のパンツのリボンが健在なのだから、男の病衣は今も青系統に違いない。



「俺、男なんです」

「何度も聞きましたが?」



 俺は一度は着ようと広げた病衣を、力いっぱいに丸めて、床に叩きつける。

 レールから引き剥がす勢いで、カーテンを開く。



「男に戻してください!」

「まず服を着てください」



 目の前に医者がいた。

 右手には鎮痛剤が構えられている。



「……はい、今すぐ着ます」



 俺は、病衣を慌てて拾った。




 ******




「結論から申し上げましょう。

 今すぐ男性へ戻ることは可能です」



 一瞬、呼吸が止まった。

 希望の光が、脳の奥で遅れて灯る。



「じゃあ!」



 身体が勝手に前へ出る。

 食いつくような声が出た。



「費用、どうなされます?」

「えっ!?」



 希望の光は、瞬きするよりも早く消えた。


 父さんも母さんも、もうこの世界にはいない。

 俺は一人で生きていかなければならない。



「払えます?」



 事務的な確認だった。

 感情は、そこに一切ない。



「しゃ、借金で! か、必ず返します!」



 甘い考えだと分かっていた。

 それでも、それに縋るしかなかった。



「残念ながら、ユウキさんはすでに莫大な借金を抱えています」

「……は?」

「審査が下りるとは考えられません」

「ば、莫大な借金って……。な、何?」



 しかし、甘さは残らなかった。

 苦い現実だけが静かに差し込まれる。


 頭が理解を拒んだ。

 思わず、目をぱちぱちとさせる。



「その身体ですよ」

「あっ!?」



 医者に指をさされ、息を飲む。


 すでに、脳以外はすべて機械だと聞かされている。

 それらしいものは首筋のコネクターだけだった。


 継ぎ目はどこにも見当たらず、肌は弾力に富む。

 指には指紋があり、身体を動かせば皺ができる。


 サイボーグと分類される、人間そのものの身体。


 それが安価であるはずがなかった。

 最新式モデルだとも聞いている。なおさらだ。



「遭難者の救助は、この宇宙の義務です」


「それに対し、国も補助金を出しています」


「しかし、あくまで補助です。全額ではありません」



 医者が説明を淡々と重ねる。

 その左手の操作と共に、目の前の何もない空間にウィンドウが現れた。



「そして、こちらがユウキさんの蘇生にかかった金額です」



 天文学的数字だった。

 それとも、この国はハイパーインフレが起こっているのだろうか。



「脳だけでしたからね。さすがに費用はかさみました」

「……ど、どうしたらいいの?」



 俺が、最後のお年玉で貰った金額は、全部で五万円だぞ。


 その五万円も、もう時の彼方だ。

 太刀打ちができない。



「その点は、ご安心を……。

 そちらは、国が用意してくれています」



 紙が差し出された。

 すごい技術がいろいろとあるのに、『今更、紙?』と戸惑う。


 だが、問題はそこではなかった。

 一番上に並ぶ文字列『東銀河共和国軍入隊同意書』に、不穏しか感じない。



「衣食住が保証され、給与も支給されます。

 今のユウキさんには最も適した職業です」

「……軍以外は?」



 最後の抵抗だった。


 ロボット戦争アニメが好きだった。

 ロボットの冠が付くシリーズはすべて観た。


 ゲームも買った。

 ロボットに乗ってみたいとも思った。


 だけど、それはただの夢だ。

 実際に戦争に参加したいとは思っていない。



「地道に探しても構いませんが……。」


「貸付は国です」


「毎月の返済日、指定の口座から必ず引かれます」


「三度までの延滞は許されます」


「しかし、四度目を迎えたとき、ユウキさんは回収されます」



 ごくりと、喉が鳴った。

 この身体は、本当に『機械』なのだろうか。



「……回収って?」

「その身体は、別の方に再利用されます」

「お、俺は、どうなるの?」



 声がかすれていた。



「脳核が中央のブレインとよばれるデバイスに移植され、その一部になります」

「……し、死ぬってこと?」



 意味は分からなかった。

 しかし、それが『終わり』だということだけは分かった。



「いいえ、死にません。

 死ぬのは、借金の返済を完了するか、ユウキさんの演算能力が衰えたときですね」



 医者は首を左右に振った。

 思わず、顔が引きつる。



「……ぐ、軍に入ります」

「それが賢明かと」



 最初から、道は一本しか用意されていなかった。




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