第02話 未来への片道切符
小学校四年生の運動会。
転んだ。
ただ、それだけだった。
友達に笑われた。
先生に心配された。
母さんは少し困った顔をしていた。
俺も笑っていた。
よくあることだと思ったからだ。
最初は、本当にそれだけだった。
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六年生になった頃、少し変だと思った。
階段で転ぶ。
ボールを受け損なう。
箸を落とす。
文字が少しずつ歪む。
それでも、まだ大したことじゃないと思っていた。
母さんが病院に連れていくと言ったときは、ただ面倒くさかった。
欲しかったゲームを買ってあげるからと言われ、渋々だった。
街の病院から県の病院を経て、東京の大学病院へ。
何度も検査を受けた。
採血もした。
機械にも入った。
学校を何日も休めてラッキーだと思った。
病名は長かった。
覚える気にもならなかった。
でも、一つだけ理解した。
治らないらしい。
父さんと母さんが泣いているのを、こっそり聞いて知った。
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一日も通わなかった中学校。
病室生活。
じいちゃんが頑張って、個室にしてくれた。
友達からの手紙は途絶えた。
東京の大学病院だから、見舞いは最初から来ない。
父さんと母さんは毎週末来た。
スマホとゲームと動画が世界になる。
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十六歳になった頃には、もう歩けなくなった。
アクションゲームをやるのがしんどい。
尿瓶を取られるのが恥ずかしくなくなった。
触られても分からない。
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両親、父方と母方の祖父母が揃った、十八歳の誕生日だった。
ケーキのろうそくが吹き消せない。
肺も弱り、呼吸器を付けるのが常になっていた。
代わりに父さんが消した。
少し気まずかった。
母さんが笑う。
みんなも笑う。
俺も笑う。
誰も心から笑っていなかった。
「よーし、来年のプレゼントは何がいい?
父さん、アキラのためにがんばっちゃうぞー!」
「じゃあさ……。コールドスリープって知ってる?」
母さんの笑顔が固まった。
じいちゃんたちも押し黙った。
父さんの目が鋭くなった。
「……本気か?」
「うん」
死にたくなかった
歩きたかった。
走りたかった。
普通に生きたかった。
でも、今の医学では無理だ。
未来なら分からない。
可能性がゼロじゃない。
だから賭けるしかなかった。
それだけだった。
「あんなもの、SFだ。
実例はあるらしいが、眠りから覚めた人はいないんだぞ?」
その淡い希望は、父さんたちも持っていたに違いない。
そうでなかったら、まさにSFな提案をいきなりして、こう返ってくるはずがない。
さらに本音を言うと、両親に迷惑をかけたくなかった。
俺が生きているだけでかかる費用。
もう十分だろう。
もちろん、コールドスリープをするにも費用はかかる。
だが、世界から名医と呼ばれる人を何人もここに呼び寄せている、その値段よりも安いのは分かる。
「……もう会えなくなるんだぞ?」
「生きながら死ぬのは嫌だ」
母さんが泣く。
「すまないが……。全部は無理だ」
「脳みそだけでいい」
じいちゃんたちも泣いた。
俺は、笑った。
「未来なら、身体くらい簡単に作れるだろ。
俺は……。走るんだ!」
本当は怖い。
身体を失う。
顔も。
腕も。
脚も。
全部なくなる。
でも、未来へ行けるなら。
可能性があるなら。
もう一度、走れるなら。
「やりたい」
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数カ月後、俺はヨーロッパへ渡った。
コールドスリープするには、死んでいなければ受け入れてもらえない。
安楽死するためだ。
「決意が固まりましたら、ボタンを押してください」
花を一輪持たされ、カプセルの中に入れられる。
「アキラ、元気でな!」
「アキラ、しっかりね!」
「俺、頑張るよ!」
キャノピーがゆっくりと閉じた。
俺は、ボタンの上に置かれた右手を必死に握りしめた。
眠くなる。
意識が落ちる。
気持ちいい。
そして、次に目覚めたとき。
俺は美少女だった。
「……なんで?」




