第01話 閃光の戦乙女、見参!
「んっ……。」
目が覚めた。
吐いた息が白い。
コールドスリープの名残りだ。
艦内の照明はすでに点いている。
遠くで機関の低い振動音が続いていた。
シートがゆっくりと起き上がり、覚醒を補助する。
胸元に流れる栗色の長い髪と、その胸に感じる違和感。
「はぁーー……。」
思わずため息が落ちた。
雪のように白い肌。
大きくもなければ、小さくもない。
美乳だ。
両手で押さえれば、張りのある柔らかさを感じた。
「はぁーー……。」
今一度、ため息がつく。
揉めば、たちどころに形を変え、離せば、すぐさま元に戻る。
「寝起きの自慰行為は非推奨です」
すぐ隣で、呆れた声が聞こえた。
「ちげーよ!」
反射的に振り向く。
そこに立っていたのは、一人の青年だった。
黒い燕尾服。
白い手袋。
背筋は定規でも入っているかのように真っ直ぐ伸びている。
年齢にすれば二十代半ば。
俳優か何かと見紛うほど整った二枚目だった。
もっとも、人間ではない。
今、俺が乗っている艦そのもの。
ホログラフィーとして投影された端末だ。
「では、欲求不満ですか?」
「言い方を変えただけじゃねーか! 違うって言ってんだろ!」
艦内のどこにも『気まずさ』は発生しない。
この艦の乗組員は俺一人だけ。
「元気でなによりです。マスター」
「お前、本当に俺の従者?」
セバスチャンが恭しく頭を下げる。
その手には、いつの間にかティーカップが載った銀のトレイがあった。
差し出された茶を飲む。
俺好みの温さが喉を通り、胸の奥へと落ちていく。
この身体は、脳以外のほとんどが機械で構成されたサイボーグだ。
それでも、温かさが染み渡る感覚は残っている。
「もちろんです」
俺の部屋は、『これぞ、男!』と呼べるもの。
壁を埋め尽くしていたセクシー女優のポスター。
棚に並ぶロボットの模型。
雑然と積まれた漫画やゲーム。
そんな趣味全開の私室が、一瞬で消える。
代わりに現れたのは闇だった。
その中心で、この艦の全景立体映像がゆっくりと回る。
「東銀河共和国所属、ニンジャー型高速戦艦007号機。」
流線型の黒い船体。
十六連射の艦首シュリケーンビーム砲。
二本の隠し腕。
俺が『斬艦刀』と名付けた、ビームカターナ。
「私は、マスター『ユウキ・ミカムラ』大尉によって、『セバスチャン』と命名された端末です」
日本人、すごいよね。
頑張ったね。
西暦は、2400年で幕を閉じた。
今は、宇宙暦が3326年だ。
でも、忍者の伝説が残っているのだから、本当にすごい。
「知ってるって……。」
俺は、諦めた。
このまま放っておくと、セバスチャンの自慢が始まるのは分かっていた。
「……で、接敵まで、あとどれくらい?」
「あと183秒で、戦域に突入します」
そんなことより、俺が目を覚ましたということは、戦闘が近い証拠だ。
俺はヘッドレストに頭を乗せる。
ナノマシンが身体を覆い、全裸からパイロットスーツになる。
「んっ……。」
甘い声が漏れた。
首筋のコネクターが接続されたときは、いつもこうだ。
神経接続の影響なのか。
理由は知らない。
ただ、毎回こうなる。
俺は男なのに、どうしてこんな声が出てしまうのだろう。
「作戦の概要を説明します」
「はいはい」
次の瞬間、俺はセバスチャンで、セバスチャンは俺になった。
暗黒に無数の白い光が流れてゆく。
それは光学センサーが捉えた星々だった。
「第一段階、戦域突入」
前方に戦域図が展開される。
赤と青の点が無数に浮かぶ。
「第二段階、敵中枢の撹乱」
事前の作戦通達であった通り、大劣勢のようだ。
ちょっとワクワクしちゃうね。
負けそうな戦場。
無茶な作戦。
常識外れの戦果。
一攫千金だ。
今の女のボディを捨て、男のボディを手に入れる日が一歩近づく。
「第三段階、敵旗艦撃沈」
頑張れ、俺。
負けるな、俺。
目指せ、身長百九十センチ。
胸囲百三十センチ。
腕周り六十センチ。
シックスパックが、俺を待ってるぜ。
三十年前から、カタログにチェックは済ませてある。
「雑すぎ! もうちょっと、こう何かあるだろ!」
「ありますけど……。マスターに言っても無駄ですよね?」
「いや、まあね。でも、雰囲気とか……。」
あとは金だけだ。
世の中、だいたい金で解決する。
それは今も昔も変わらない。
悲しいね。
「雰囲気とは、戦術的優位性に寄与しますか?」
「しないけどさぁ!」
「では、マスターがよくいう『高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に』です」
「くそっ……。」
空間が歪み始めた。
シート左右の操縦桿を握りしめる。
実際の操縦は、思考で行われる。
操縦桿は、昔の名残りに過ぎない。
「どうして、こうなっちゃったんだろうなー」
「借金返済のためでは?」
「俺は、男……。男なんだ」
必要ないと言う者もいる。
だが、分かっていない。
こういうものは握ることに意味があるのだ。
パイロットをやっている感が、重要なのだ。
それが男の子というものだからな。
俺のシュリケーンビームが火を噴くぜ。
「性的な意味に聞こえます」
「思考を読むな!」
「仕様ですから」
「……お前を、可愛い女の子に設定するべきだった」
空間がめくれた。
「ワープアウト、エンゲージ」
数多の火線が走り、そのたびにどこかで爆発が起こっている。
戦場だった。
「ちくしょう! やってやんよ!」
彼我兵力差は三倍。
圧倒的な不利だ。
しかし、ここを奪われるわけにはいかない。
だから、俺が呼ばれた。
「俺を誰だと思ってんだ!」
「天頂方向に感あり」
「『閃光の戦乙女』様をなめんなよ!」
「イナーシャルキャンセラー発動」
「男だけどね!」
「フライホイール全開」
「きゃんっ!?」
もう迷いはない。
敵艦隊旗艦を目指し、真っ直ぐに突き進む。




