40話 選択
エリシアは、リアムの首が絞まり続けるのは危険だと思っていたよ。リアムも立っていられなくて、膝をついていたんだ。
「あなたの命令には従えません。リアム様のご命令ならば聞きましょう」
リアムは朦朧とする意識の中、エリシアが死を選ぶのではないかと不安になったよ。
エクトルたちと造った屋敷は壊れ、帝国が崩れる。
多くの人が築き、守ってきた帝国をこの浅はかな王に渡していいのか。
リアムは立てるまで回復したけれど、黙って下を向いたままだから、ランバート王がもう一度言ったよ。
「リアム。皇帝に言うのだ。お前は死んで、その座を渡せとな!」
リアムはゆっくりと顔を上げて、エリシアを見て言ったんだ。
「…これは俺の落ち度だ。お前は危ないと忠告してくれた。あの愚王の命令に従わなくていい。守れ。帝国を、民を。何一つ奪わせるな!」
ガッと首が絞まって、今までよりきつかったよ。ジョゼフィーヌが叫んで近寄ろうにも、兵士に阻まれていたんだ。
リアムは息ができずに倒れたよ。
ランバート側の通信魔法具から騒がしい声がしたけれど、すぐに消えたんだ。
聞き覚えのある声に、ヒューゴはきっとアダンだと思ったんだ。
孫の首を絞められているところを見せられて、おじいちゃんはブチキレただろうね。
将軍は性格激似の軍曹に、リアムが生きているか確認させたよ。首輪は緩んでいたけれど、リアムは脂汗を額に浮かべてフーフー息をしていたんだ。
今度絞められたら、本当にリアムが死んでしまう。
ジョゼフィーヌは愛する人が苦しんでいて、軽くパニックになっていたよ。
こんな危険な場所まで、会って数日の男のために来たのか。
リアムの第一印象がナンパ男という、あまりいいものではなかったよ。
話していくうちに、彼の優しさと素直さに警戒を解いていったんだ。
一目惚れというわけではない。きっと惹かれていったきっかけは、薬屋のときに庇ってくれたリアムの背が大きく見えたこと。
それまで一番大切だった母親に、いつしかリアムのことばかり話していた。
幼いときには弟も事故で、父親も病で、そして母親も。
ジョゼフィーヌはひとりぼっちになった。
親しい友人たちはいたけれど、母親の介護で徐々に交友関係は消えていったんだ。
お金もない。
おしゃれもできない。
久しぶりに会った友人は流行のファッションに、化粧をして美しく輝いて見えた。対して自分は何年前かに買った服と靴。
それは母親のためと自分に言い聞かせてきたけれど、結局母親も失った。
ジョゼフィーヌの大切な人たちは、みんないなくなってしまう。
リアムが死んだらどうなる?
また失うのか。
―――もうひとりぼっちは嫌よ!
ジョゼフィーヌはなんとかリモコンを奪えないか考えていると、パッと閃きのまま行動したんだ。
「ねえ、兵士さん」
軍曹はなんだいたのかこの女、という顔をしていたよ。ジョゼフィーヌはちょっと色っぽく小声で話しかけたんだ。
「そこの男、死んだの?あなたにお願いがあるの。私、彼からフーの親の飾り羽根を借りてて。ほら、もっと近くに来てよ」
お金に目がくらんだのか、軍曹は部下にリアムへ回復魔法をかけろと言ってから、ジョゼフィーヌに近づいたよ。
「ほう?それで?」
ヒソヒソと聞いてきたよ。
「そいつ死んだら私のものになるけど…。早くここから出してくれたら、あなたにあげてもいいわ。あら、あなたよく見たら男前ね」
撫でるような声で、とろけるような笑みを浮かべてみたよ。
夜の街で生きようとつけた浅知恵は、意外と訳に立ったらしいね。軍曹は舐めるようにジョゼフィーヌを見てから、肩を撫で回したよ。
ちらりとぐったりしているリアムを見て、女を目の前でとられる気持ちはどうだと軍曹が嗤っていたよ。脳内はエロいことを考えていたみたい。
軍曹は将軍に何やら話をしてから、ジョゼフィーヌを押さえていた兵士たちに命令したんだ。
「女を放してやれ。用済みだ」
兵士から離れると、ジョゼフィーヌは軍曹の胸によろけたよ。
「あとで俺のテントに来いよ」
軍曹がデレっとしていたのを見逃さず、ジョゼフィーヌは微笑んで、軍曹の肩に手を置いたよ。
「ええ。素敵な夜を過ごしましょう。その前に」
「その前に?」
ジョゼフィーヌは軍曹の股間目掛けて蹴り上げたよ。弾みで落ちたリモコンを素早く拾ったんだ。
リモコンを奪い返そうとする軍曹や兵士の手から逃げて、ガレオたちの方へ投げたよ。
「それを壊して!」
「おんなー!!」
股間を押えて、痛みにもだえながら軍曹は銃を出したんだ。
ジョゼフィーヌは、リアムの元へ向かって必死に叫んだよ。
「逃げて、リアム。逃げて!立って!お願い!!」
リアムは回復しきれずに、まだぐったりしているよ。
大人しくしていたガレオたちは暴れていると、ちょうど狩りから戻ってきたフーが降りきたから、ガレオがリモコンを投げたよ。
ごはんかなとフーは嘴でキャッチしたけれど、完全にジョゼフが乗っているのを忘れているね。急降下したときに悲鳴が聞こえたんだ。
「ジョゼフの奴、白目向いていなかったか?」
ガレオが周りの兵士を殴りながらも、ちゃっかり見ていたみたい。
「あいつ、絶対チビったな」
後でイビってやろうと、バヤールはほくそ笑んでいたらしいよ。
「その女を殺せ!!」
一瞬なごんだガレオたちは、将軍の言葉にひやりとしたよ。
ジョゼフィーヌに向かって軍曹は発砲したんだ。防御の魔法具が発動したけれど、足を撃たれてしまったよ。
立てなくて這いながら、リアムに近づくよ。
「リアム、起きて。逃げて!」
リアムを囲っていた兵士はすっと離れたよ。ジョゼフィーヌを撃つ流れ弾が中らないようにね。
「楽に死ねると思うなよ、女」
軍曹はいたぶるようにわざとジョゼフィーヌを外して、怖がらせていたよ。
「これは、なぁんだ?」
将軍がポケットから取り出したリモコンに、ジョゼフィーヌは声を失ったよ。リモコンが二個以上あることを、ジョゼフィーヌは知らなかったみたい。
将軍と軍曹の嘲笑にジョゼフィーヌは唇を噛んで泣くのを我慢したけれど、涙が止まらなかったんだ。
リアムはジョゼフィーヌの叫び声と血の臭いに、徐々に意識を取り戻したよ。
はっきりと視界が戻ったとき、足と腕から血を流しているジョゼフィーヌの姿が見えたんだ。
首輪をされて大人しく従ったのは、何度も苦痛が訪れるのを知っていたから。
遠い昔奴隷だった前世を経験したせいで、支配者側の人間の残虐さを嫌でも理解していた。
今はサクスムのときとは違う。
思考を放棄しなければ生きていかれないほど、劣悪な環境で育ったわけではない。
脅威になる暴力から己を守る力も知恵もある。魔法も思考も奪われていない。
それでも心にあったのは、暴力に対する怯えと、人を殺したらまた天国に行けないのではと思ったから。すでに傭兵として人を殺しているけれど、殺したという感覚がまだ持てなかったんだ。
ここで彼女を殺そうとする人を、そのままにしたらいいのか。
脅威となる人間を殺しても、それは人を殺したことには変わらない。
手が清らかなまま、暴力から守る手立ては?
そんな方法あるのなら、古来より戦争で人は死なない。
「リアム、起きて!」
ジョゼフィーヌはリアムに助けを求めているのではない。彼女がリアムを助けようとしている。
「女、どけ。そいつに中たるだろう。誰かそこの女を捕まえろ」
兵士たちはジョゼフィーヌの両腕を掴んで、座らせたよ。
「早く始末しろ」
ランバート王の非情な言葉に、エリシアもガレオたちも批難したけれど、軍曹はニヤニヤしながらジョゼフィーヌの胸に向けて銃を片手で構えたよ。
ジョゼフィーヌは死を覚悟して目を瞑ったんだ。
「うぐ…」
ジョゼフィーヌではなく、軍曹が胸に手を当てて苦しんでいたよ。
倒れるとピクリと痙攣したようになってから、目を開けたまま動かなくなったんだ。
ジョゼフィーヌを押さえていた手が離れて、どうしてか兵士たちは互いの頭に銃を向けていたよ。
「なんなんだ!」
「身体が勝手に!」
ガレオたちを押えていた兵士たちも、部屋の中央に集まって自分のこめかみに銃を当ててたんだ。
「何が起こった?」
ランバート王も現地にいる将軍も困惑していたよ。カジミールやヒューゴは何ともないんだ。
エリシアはまさかと、心当たりがある人物へ視線を向けると、先程まで倒れていたところにはいなくて、ジョゼフィーヌのところにいたよ。
彼女は撃たれた腕を押さえて、泣きそうな顔をしていたよ。
「リアム…」
「ごめん。怖い思いをさせて」
ジョゼフィーヌの傷の手当をしたいけれど、すでにリアムは人を操る魔法を広範囲にかけていて余力がなかったんだ。
まだ動ける兵士はいて、リアムに銃を向けていたよ。
『ユビキタス、止まれ!』
銃はスカスカとなって発砲しなかったから、兵士たちは虚を突かれたんだ。
「リアム!ジョゼフィーヌを」
まさかの魔力ゼロのヒューゴが、杖を投げて寄越したよ。
リアムは受け取るとジョゼフィーヌに治癒魔法をかけて、敵になりそうな兵士の動きを止めたんだ。
この杖は便利なもので、複数の魔法を継続して使えるんだ。だからリアムが治癒魔法や人を操る魔法をかけ続けなくて済んで、別の魔法を使えるようになったよ。
将軍はリモコンを押そうとしたけれど、指が固まって動かないんだ。
カジミールは銃を抜いて、ヒューゴを守るように立ったよ。ヒューゴの行動に一番焦っただろうね。
ガレオたちはリアムの方へ駆け寄ってきたんだ。
リアムはジョゼフィーヌを抱きしめると、耳打ちしたよ。
「ありがとう。君のおかげで助かりそうだ。だから今は休んで」
ジョゼフィーヌの涙を拭うと、彼女にキスをしようとしてやめたんだ。
「今から俺は俺でなくなるから、きっと嫌いになる」
「リアム?」
リアムはジョゼフィーヌから離れたよ。
「ガレオ、ジョゼフィーヌを頼む」
「いいが…」
形勢逆転と言えるのか。
ガレオはこの状況に困惑していたよ。大勢の人が魔法で誰かの支配下にあるのは、初めてだったんだ。
リアムはゆっくりと将軍のいる皇帝の座る椅子へ歩き出したよ。
「…何を恐れていた?何を守りたいから俺は首輪をされた?はじめから決断していればよかったんだ。愚王とお前を殺すことをね」
「貴様…!」
将軍は何度もリモコンを押そうにも指が動かないよ。
将軍のいる皇帝の椅子へ続く階段を上り、その先の景色をリアムは知っている。
恐怖、畏怖、そして崇拝の、眼、眼、眼。
現世は避けようとしていた景色に向かってゆく。
将軍の手にあるリモコンを取り、しばし見つめて一つのスイッチを押すと首輪が外れたよ。
「お前は下がっていろ」
将軍の足は勝手に動いて、階段を転げ落ちたよ。
リアムは皇帝の椅子にゆったりと腰を下ろし、足を組んでふてぶてしく笑ったんだ。
「懐かしい景色だな。天井がないのは新鮮だが。
お前らは私の名を忘れているようだから、改めて名乗ろうか。私はマニュス・アルクスである。お前たちが統一王と呼んだ人間だ」
しんと静まり返った謁見の間で、リアムは自分を見上げる人々を見渡したよ。
「お待ちしておりました、マニュス陛下。自ら戒めを解かれるとは流石です」
恭しく皇帝エリシアは頭を下げて言うよ。魔法具に映った彼女にリアムはうなずいたよ。
「お前たちが待っていたのはルドだろう?」
「ルド様もすべてマニュス様の来世です。私たちはお目覚めを待っておりました。正直マニュス様のご降臨は、もう少し早いのかと思っておりましたが」
降臨という言葉にマニュスは笑ってしまったよ。
「別に降り立ったわけではない。私のやり方は少々残酷だから、我慢していたのだ。おかげでとても不愉快な時間を過ごした。私はもう黙ってはいないぞ?」
階段下にいた将軍は、立ち上がると中央にいる兵士たちの輪に転がったよ。
自分の意思とは関係なく動いてしまうのが怖くて、将軍も兵士も怯えた顔をしていたんだ。
「私も歴代の生も理不尽に嘆き、力なき者のために尽くして、まともな世の中を作ろうと目指していたが…。
どうやら弱き者を強き者が虐げて楽しむのが、現在の支配者の流儀のようだ」
「いえ、違います。我が国も、他の多くの国もこのような…」
「お前は少し黙っていなさい」
リアムは微笑みを浮かべて優しく言うと、エリシアはぽっと頬を紅くして、はいとか細い声で答えたよ。
近くにいたカリナは母親の様子を、やや冷めた目で見ていたよ。
そんな帝国側が気にならないみたいで、マニュスは改めて魔法をかけている兵士たちの様子を観察したんだ。
「誰一人、私の魔法を防御や解除が自力で出来る者はいないのか。使い手の能力の低下は嘆かわしいな。
ランバート王家は私の血筋だというが、リアムを私の転生者と認めなかった上に、首輪をして飼おうとした。許しがたいし、私もお前たちを子孫とは認めん。二度とアルクス、この国ではアルクか。アルクを語るな、愚か者め」
「…お前のような傭兵ごときが、我が祖先の名を語るな」
ちょっと前の威勢はどこへやらで、ランバート王は虚勢を張っていたよ。
まあ、でも、アダンがシャルルを勘当していなかったら、リアムはアルク家の正統な後継者だったわけで、リアムを馬鹿にすることは王様の血筋も馬鹿にすることだよ。
その辺りを王様は抜けているようだね。
マニュスは肘掛けに片肘をのせて、映像の王を見ていたよ。
「ほう。言うではないか。ではお前が教えてくれた現代の流儀を参考にして、本当の権力とやらを教えてやろう。そして、お前が愚王であることを自覚せよ」
おまけ
フーがリモコンキャッチ後、近くの公園でジョゼフを下ろした時のこと。
「じょぜふおにいちゃん。だいじょうぶ?」
「うぅ…気持ち悪い」
ジョゼフは人生初の急降下体験に気持ちが悪くなったよ。
「うぅ…」
フーも真似して吐いてみたら、リモコンがポロンと落ちたよ。
ジョゼフは気づいたけれど、フーのツバだか胃液だか分からない臭い液体がついたんだ。
「…もう壊れてるさ。それよりシャワー浴びて着替えたい」
ジョゼフはチビっていた!
そのあとリアムたちと合流したジョゼフの顔色を見て、バヤールはからかえなかったらしいよ。




