38話 からくり屋敷
「どうなっている。建物が消えたぞ!」
兵士たちがざわついていると、ヒューゴやカジミールが走ってきたよ。
「外の者が、屋敷の半分が消えたといっているが…」
カジミールは足を止めて、崩れた廊下から見下ろしたよ。先程まで瓦礫なんて見えなかったんだ。
リアムは過去の記憶を振り払い、深呼吸してから説明してあげたよ。
「敵が領主の屋敷まで攻めて来たときに、略奪を防止するために色々な仕掛けを千年前にしたのだが、まさか未だに残されていたとはな。
すべて倒壊しないように建物をいくつかブロックわけにして、外見は一つの屋敷に見えるように建てていたんだ。倒壊させた後、魔法でさも壊れていないように見せる」
「魔法で隠蔽するには莫大な魔力が必要だよ?」
ヒューゴはこのような仕掛けや技術があるとは知らなかったよ。
「千年前はなかったが、今はコアがある。理論上永遠に幻影を見せ続けられるわけだ」
「建物を壊して、わざわざ隠す理由はなんだ?」
カジミールは意図がわからなかったみたい。
「俺が魔法を解除していなかったら、どうなっていた?」
「…あのまま進んで下に落ちていただろうな」
カジミールが気づいて言うと、兵士たちは身震いしていたよ。リアムがいなかったら、落ちていたかもしれないからね。
「というわけだ。他にも意地の悪い仕掛けがたくさんある。気味悪がって屋敷の捜索をしようと思わないだろう?」
「大胆というか、後のことを考えないというか。もうこの屋敷は使えないじゃないか」
カジミールが言うとヒューゴは察したよ。
「敵に拠点として使わせないためか」
「それもある。こうも崩れてしまえば、秘密文書もお宝も探すのに時間がかかる。だから変に歩くなよ。俺の知らない仕掛けもあるかもしれないし」
カジミールは崩れた場所から見渡すと、外から崩れた屋敷の中へ入ろうとしている兵士を見つけたんだ。あまり動き回るなと言ってから、ヒューゴのそばへ戻ったよ。
「敵に奪われたくないからって、ここまでするか?帝国人の考えることはわからない」
「悪かったな。考案したのは俺…神帝と当時の皇子たちだ。
他の仕掛けも解除してくるから、謁見の間で待っていろってあの将軍に言っておいてくれ。謁見の間はやたらでかくて、キラキラしてるところだ」
記憶に引っ張られたせいか、アニバルの話し方になっているよ。
「リアム、君は一人で動いてはいけない。カジミール。ついていきなさい」
ヒューゴはリアムが脱走しないとは思ったけれど、体裁として一人で自由にさせられなかったんだ。
カジミールは不服そうだけれども、かなりの魔法の使い手であるリアムにそこらの兵士をつけるわけにはいかないからね。
ガレオたちはジョゼフィーヌの護衛をしてもらっていたから、リアムのそばにはいなかったよ。
リアムは階段の方へ戻りながら、カジミールに言ったんだ。
「俺のすることを誰にも言わないと約束できるなら、ついてきていい」
「場合による」
「ならついてこないでくれ」
「逃亡されては困る」
リアムはくるりとカジミールの方を向いたよ。
「交渉というものはしないのかな、騎士団長?罠にかかるランバート兵を待っていてもいいんだぞ」
上の階から悲鳴が聞こえて、人が落下したんだ。
残念ながら被害者が出てしまったようだね。
「…上の階は解除されていないようだな」
カジミールはリアムの態度にいらついていたようだけれども、ヒューゴはそういう素振りはなく、リアムにお願いしたよ。
「リアム、いや神帝陛下。ここは、千年前のガルシア領主の屋敷をそのまま模したと聞いています。あなたの方が、この建物について詳しいでしょう。進んで種明かしをしたくないのは、重々承知です。むしろあなたが魔法を解除してくださったのは感謝しています。最低限で構いません。落下して亡くなる者を出さないようにと、そしてこの屋敷に帝国が我々を通した意図がわかれば、教えていただきたく」
リアムは片眉を上げてから、兵士が各部屋を確認しているのを何気なく見たよ。
リアムたちのいるところとは、反対側へ進む兵士に忠告したよ。
「一番奥から二番目のドアを開けるときは、全力で防御魔法を展開しろ」
兵士が何言っているんだと顔をしてドアを開けると、中から槍が飛んできたんだ。背後の壁に刺さった槍を見て、兵士はゴクンと唾を飲んだらしいよ。
「そういう仕掛けだらけだ、気をつけろ。仕掛けの数は覚えているが、俺が死んだ後に付け足されていたらわからない。侵入者を感知したり、屋敷を壊した時点で発動するようにしてある」
「解除する方法は?」
カジミールが聞くとリアムは首輪を指差したよ。
「首輪を外したら解除してやると、あの馬鹿に言え」
出来ないのがわかっているから真顔になったカジミールを鼻で嗤ってから、リアムは歩き出したよ。
「どこに行く」
「いちいち言わないといけないのか?」
「今は貴様の行動を監視するのが役目だ」
二人の仲がちょっと険悪になってきちゃったね。ヒューゴは心配になりながらも、将軍のところに行って屋敷の危険性を話したよ。
リアムはカジミールが話しかけても、無視していたよ。目的地までは時間はかからなかったけれど、カジミールの不満は爆発寸前みたい。
「ここで待っていろ」
「誰に命令している!貴様は傭兵で、私は騎士団長だ。貴様を指揮する立場にある。わきまえろ」
リアムに命令されたから、キレちゃったよ。
リアムはたっぷりカジミールを眺めたあと、壁に手をついて短くつぶやいたよ。
天井から鉄の塊が降ってきて、カジミールは避けたよ。
「お前といい、ランバートといい。もう少し立場を理解した方がいいぞ?政治的にガルシアを占領したわけではない。まだ帝国の中ということだ」
「貴様、どちらの味方だ」
「さあ、どちらだろうな。お前ら次第だったんだけど」
もう一言つぶやくと、先へ続いていた廊下が消えて、また建物が壊れていたよ。
切れた廊下の先に部屋が残っていたけれど、ジャンプして渡るには厳しそうだよ。
リアムは氷の橋を作って渡るよ。カジミールが行こうとしたけれど、ツルツル滑ったんだ。カジミールは落下した兵士が頭を過ぎったけれど、歯を食いしばって渡ったよ。
「へえ。根性あるじゃないか。そりゃ、あれだけいじめられて騎士団長やってるなら、やわな精神ではないな」
リアムは目的の部屋のドアを開けたよ。視界に入ったのは大きな絵だったんだ。
三人の人物が描かれていて、服装からして現代人ではなさそう。
カジミールは真ん中の人物に見覚えがあったんだ。
「エクトル…フィデル…」
リアムは男性たちの絵に引き寄せられるように、歩いていくよ。
二人に挟まれて座っている男。それは神帝アニバル。
アニバルの妻トニアが、アニバルとエクトルの前世が並んで描いてあるのを見て、現世も描いてみたらと言ったんだ。絵が出来上がるとフィデルが、自分もアニバルと並んだ絵を描いてほしいと言ったんだ。
大人になってお兄ちゃんの真似っこはなくなったけれど、絵の件でエクトルずるいとむくれてしまったから、二人のたげのと、三人の肖像画を描くことになったんだ。
リアムは部屋を見渡すと、想像していたものが壁についていたんだ。
―――俺らがお屋敷にいるときに何かあったら、マエストロが駆けつけてくれるんです!この魔法具のボタンを押すと、マエストロのお部屋にあるランプが点滅して俺が危ないって知らせるんです!
リアムは赤く塗られたボタンに触れたよ。
無邪気に話していたあの子は、信じていた人の来世に自分の子孫が侵略を受けてどう思うか。
押し返されるような固いボタンをグッと押してみたんだ。
「…本当に馬鹿だな、あの子らは。千年もの間、この装置と屋敷を残して。俺が助けに来ると信じていたのか?」
様々な思いが込み上げてきて、声が震えてしまったよ。
カジミールは声をかけていいのかためらっていると、ボタンのそばからザーと音がしたんだ。
リアムは驚いて離れると、人の声がしたんだ。
『リアム様?』
『エリシア?』
聞き取りにくかったけれど、なんとなく皇帝エリシアかと思ったんだ。リアムがキョロキョロしていると、ふふと上品に笑ったよ。
『リアム様が押されたところの下に、ガラス玉のようなものがあるでしょう?それは✕✕✕になっています』
『なんだって?』
聞き取りにくかったし、知らない単語だと思ったんだ。
エリシアは気を利かせて、アナベルの言葉で話してくれたよ。
「テレビはお分かりですか?」
「ああ、エリシアと会話したやつか。ここに置くのは納得だな」
リアムはボタンの周りを物珍しそうに見ると、エリシアはおかしそうに笑っていたよ。
リアム側にはモニターらしきものはなく、エリシア側にだけあるからリアムの動きが見えたんだ。
「失礼。リアム様はお元気そうでよかった」
「現代技術に触れて少し元気出た。通信機とかの原理を調べてみたいが。まずはここの屋敷にいただろう、領主やその家族、政務官、使用人とかは無事なんだろうな?」
「ええ、そちらを崩す前に避難させました。非常用の通信魔法具のあるお部屋にいらっしゃるということは、リアム様はお一人ですか?」
ここに置かれている映像の魔法具は、広範囲を映せないみたいだね。
「シランスの騎士団長がいる」
「そうですか。シランス殿がつけたのでしょうね。リアム様、屋敷から動かないでください。主な拠点は似たような処置をしますが、千年前にはなかった技術もございます。仕掛けがお分かりにならないかと思いますので、危のうございます」
「そう言われてもな。あの馬…将軍がここにいつまでもいるとは限らないし」
「宝物庫の場所はお分かりですか?」
盗まれたくないのに屋敷を崩したり、罠を仕掛けて隠しているのに教えるのはどうなのかな。
あげてもいいものばかりなのか、それとも他に目的があるのか。
エリシアは、リアムをガルシア領主の屋敷に留めておきたいみたい。
ということは、わざとこのお屋敷に導いた可能性があるね。
リアムも気づいたけれど、カジミールがいるから言わなかったよ。
「わざわざくれてやる必要はないだろう」
「あら、私はリアム様に差し上げたかったのですよ。州知事…ガルシア領主もそう言っております」
「気が向いたらな。俺のものになっても取り上げられるだろうし」
「リアム様、お願いがあります。ランバートの指揮官と話したいので、取次していただけますか。通信魔法具は謁見の間にもございます」
「わかった。それとなく誘導しておこう。ここでエリシアと話したことが知られるとまずいし、ろくに現代技術を知らない俺が魔法具のありかを言うのはおかしいしな。エリシア、聞きたいことがあるんだが」
「なんでしょう」
リアムは少し沈黙してから、絵を仰ぎ見たよ。
「この時代、エクトルとフィデルは転生してないんだよな」
「ええ、まだ。会いたいですか?」
「会う資格はない。あの子たちの期待を裏切ったのだから。もし転生したらすまないと言っていたと伝えてくれ」
「謝るとは?この屋敷のことですか?崩すと判断したのは領主です。リアム様のせいではありません。気を病まれるようでしたら、私たちが謝ります」
「…」
リアムはエクトルたちへ申し訳ない気持ちでいっぱいだったんだ。そういう顔をしていたのか、エリシアは励ます言葉を探して、しばし沈黙が降りたよ。
エルスターの言葉話しだしたよ。
『神帝陛下。エクトル様は失望はされないでしょう。あなたをお助けするためにあらゆる手を使うと思います。私も模索しておりますが、この屋敷のことは私たちがしたことで、あなたの責任はありません。
我々はあなたをずっと待っておりました。どうしたら恨むことができるでしょう?必ずやお迎えにうかがいます』
『…わかった。そろそろ戻る。大元の幻影の魔法具のありかはどこだ?大規模なものはアニバルの時代なかった。切り方を知りたい』
『術者の魔力が切れれば切れます』
『術者の?コアを使っているんじゃないのか?』
『魔力を供給するのに工事をしようとしましたが、他の仕掛けを崩すことになってしまったので、入れられていません。ここ数百年平和が続いており、仕掛けの保存を優先にしておりました。
魔力増幅の魔法具はつけていますが、そろそろ限界の頃かと』
『何人で維持している?』
『一人です。領主の息子だと聞いています』
『それは何時だ。何時に壊した』
『明け方だと』
時計を見るとお昼過ぎていたよ。魔法を六時間以上使いっぱなしということだね。
魔法具なしでそんなことをしたら死ぬけど、魔力増幅の魔法具は随分優秀みたい。
『それを早く言え!どこにある』
『脱出通路の部屋に』
リアムはぱっと通信魔法具から離れると、ドアの方へ駆け寄ったよ。
脱出通路は一階の部屋から行けるはずで、思ったところは瓦礫の山になっていたよ。
通路がバレて敵に追われないようにと瓦礫で塞ぐ設計したけれど、そこに魔力切れ間近な人を閉じ込めておくということは人殺しと同じだね。
リアムは三階から飛び降りようとしたけれど、ちょっと高いよ。
大きな影か旋回していて、見上げるとフーだったんだ。
「フー手伝ってくれ!」
指笛を吹いてから叫ぶと、フーが降りてきたよ。
「なあに?」
「下に降りて手伝ってほしいんだ」
フーはリアムがいる場所よりやや下の方に頑張って羽ばたきながら、空中で止まってくれたよ。火の鳥はホバーリングが出来ないみたいだね。
リアムが飛び乗るとカジミールも乗ったよ。階段もない三階建の建物に取り残されるって困るよね。
地上に降りるとリアムは少しうろうろしてから、瓦礫をどけ始めたよ。
「ぱぱ、なにしてるの?」
「この辺りに地下室があるんだ。その中に人がいて出られないから、出してやるんだ。手伝ってくれるか?」
「んー?ほればいいの?」
「掘るんじゃなくて、瓦礫をどかして地面が見えるようにするんだ」
「わかった!」
フーは器用に嘴を使って瓦礫をどかしたよ。
カジミールはどうしてかわからないけれど、手伝ってくれたんだ。いい人っぽいね。
床が見えたけれど、なかなか地下室への入り口が見つからないんだ。
リアムは可視化魔法で地下の様子を視てみたよ。視たといってもなんとなく空洞があるとか、地下水が流れているくらいしかわからないよ。
「何をやっているんだい?」
リアムとカジミールが戻らないから、ヒューゴが探しきたよ。
「脱出通路が地下にあるそうです。もしかしたら人がいるかもしれないそうで」
カジミールがエリシアとの会話を黙っててくれるみたい。
「人が?」
ここで労力を割く必要があるのか。もしもということでヒューゴは動かないよ。戻ってきなさいと言おうとしたら、リアムがピタッと動きを止めたよ。
一部カーペットがめくれているところがあって、細かなクズを払うと明らかに他と向きが違うタイルを見つけたんだ。
リアムは太陽の位置を確認してから、カジミールに聞いたよ。
「西はこっちだよな」
「我々はこっちから来たから…そうだな」
リアムは西に何歩か歩くとまたしゃがんだよ。
「この辺りに…」
カーペットをめくると鮮やかなタイルの中、青色だけ塗られた箇所があって、三つを順に押していくとタイル向きが違う床がゆっくりと動いたんだ。
それにはヒューゴをはじめ、遠くで見ていた兵士たちも驚いたよ。
カジミールは仕掛けに驚いたけれども、リアムが的確に操作するのに転生という事実をジワジワと感じたんだ。
田舎出身の新人傭兵が、デスペハード帝国にある領主のお屋敷の構造を知るわけないからね。
リアムは周囲の驚きに気づかず、地下に続く階段を降りていったよ。カジミールも灯りの魔法具をつけて、ついていったんだ。
さほど長くない階段を降りると、暗い廊下があって眼の前に扉があったよ。開けると小さな部屋があって、男の人がぐったりと魔法具に手をついたまま倒れていたよ。
奥には暗がりにうっすら扉のようなものが見えて、そこが脱出通路みたいだね。
『大丈夫か!』
リアムは駆け寄って魔法具から手を外そうとしたけれど、男の人は掴んで放さないよ。
魔法具の灯りで顔を照らすと、リアムと同じくらいに見えたよ。
『もういいんだ。お前は頑張った。こんな暗闇で一人で怖かっただろう』
リアムは回復魔法をかけながら声をかけると、男の人は薄目を開いたよ。
『あなたは…?どうしてここに入れた』
『俺はリアム・アルクだ。皇帝から人が操作してると聞いて。千年前はこの装置は机上論にすぎなかったから、あの高度な幻影魔法をできるとは思わなかった。しかも人の魔力だけとは無茶をする』
『千年前…リアム…。神帝?』
『そうだ。もういいんだ。手を放せ』
男の人は魔法具から手を放すと、震えた手をリアムへ伸ばしたよ。
『神帝陛下、神帝陛下』
その手を両手で包むと、とても冷たかったんだ。
『もう大丈夫だ。よく頑張った』
男の人は涙を浮かべて、安心したような表情をしたよ。
ほんのり手があたたかくなると、リアムは男の人を背負って地上に戻ったよ。




