36話 ニセモノの神様〜後編〜
「話中に入ってすまない。リアムが神でないと認めたと聞いてね」
深刻な雰囲気を察しながら、ヒューゴはリアムの前に立ったよ。
「それに関して騎士団長に怒られたところ。ここでカミングアウトしても彼の任務に支障をきたすから、仮にやるなら俺が皇帝になってからにしろということだ。
ちなみに、シランス卿はシエロ教徒か?」
「私かい?シエロ教徒であり、中央教徒であり、他の宗派にも入信している。だから、リアムが神ではないという発言は少々衝撃を受けているところだよ」
シランス領は色んな宗教があるから、どちらかというと共存していこうという場所だったんだ。複数の宗教を信じる人も多かったよ。
キミたちがお正月に神社とお寺両方行って、拝むみたいな感じかな。
リアムは多宗教信仰の習慣に逆に衝撃を受けたよ。ルドの時代でいえば禁忌だったしね。
「それは…」
「シエロ教の神であるあなたに、節操ないと思われるかもしれないけれど」
「今、神ではないと発言したけど」
「ああ、そうだった。その経緯を詳しく話してくれますか?」
アニバルに転生したときに、神様になっていたことについて話したんだ。ヒューゴはすんなり受け入れてくれたよ。
「転生したら前世が神になっていた。それは驚きますね。どうしてあなたの血筋は転生されるのですか?」
「知るか。逆に俺が聞きたい。ルドの時に聞いた異教徒の教えでは、転生は天国に行けない咎人が現世で、前世の罪による罰によって死ぬ。
詳しい罰は伝え聞いた神使は覚えていなかったから、俺は知ることはできない。なぜなら異教徒は中央教によって消されたからね。
もし異教徒の教えが正しいのならば、俺は最初の生で何か罪を犯した。次の生では人を殺し、その次も皇帝として人殺しを命じた。アニバルも敵の将軍を殺した」
「罪を犯したから天国に行けずに転生する。やり直せる機会が与えられたということですか?」
「はじめはそう思ったけど、一度ならいい。だが、何度も生きる苦しみと死を経験する。
天国はこの世にないからさ」
リアムは首輪に触れたよ。
ヒューゴは衝撃を受けたと言っていたけれど、冷静に質問してきたよ。
「転生というのはリアムにもわからないし、その思想の元となる宗教は二千年以上前に消されてしまったか。
偽者の神であるという言葉を受けて、怒らなかった理由はわかりました。でも、現世で否定したのは何故?」
「帝国は信仰を元に国を作った。俺が神ではないと否定すれば、国家の根本が崩れる。アニバルはそれを恐れて、神として崇められることを選んだ。
そのせいで自爆してまで、俺を助けようとする信者が出てしまった。己の命は己のためにあるのに。もしシエロ教会が強制しているなら、許されない行為だ。思考の自由を奪い、力による理不尽は嫌いだ。シエロ教徒を自由にしなければならない」
「裏切られたと、あなたを殺す人がでてくると思うけれど」
「それは詐称した前世の罪なのだから、罵倒されるのも処刑されるのも当然では?俺はデスペハード帝国の国家を守るために、信者を騙した詐欺師なのだから」
ヒューゴは信者としてはモヤモヤするところもあるけれど、為政者としてリアムの思考は理解できたよ。
「わかりました。では、この話はしばらくしないでいただけますか?」
「さっき話した通り、黙っておく。ただ帝国が俺の命を優先にして、多くの犠牲を選ぶなら、秘匿にはできない」
リアムの意思は固そうだけれど、ヒューゴは数日かそこらで一つの宗教を否定して消し去ることは難しいと思っていたよ。
「信者のすべてがすんなり受け入れられないでしょう。あなたが暴露したとして、混乱による情勢不安の方が被害が大きい。神帝はそう考えて、神であることを選んだのでは?」
「水神王アニバルだ。この名も拒否したが、水神様とある村人たちが呼んだから、当時の皇帝が愛称のようなものだって押し切られた。神帝は後の世でつけられたし、候補に挙げられた時に全力で拒否した呼び名だ。死人に口なしと後の連中がつけたんだろう。
体制崩壊による影響と被害は簡単に想像できた。だから、リアム・アルクはニセモノの神であり、シエロ教の神の転生者でもなかったと皇帝は判断してくれないと、帝国はランバートの侵攻を止めらない。
ランバートに関しては王の強欲が招き、貴族が止めなかった怠惰のせいだ。血が流れるのは仕方ないと考えられる。今なら策は講じられると思うが?それに俺ではなく、シランス卿とあの馬鹿将軍が考える仕事だ」
リアムは気持ちがやっと落ち着いてきて、後悔や死にたいという衝動が消えたよ。
「手厳しいですね」
ヒューゴは苦笑を浮かべたよ。
「俺はただの傭兵だ。考えるのはあんたらだろうが」
「うーん。雇っているのは私だから、知恵を貸してもらえませんかね?」
「この首輪の持ち主と相談になるが?首輪を外せば全面協力しよう」
リアムはニヤリと笑うと、さらにヒューゴは困った顔をしたよ。
「そうなりますよね…。首輪といえば宰相から連絡がありました。首輪は爆発しないようです。リモコンから離れすぎるのもいけないというのは嘘のようです。そのような技術は開発段階であり、完成はしていないということ。離れていてもリモコンによっての操作はできるようなので、逃亡するなら外してからになりますね」
爆発しないというのは朗報ではあるけれど、なぜこのタイミングなのかとリアムは警戒していたよ。
「いつわかっていた?」
「襲撃が起きる少し前。話そうとしたら、対応に追われてしまい。
リモコンは将軍と陛下がそれぞれお持ちです。
首輪を外す道を探し、あなたに協力しますので、皇帝に我々の一族と宰相の家族の助命を頼んでいただきたいのです」
ランバートが負けるのは目に見えていてるから、リアムを通して皇帝に助けてほしいとお願いしているんだ。
リアムは口を歪めたよ。
「再三いうが、この度のことはランバート王の強欲と貴族の怠惰だ。貴族というのは貴殿も含まれる。
それに首輪されて一番の被害者の俺が、どうして減刑を乞わなければならない?」
「そうだ。今ここでリアムを逃がすか、帝国に交渉すれば違うかもしれないけど、進軍するつもりなんですよね?リアムに何の特もないし、傭兵の俺らも早く抜けたいんですけど」
ジョゼフが急に話しだしたよ。リアムは自然と手に力が入ったんだ。
カジミールが黙れと睨んだけれど、ジョゼフは涼しい顔をしていたよ。ヒューゴは傭兵が何でいるのだろうと思っていたみたい。
「俺はランバート民ですが、シエロ教徒です。深くは信仰していませんが、リアムが神かもしれないというから、このテントにいました。一応言っておきますが、さっきの襲撃は俺は関係ありません。
シエロ教徒として、リアムの傭兵仲間として、これ以上彼を同行させるのはよくないと思います。そもそも首輪をして傭兵を働かすのは、明らかに規定違反です」
「リアムの首輪を外したいのは私も同じだ。規定は知っているが、陛下のご命令では私は外せない。リモコンも陛下と将軍が持っているんだ。他にもあるかもしれない」
「まだあるとは予想していたけれど…。あの信者を無駄死にさせてしまった」
リアムは助けられなかったことが悔しくて、惨めになったよ。
ジョゼフがリアムを見るから、視線をそらしたよ。ニセモノの神様でしたと言って、裏切られたと怒ったシエロ教徒に殺されるのは仕方ないと思っていたけれど、そういう反応をしないジョゼフに気まずさを感じていたよ。
「リアムは過激派のシエロ教徒に殺されても、文句言わないのか?またなんで俺なんだって泣かない?」
リアムは視線をジョゼフに向けたけれど、合わさなかったよ。
「リアムの思考では判断がつかない」
「でも今はリアムだろう?田舎から出てきた世間知らずの、傭兵だ。千年前とは風習も常識も違うし、どうやっていい判断するんだ?
異教徒の教えとか俺も知らないけど、そんなもん大昔のことだろう?前世の罪を現世で背負うって、死ぬまでずっとか?意味わかんないし、現世で神が罰すればいいだろう?
そもそも帝国の始祖は中央教徒だったって話だし、何で異教徒の掟の罰を受けないといけないわけ?」
「中央教には転生という考えがなくて、それを理解するには…」
「だからちゃんとした教典も残ってないのに、その教えが正しいかもわかんないんだろう?想像で考えても正しい判断なんてできるわけないぜ。
正しいのは現世のリアムの気持ちだ。お前、死にたいのかよ」
リアムがやっと目を合わせたから、ジョゼフは和ませるように、ふっと笑ったよ。リアムの目に動揺が浮かんでいたんだ。
「…死にたくないよ。この状況に置かれて、今のことも自分の気持ちもわかんなくて、慣れ親しんだ前世の思考で楽な方を選んでるのかもしれない。
転生について誰も教えてくれないから、リク…二千年前の神使が教えてくれた考えを頼らないと、どうしたらいいのかわからなくなる。
なのに…俺は神になっていた。はじめは拒否したけど、信徒たちの目がかつて神にすがっていたルドと重なって。もしアニバルなんか信じて救われるなら、凍える手をとって少しでも彼らの手をあたためられるなら、そう思っただけなのに。死んでしまった。
俺がヘマして囚えられたのに。病も災害も大きな力をはねのける魔法なんて持っていない。いつも足掻いてもがいてばかりで。自分の命もろくに守れない無力な人間なんだ。なんでわかってくれない!」
リアムは手をギュッと握っていたよ。ジョゼフは少し迷うようにしてから、リアムに近づいたよ。
「俺のばあちゃんは若い頃シエロ教の神官だったんだ。結構上の方まで行ったらしいけど、偉い人とケンカして辞めたらしい。
俺がガキのころには神官をやめてたし、詳しい経緯は知らない。俺に宗教を強要はしなかったし、よく言っていたのは、神は我々と同じ人なんだっていうこと」
リアムはアニバル時代のシエロ教を思い出していたけれど、そんな教えはなかったよ。
ジョゼフは続けたんだ。
「多分偉い人にそれを言ったから、辞めされられたんだとは思う。
ばあちゃんは神は転生してこの世に現れても、どうして死んでしまうのかと考えていたらしい。俺は読んだことないけど、千年前の神帝時代のエクトル記という手記に書いてあったって。
そこには神帝を神とは呼ばず、『私に光を授けてくれた人』と書いてあった。死にかけの幼子であった前世を誰も見向きもしなかったが、あの人だけが救いの手を差し伸べてくれたと」
ヒューゴも知っていたのか、頷いていたよ。エクトルがそう表現していたのを、アニバルも聞いていたよ。
「エクトルは…彼の前世は、ルドが神とされていなかったことを知っている。アニバルの時代で唯一ルドを知る人物だった。弟のフィデルも転生者だったらしいけど」
「神帝の転生者であるリアムの方がよく知ってるよな。それで、ばあちゃんは、神は中央教の神々のような絶対的な力を持っていなくて、人の力しかなくそれでも困難に立ち向かい、人々に寄り添って、励まし見守ってくれる方なんだって言っていた。人間独りだ。神でもなんでもそばにいると思うだけで、心の支えになる。
それに俺はガキころ、自分の願いを色々神に祈っていたら、ばあちゃんに怒られたよ。神は助力や知恵を授けてくれるかもしれないが、あとは自分でなんとかしないといけないと。
リアムがシエロ教の神なら、ばあちゃんの考えはあっていたことになる。俺は熱心な信者じゃないけど、ばあちゃんを馬鹿にされたのは腹が立っていたから、これで胸を張って馬鹿にしてきた連中に言い返せるぜ。
ありがとう、リアム。人間のあんたが神で」
「ジョゼフ…でも、俺」
「といいながら、何かあったら神様〜とか言って頼っちまうけどさ。それは俺の問題。
押し付けられた願いは、てめぇでなんとかしろって、お前は言い返せばいいんだよ。変に背負うなよ。俺だったら何万、何億人、ニ千年分ならもっとか。桁外れの人間の願いを背負わされるなんて、ふざけんなって思うし逃げるぜ?」
リアムは気持ちが軽くなって、自然に涙が溢れたんだ。
「ありがとう。教えてくれて。ジョゼフのおばあさんみたいな信者がいたんだね。もう普通の人間関係は、現世では望めないと思った」
「自爆するような過激派ばかりだと思わないでくれ。ああいうのがいるとよそでシエロ教はヤバいって思われるから、こっちも困ってるんだ。
それにガレオやアル姐とかは態度は変わんないと思うぜ」
「うん。そうだね。その…前にも言ったけどジョゼフのこと、お兄ちゃんみたいに思っていい?」
「いいけど…。他のシエロ教徒たちがどう思うかだな」
主に皇帝直属の組織、ジョゼフの上司たちがだね。
リアムもちらっと思ったけれど、ここは言わないでおいたよ。ほら、ヒューゴやカジミールがいるからね。
「それこそ、関係なくない?」
「そうだな。それで、領主様。リアムを逃がすことはできないですか?爆発しないんでしょう?」
「今ここで抜けられたら、多くの者が犠牲になる。帝国との交渉は、リアムがいるのが前提だ」
「交渉といっても、ガルシアを奪わない限り、ランバート王が認めないと思うけど。俺は交渉嫌だよ?」
ヒューゴがどのように交渉するかリアムは気になったから、口出しするのをやめようと思っていたよ。
「色々策を考えていますが、やはりあなたの意向を帝国は飲むでしょう。もちろん、交渉時は首輪の影響下のないよう将軍を退けられるようにしますが」
「俺がランバートを亡ぼせというかもよ?」
「そうなれば、私はシランスを守るように動くだけです。あの土地は多くの宗教が混じり合っています。ランバートが帝国よりも自由でしたので、祖先がランバートを選んだまで。あなたが私の方針を素晴らしいと言ってくれた。帝国も変わるなら、帝国についてもいいと考えています」
ヒューゴのいないときに褒めたけれど、どうやら立ち聞きしていたみたい。
爆弾発言にカジミールとジョゼフはたじろいていて、みんな気づいていなかったみたいだけどね。
「頭の隅には置いておくが、しばし忘れることにする」
リアムがため息をつくように言うとヒューゴは微笑んで、わかりましたと言ったよ。




