29話 最悪の場合の話
「それで大体現世の父親の出はわかった。シランス卿は目的があって、俺のところに来たんでしょう?
ウーノが邪魔なら出るように言うけど?」
「リアム様。それはなりません。ランバート側の人間が御身に何をするか」
落ち着けと手のひらを向けると、ウーノは黙ったよ。
どうするとヒューゴを見ると、ウーノがいてもいいそうだよ。
「あなたがマニュス王の転生者だと仮定して」
「仮定、ね。ランバート王の中では、転生者なんて言い出す頭のおかしい奴だからな。それで?」
ウーノは何か言いたそうだけれど、黙れと言われたままだからね。
「この国をどうされるのかと気になりまして」
「それで、なんと判断した?」
「ご自身は王位を望まない。だが帝国は黙ってはいないでしょう。それで、お願いがあります」
「首輪をつけられた傭兵が、領主様のお願いを叶えられるとは思えないけど?」
「いえ、あなたを帝国は始祖だと信じている。
厚かましいことかと思っておりますが、どうか皇帝陛下にランバートを滅ぼすことはしないようお願いしてほしく」
ウーノはふざけるなという顔をしていたけど、またリアムに待てされちゃったよ。
「お願いか。それを叶えたらシランス卿は俺に何をくれる?」
「このシランスの地で、あなたの過ごしやすい場所を提供します。ここの民はシャルルとエド殿を慕っています。ランバート国内で一番エド殿はいやすいかと」
リアムは魅力的だと思ったけれど、もう少しヒューゴの腹を探りたかったよ。前のめりになって、じっと彼を見つめたよ。嘘をつかないかってね。
「それはいい提案だ。しかし、シランス卿にはリスクが大きい。つい今しがた、あの馬鹿…ではなく、王がガルシアを奪えと指揮官に卿は任じられた。失敗するのは目に見えているし、卿の命もわからない。
もしこの首輪が早急に外れて、帝国とランバートが和議を結んだ場合、俺がいるシランスに帝国は口を出すし、護衛も派遣するだろう。
他国の兵が居座るのはシランスの者も、ランバート内でも快く思わない。そして、王家は俺の存在を疎んじている。害になる男をどうしてそばに置く?」
「リアムはシャルルの子どもで、エド殿が育てた子だ。気にかける親戚のおじさん的な気分なんだよ」
一気に砕けて、リアムはん?という顔になったよ。ヒューゴは笑って、こうつけ加えたんだ。
「君と初めて会ったとき、手放してはならない子だと直感した。危険を承知でもね。
帝国に関しては、君がいれば今回みたく侵攻してこないだろうし」
「直感って、あんたね」
「はは。マニュス様に呆れられてしまった。あなたは直感で国を動かしたことはないのですか?」
リアムは頭を掻いて、ないと答えたよ。
「直感もなにも、記憶がないんだ。昔のことを忘れるように、マニュスであったころが、かなり思い出せなくなっている。ルドのときも。
一番最近のアニバルのころがありありと思い出せるのに」
「そういうものなのですね」
「まあ、シランス卿の提案は魅力的だ。平定したあとに、その話を詰めることにしよう。
それで卿のお願いについてだが…。ランバートを滅ぼすつもりなら、俺は名乗りでなかった。
だが、状況が変わった。あの王の考えは嫌というほどわかる。俺を盾にするつもりだろう。帝国の方が心配だ。俺の命と皇帝の命。どちらをとるかと言われたとき、正しい判断ができるか?」
「もちろんでございます」
待てされていたウーノは、やっと話せて勢い余って早口になっていたよ。
「お前の即断からして、皇帝を切り捨てるつもりだろうが、それは許さない。エリシアは転生者ではないだろう?俺は何度も転生してるからな」
「我々には始祖を殺すことはできません」
「帝国を滅亡させるなら俺は死を選ぶ。それとも滅んだ方がいいほど腐っているのか?」
「そんなことは…」
ウーノはどうやったらリアムを説得させられるか考えていたよ。ヒューゴは成り行きを見守ると決めたのか、口を出さなかったんだ。
「今の帝国ではどのくらい冬の寒さで人が死ぬ?」
「貧しい者はまだまだおりますが、おそらく神帝陛下の時代よりは暖房器具が普及して、過ごしやすくはなっているかと思います」
「そうか、よかった。ランバートはとても暖かい。冬の寒さで死ぬことはないだろう。
でもデスペハードは冬に殺される。ルドの息子もアニバルも苦しめられてきた。なのに今は冬が暖かいという。
フェデリーゴが苦しみながらも建国し、二千年続いた。そして、多くの者たちが支えた。もちろん、長きに渡り大国を一つにまとめるのに、綺麗事ばかりではなかっただろう。
それを俺の命一つで壊したくない。むしろ、守られても嬉しくはない」
「…始祖」
「でも現世はまだ十七年しか生きていない。正直死にたくない。
首を絞められ、誰かの命か自分の命か選べと言われたら、リアムは己の命を選んでしまうかもしれない。
ルドなら自死する覚悟はあるけれど、そこまで潔癖になれそうにない。醜く足掻くだろうから、お前たちを失望させるかもな」
リアムは自分の手のひらを見つめたよ。剣士に憧れて、できたたこで硬くなった手。
実力で名をあげたかったけれど、それはもう叶わない。
帝国の神として、ランバートの政治の駒として、リアムは偉い人たちに名が知られてしまった。
逃げることも隠れることも難しいかもしれない。
「リアム様、怖いのは当然です。あなたは生きるべきなのです。やっとお目覚めになったのですから。全シエロ教徒たちは待ち望んでおりました」
リアムは手からウーノに視線を移したよ。打算のない必死な顔が、とても愛おしくて、前世の自分についてきた人たちの顔を思い起こされたんだ。
「国民や信者たちに、俺の転生を触れ回ったのか?」
「いえ、これからどう伝えるか、皇帝陛下たちは考えておられるでしょう」
「それなら、まだ伝えるな。俺が死んだら、転生はなかったことにしてほしい。
千年間、俺はいなかったからさ。帝国の民や信者たちは、今まで通りの暮らしをしていけばいい」
ランバートで見てきた帝国を排斥する国民の行動は、始祖の転生者であるリアムが死ねば、今度は帝国でランバート排斥が起こることが想像されるよ。
宗教は人の心にとても深いところにあるから、怒った帝国民やシエロ教徒が報復としてランバート王家だけではなく、国民まで酷いことをするかもしれない。
シエロ教にとって今はリアムが神様だからね。信じている神様を殺されるんだ。許されないことだよ。
ウーノやヒューゴも恐れている事態だけれど、どうもランバート王は何も考えてなさそう。
「我々はあなたがいなかったことなんて、できません」
「できるさ。黙っていられないなら、物語にでもして語ってくれ。
冬が暖かくなったとはいえ、家で家族で過ごす時間は長いだろう?
老人が子どもたちに昔話を語るような簡単なものでいいからさ。光の王が暴君ルドだったように、聞いただけではリアムとわからなくても、どこかに隠してくれれば俺の来世は気づく。
千年後に転生したときに楽しみにしているよ」
「…あなたは死にません。すぐにその首輪を解除致します」
「うん、期待しているよ。今の話は最悪の場合の話だ。それはないように頑張るよ。
やっとマニュスの思考をしずめることができたから、冷静に考えられそうだ」
「私どもも全力で最悪の場合を回避致します。今は始祖のお考えですか?」
「さあ?俺はマニュスでサクスムでルドで、アニバルで、そしてリアムだからね。記憶を思い出したときはいつも誰なのだろうと思うけれど、俺は俺だから」
ウーノは困惑していたから、転生を繰り返したリアムにしかわからない境地なのだろうと考えたよ。
ウーノは全く首輪の構造がわからず、ヒューゴたちも解除方法がわからないみたい。
するとリアムたちのいる部屋にランバートの宰相が来たんだ。
何の用だとウーノは威嚇全開だったけれど、首輪のことを宰相が知っていそうだから、リアムは聞こうと思ったよ。
目の前に座った宰相は、顔に皺は深く刻まれ顔色が悪かったよ。
「あの王のお守りは大変そうだな」
宰相はリアムを見つめてから、たずねたよ。
「あなたが偉大な王マニュス様なのですか?」
「統一王という呼び名は死んでからつけられたからね。ルドのときに、中央にいたアルクス家に会わなければ、確信出来なかった」
「中央…アルクス家…。本当にそうなのですか?」
宰相はまだ信じられないみたい。
「記憶と周囲の証言からね。転生はランバートでは信じられていないのだろう?」
「あるとは知っていても信じるまでは…。今も疑っておりますが、信じたい気持ちであります。
名の知れた己の祖先に会ってみたいと思うのは自然でしょう」
「アルクス…。ランバートではアルクという言い方だな。アルク家とランバート王家の繋りは聞いた。宰相は王家の血筋なのか?」
この宰相さん。王様のはとこらしいよ。
ランバートの王様には、男の人しかなれなかったんだ。
それでデブ将軍さんは、王様のいとこで、王家の直系に一番近くて、王位継承権は王子に次いで、二番目らしいよ。
前の王様は若くして亡くなって、今の王様と娘しかいなかったんだ。前の王様の弟も車の事故で一緒に死んじゃったんだって。
将軍は王子が生まれるまでは、継承権が一番目だったらしく、王様と同じく大事に大事に育てられたんだ。
「だから、わがままやりたい放題だったって?もっとまともに育つだろうが。あんたみたいに」
「偉大な王に褒められて嬉しいのですが、女どもが陛下たちを甘やかして裏で…。
これの話しはいいのです。私はマニュス様と多くを語りたかったのですが、このような仕打ちを行い申し訳ございません。ここで首輪を外せば、今度は私の首に陛下はつけるでしょう。私が死ねば腐敗した我が国はもう…」
「ん?何を思い詰めている?お前が王を引きずり下ろせばいいだろう?」
宰相は首を振って出来ないと言ったよ。
「私には継承権がありませんし、仮に王になっても誰も認めません。
それに領主や貴族は己のことしか考えません。陛下が暴力や理不尽を行っても、自分の身に起きなければ、無関心です」
リアムは領主や貴族が無関心なら、誰が王になっても変わらないじゃないかと思ったけれど、違うんだって。
建国の王ポールの直系が王位を継ぐのがルールだから、それを崩したら国が余計バラバラになると宰相は心配しているみたい。
領主や貴族たちからしたら、王様を引きずり下ろした逆賊の命令なんて聞けるかって、好き勝手なことができる口実を与えてしまうらしいよ。
もうランバートは国として機能していないじゃないかとリアムは思っていたよ。
宰相は話を続けたよ。
「シャルルの父、リアム殿の祖父の話は聞かれましたか?」
「親父が死んだのを怒って、麦畑を燃やしたって聞いたな」
「シャルル殿は自ら傭兵になって亡くなったのです。
貴族の模範となるべき家柄なのに、感情に任せて焼き払うなど!小麦は我が国の重要な輸出品でございます!」
「小舅のようなアルク家が鬱陶しいのに、シャルルが英雄だの持ち上げられて、王は気にくわなかったから消した。
それに気づいたじいちゃんが報復したというなら、勝手とは違うと思うけど?
国の重要な外貨獲得の品なら、抗議材料としてはうってつけだ。しかも敵である帝国を通して小麦を買っているわけだし、完全に嫌みだな。お咎めなしなんだろう?
そこがランバート王国をバラバラにしている原因じゃないか?イチ領主に対して王がへりくだるなら、他の連中だってうちも好きにやるって思うだろう?」
ランバート王家は血筋を重要視しているんだ。建国の王ポールより先、アルク家の血を敬っているから、本家のコートドールのアルク家を大切にしているんだ。
リアムが本当にアルク家が最も尊敬している統一王マニュスの生まれ変わりなら、首輪をつけるなんて一大事だと宰相さんは焦っているみたい。
宰相は、なんで王がシャルルを鬱陶しがっていたのを知っているのっていう顔をしたから、リアムは正直に教えてあげたよ。
「あの将軍が得意気に言いながら、俺に銃を向けてきた。シャルルもお前も邪魔だってな」
宰相は無表情になってから、笑って誤魔化すか、真顔になるか中途半端な表情になっちゃったよ。
宰相としてはマニュスの転生者かどうかとは別として、帝国が始祖と信じる人間を懐柔して、味方につけたかったみたいだけれど、首輪が外せない時点で見込み薄い上、おバカ将軍が余計なことを言ってくれたみたいだから、計画はおじゃんだよ。
周りに足引っ張られるタイプみたいだね、この宰相さん。
「何話してんだよ、あの馬鹿って考えてる?」
「いや…そんなことは」
「はい、嘘。少しは他人の苦労を知れ?」
「…心を読む魔法はあるのですか?」
宰相は言い当てられてしまって驚いたみたい。
「嘘をつくと人は何かしら身体に反応が出る。よい使い手はそれを見極められるし、俺の場合は幾度も生まれ変わっているからな。魔法を研究する時間は人以上にあったわけだ。
大体ランバート王の事情はわかった。俺が聞きたいのはこの首輪のことだ。本当にランバート国外に出たら爆発するのか?」
「陛下がそのようなものを作れと命じたのは存じていますが、そちらの性能まではわかりません。いくつか種類があると聞いております」
宰相は魔法を使って誤魔化す形跡もなく、嘘はついていなさそう。
「うーん。この細いもので、爆破と首を絞める魔法陣が組み込まれてあるというのか?
無理に外すとどうなる?」
「勝手に絞まるか、爆発すると聞いています」
「魔力補填のコアはないようなら、定期的に補填が必要だろう?」
「一、二日はもつかと」
「ほう。なるほど。補填のときは補填器に大人しく繋がれるということか」
リアムは何か思いついたらしいけれど、この場では言わなかったよ。
とある魔法を使いながら、リアムは宰相にたずねたよ。
「さて宰相。国を守り、腐敗をなくしたい?」
「私は王家の縁者として生まれた責務があります。少しでも国をよくしたいと思っております」
「真面目だね。お前みたいなのがこの国にいてくれて、少しは安心したよ。
私のような三千年前の古代人に何ができるかわからぬが、知恵を授けることはできるだろう。だが首輪をしたままでは、思うように動けん。お前の立場上、外せないのはわかった。外し方や仕組くらい調べられるだろう?
協力してくれたら、私も協力しよう。この首輪は外さなくていい。お前は仕組と外し方を調べて私に知らせればいいんだ」
宰相が一瞬、眠そうに眼を細めてから、はいと答えて部屋を出ていったよ。
その様子にカジミールは怪しんでいたよ。
間近にいたウーノは気づいたみたい。
「リアム様。彼に何の魔法をかけたのです?」
「ああ、気づいたか。ただの暗示だ。人を操る魔法は知らないが、軽い誘導ができる。アニバルのときにトンマーゾ・ヴィペラの使った魔法を研究して見つけた。
まあ、トンマーゾのような腕までは到底無理というか、精神支配系の魔法は性格や魔力の質からして合わなかったようだ。
普通の精神状態や判断力ならかかりはしないが、あの宰相は大分キてるね。ろくに寝ていないだろう。あのままにしたら、プツッとどこかで切れてしまうぞ?」
「確かに危ない感じはしましたが。そんなことよりリアム様。暗示魔法を教えてくれませんか?」
「お前の家柄上ロクなことしないだろうから、教えない」
「酷い!我が一族は始祖をお守りするために、日々訓練し、帝国の安全と安定に努めているのです!裏からですが!」
「その裏を危惧しているんだ。お前たちは拷問に使うだろうから、教えない」
「使いません!」
「なぜ今、魔法で心臓を隠した?ん?答えてみろ」
「…」
リアムは眼を細めて呆れていたよ。
「教えない」
ウーノはしょんぼりと肩を落としたよ。それから上目使いになって見るものだから、大型犬におねだりされている気分になったよ。
「どんな力でも代償がある。もちろん、魔法や権力も」
リアムの低く小さな声にウーノはピッと背筋を伸ばしたよ。
「トンマーゾ・ヴィペラはジュストに暗示をかけて駒にしたが、術者のトンマーゾは疲弊していった。彼の最期は彼が望んだものにならなかったのは?」
「最愛の兄にであるマルコ・ヴィペラに殺されたと聞いています」
「ああ。ルドが死んだ後の話だから真実はわからない。
トンマーゾは主君のルイージにも魔法をかけて操っていた。ルイージも長きに渡る精神支配によって、少々気がおかしくなったという。精神支配系は術者も、かけられた者も大きな代償を払うことになる。
お前も一族を大切にしたいのなら、使い方を間違えてはいけない」
「肝に命じております」
「前世の書斎に書き付けたものがある。…アニバルの書斎が残っていればだが」
「移築はしましたが、当時のまま残されております。神帝陛下の存在を感じられると民にも公開することがあります」
「千年もか?そのまま?…たまにお前たちから、狂気を感じるのだが」
「どこがです?」
無自覚みたい。
それとなく視線でヒューゴに聞いてみたけれど、ニコニコ笑って誤魔化されてしまったよ。




