23話 密偵
帝国兵たちはみるみる顔色を変えていったよ。
『蒼い眼にこの水魔法…』
『まさか、あなたは始祖ですか?』
『繰り返す。我が子らよ、よく聞け。戦いをやめて、皇帝に伝えろ。俺は目覚めた。お前たちの敵として』
足の魔法を解除したけれど、誰一人動かなかったよ。
『俺の後を追うな。敵として排除する』
バヤールがリアムの言葉をガレオたちに訳いや、要約していたんだ。ところどころわからなかったみたい。
リアムはアルマンに駆け寄って、ジョゼフと一緒に肩を担いだよ。
『始祖!何故、我らを裏切るのです?』
一人の帝国兵が叫ぶと動揺が広がったよ。
リアムは一瞥したんだ。
『何故とは?現世はランバートの民だ。祖国を守るのは当然だろう?弱きランバートに武力を持って侵入する、デスペハードはもはや俺の知っている国ではない。
失望したのはこちらの方だ。可愛い子らよ、去れ』
帝国兵はさも国が滅んだような真っ青な顔をしていたよ。リアムは追ってこないと見て、歩き出したんだ。
『始祖!我々はお迎えに来たのです!敵ではありません。始祖!お待ちを!』
何を叫んでいるかはガレオにはわからなかったけれど、悲痛な思いは伝わってきたよ。
「いいのか、アニバルさんよ」
突き放す言い方に、少し心配になったよ。帝国兵が裏切ったと発言したからね。
「さて?出方は皇帝次第だ。俺を始祖と認めるか、認めないで殺すか。コアの魔法陣を見る限り、当初の思いは引き継がれていると考えられる。ただどこまで千年前と同じか分からない。人の心は移ろいやすいからな。それは俺も同じことだ。エクトルたちもまさか敵国に俺が生まれるとは想定していなかっただろう。
で、車がほしいが、あるかな?」
「どこに向かうのかな?」
老戦士は楽しそうだったよ。いつも騒がしいレオが、静かにリアムの背を見つめていたんだ。
「とりあえず、シランス卿のところへ行く。ランバート王は暴君なんだろう?奴に話すより、シランス卿の方がよさそうだ」
「ああ。その方がいいだろう。ランバートの王様は暴君というより、馬鹿だという噂だからな」
黙っていたレオが急に話し出したよ。そういえばいたなとリアムは振り返ったよ。
「馬鹿なのか?」
「噂だ。それより、リアム。本当に光の神なのか?」
アニバルの思考回路にリアムがすっと割り込んだんだ。レオはリアムの顔を見て驚いていたよ。
多分泣きそうな顔をしていたんだと思うな。
「現世が求めていた救いの王は、己の前世だなんて、嗤えるだろう?」
「王…」
リアムはレオの左腕に包帯が巻かれて、血が滲み出ているのに気づいたよ。
『来なさい。治してあげるから』
レオはポカンとしていたよ。
リアムはああと残念そうにしていたんだ。
「お前たちの言葉は廃れてしまっていたんだったね。守ってやれなくて悪かった」
治癒魔法をかけると、レオは涙を浮かべたんだ。
「今の言葉は我らの祖先が話していた言葉ですか?」
「そうだ。二千年前、お前たちが話していた言葉だよ」
「俺、ついていきます。王…光帝陛下に」
リアムいやルドは目を見開いたよ。そして微笑みを浮かべたんだ。
「ありがとう。いつの時代もお前たちは勇敢で頼れる者たちだ。心強いよ。では一緒に行こう」
レオは子どものように目を輝かせたよ。その瞳が懐かしかったんだ。
「アルスラン」
「は?」
「お前たちの言葉で、獅子という意味だ。レオ、お前の名前だよ」
かつてその名を名乗った男は死んだけれど、その勇敢な生き様は長い年月を経ても受け継がれている。
レオは口の中でアルスランと繰り返して、嬉しそうにしていたんだ。
「祖先の名前で一つ知っています」
「残っている名前があるの?」
「ゾリグです。王になる者の名です」
「そうか。ゾリグの名は現代でも伝わっているのか。とても勇敢で、人懐こいところがレオに似ているかも」
リアムもレオもたくさん話したかったけれど、戦場だからね。黙々と歩いたよ。
リアムたちは道沿いまで行くと、燃えていないランバート軍のトラックを見つけたよ。
警戒して近づくと運転手が血を流して死んでいたんだ。
トラックの周りには傭兵たちの死体があったよ。
ガレオたちは唇を噛んで仲間の遺体を道の脇にどけて、トラックが動けるようにしたんだ。
知り合いが混ざっていたようだね。
野ざらしにはしたくなかったけれど、遺体をトラックに積んでいる時間はなかったんだ。
「こんな馬鹿げた戦いを終わりにする。俺が持っていた兵は何千年も前に死に絶え、現世の俺にはお前たちしかいない。しかも俺はただの傭兵で、お前たちも傭兵だ。俺に命を預ける義理も忠誠もない」
リアムが急に言い出したよ。
抜けたい人は抜けろということみたい。
「俺は王についていくと決めた」
レオは真っ先に言ったよ。
「前世がなにか関係ない。俺は戦友のガキを守ると決めていたからな」
ガレオの意志にリアムは泣きそうになったよ。
「ありがとう、ガレオ。でも今はリアムの思考にさせないでくれ。戦えなくなるから」
「…わかった。無茶するな」
「無茶をしなければ、この戦いは終わらせられない。ランバート兵も帝国兵も、これ以上犠牲を増やしたくない」
「俺も早く帰りたいからシランス領に戻るぜ」
バヤールの言葉に老戦士も頷いたよ。
「誰か一人だけ進んでも無駄に命を散らすだけだろう。さて、急いだ方がいい。足音が近づいている」
帝国兵がリアムを追いかけて来たんだね。
「運転できるやついるか?」
ガレオ、デジレ、老戦士が手を挙げたけれど、老戦士は高齢ドライバーだからみんなちょっと嫌がったよ。
「デジレ、悪いが運転頼めるか?五オーロ追加してやるからさ」
「わかった。任せておけ」
現金だね。
レオには助手席に乗って異変があったら、教えてもらうようにしたよ。
トラックが動き出すと帝国兵が飛び出してこうとしたから、リアムは魔法で土壁を作ったよ。
「現代技術すげーな!他の属性操り放題」
「なんで変換魔法具が使えるんだよ」
ガレオが銃の引き金を引いたけれど、カチカチいうだけだったよ。
「前世もその前の前世も、師匠だった俺だから使えるんだ!」
「お前、チートすぎじゃね?」
バヤールが疲れたように座席にもたれかかったよ。
「はっ。現代のお前たちが弱いんだ。魔法具なしでぜんぜん戦えないじゃないか。俺は自力で強い魔法の使い手とやりあえるって思ったのによ!
どんな高度な魔法が見られるか楽しみにしていたのに!火なんてふわふわって浮かぶだけで、大道芸かっ。
弱い、弱すぎる」
「悪かったね、弱くて。現代の感覚からしたら、お前がおかしいんだ」
ランバート軍本陣の方から爆発音がして、大規模攻撃が始まっていたよ。
「帝国兵はもうそこまで来ていたのか!」
ガレオたちは焦っていたけれど、リアムは違うことに焦っていたよ。
「魔法具が発動している?どういうことだ?」
「どういうことって、どういうことだ?」
バヤールが聞くと、リアムは難しい顔をしたよ。
「俺の知ってることを話すとお前たちが処刑されかねない。それくらい帝国の秘密に関わることだ。
千年前の話では、俺がコアを停止させれば、すべてのコアが停止することになっていた」
「それ、秘密なんじゃないの?」
「もう見ただろう?停止させたの。今さら隠しても仕方なくね?俺にコアを操る全権限が与えられている」
「全部?チート通り越して神ってるな」
「仕方ないだろう?デスペハードでは俺は神なんだから」
「そうでした。それで、権限行使したのに動いている魔法具があるから、ビックリしていると」
リアムは銃のコアの解析を試みているよ。
「そういうことだ。考えられるのは千年前よりもはるかに魔法具が増えた。それにより、ユビキタスの監視限度を超えたから、操作上限を設けて発動することにしたのかもしれない」
「ユビキタス?」
「口外禁止用語でした。忘れてくれ」
「リアムのそばにいたら、命がいくつあっても足りない気がしてきた」
うっかりアニバルはここでも健在のようだね。
リアムはいくつか気づいた点があったよ。
「各地の魔力補填装置にも繋がっているな。もしそれが止まったら、病院とかも止まるだろう。患者の命の危険がある。そういう意味でも制限したのか?
どっち道近くに行かないと魔法具は止められないようだ」
コアつきの銃のカバーを戻すと、ジョゼフがコアなしの銃を返そうとしたよ。
「まだ持っててくれ。俺には剣と魔法があるから」
「でも…」
押し戻されてしまったよ。
改めて怪我人がいないか確認したら、重傷者はアルマンだけだったんだ。
「お前たちに聞きたいことがあってな。ガレオの師匠さんは、今から話すことは忘れてくれ」
なんだろうと老戦士は思ったけど、リアムの表情が固いから真面目な話なのだろうと察したよ。
「問題ない。年寄りだからすぐに忘れる」
「忘れられる内容かな?まあ、いい。マリアス・カレ、ガレオ、アルマン、バヤール、ジョゼフ。この五人にはエドおじちゃん以外で、覚醒前にリアムが転生者である可能性を話した。他にもいたが、他言する前に死んだだろうから除外だ。
マリアスはシエロ教信者でもなく、帝国陰謀論者だから除外する。
俺はリューリッシュに来てから、話したのはあんたらだけだ。
なのにシエロ教の連中が、始祖の転生者候補リアムと言ったんだ。動転して気づかなかったが、どうしてそのことを知っているのか気になってな。しかもあんたらに話して一日か二日後の話だ。噂にしては早すぎる」
「なんで今、それを聞くんだ?」
ガレオやバヤールは困惑していたけれど、アルマンはうっすらジョゼフを疑っていると思ったよ。
「リアムちゃん。はっきりさせたいのはわかるわ。でもここで誰かを疑うのはよくないわよ。連携出来なくなる」
「そいつがシエロ教の手先か、帝国の密偵でもか?」
みんなの顔が一気に緊張の色になったよ。
ガレオと老戦士がバヤールを見たから、バヤールは叫んだよ。
「俺は違う!生まれは帝国で親父は帝国人だけど、親が離婚して俺は長い間ランバートにいる。帝国でもシエロ教の手先でもない!」
リアムは手を振って違うと言ったんだ。
「バヤール、嫌な思いさせて悪かった。ここで名乗りあげさせて責めるつもりはない。
ただはっきりしたいのはシエロ教徒が出てきて、俺を拉致しないかということだ。皇帝かあるいは準ずる者に会えるならいい。もし教会に押し込められて、戦いが止まらず、ランバートが滅亡するのは避けたいんだ。
俺は嘘が見抜ける。みんなに一言自分はシエロ教会の手先ではないと言ってほしい。それでわかる」
「それだけで、わかるのかな?」
老戦士はどうやるんだろうと興味深そうしていたよ。
「わかる。俺は前世のその前の前世も、使い手の師匠の称号を持っていたからな」
「そう言っていたな。では試しに俺からいこう。俺は帝国ともシエロ教会の手先ではない」
老戦士は白だったよ。続いてバヤールが言うともちろん白だったんだ。
ガレオ、アルマンと続いて、ジョゼフの番になったよ。
ジョゼフがなかなか言い出さないから、みんなまさかと思ったよ。リアムは口を開こうとして、ジョゼフは頭を下げたんだ。
「まずはお目覚めおめでとうございます、始祖。私はシエロ教会の手の者ではございません。皇帝陛下直轄の組織より依頼された、調査員でございます。
リアム様が前世の記憶をお持ちだと聞き、上司に報告した後、どこかでシエロ教会と繋がっていたようで、教会の者が来たようです。これは私の手落ちです。
リアム様には不愉快な思いをさせて申し訳ございません。いかなる罰も受けます」
「ジョゼフ嘘だろう…?」
バヤールは仲がよかったから、敵の密偵だってわかってショックだったんだ。
リアムはため息ついたよ。
「名乗るなと言ったんだが?」
「始祖の御前にして、嘘は申し上げられません。
それに私は役目を終えました」
「役目?」
ジョゼフは顔を上げて、アルマンとガレオをチラリと見たよ。
「シャルル・アルク殿が始祖だったか、という調査をしておりました。帝国上層部で、いまだに議論が終わらないようでして。
傭兵となり、ガレオとアルマンに近づき、シャルル殿が転生者である痕跡、前世の記憶がないか調べておりました。なので、ランバートおよび戦争に関する密偵の仕事は含まれておりません。
この任も本日で終わりましょう。始祖はここに目覚められたのですから。秘匿にせよとご命令あらば、上には報告致しません。逆にご指示あらば、上に連絡をつけます」
ガレオもアルマンもショックを隠せなかったよ。
ジョゼフはしきりにシャルルについて聞き出そうとしている感じはなかったし、何かの折で聞かれたくらいだったんだ。
「わかった。疑って悪かった」
「始祖が周囲を疑うのは当然でしょう。一部の狂信者がシエロ教会におります。話をつけてリアム様より遠ざけて来ましたが、この戦いに乗じて何をするかわかりません。始祖と名乗り上げられるのなら、気をつけてください。
連中は始祖が現れたら囲うつもりです。皇帝陛下はそれを危惧されております。このままでは御身が危険です。私と共にデスペハードにお越しください」
「俺は帝国に行かない。行っても囲われるのは変わらないからだ。
俺はランバートの民として生まれた。ランバートの民として生きて死ぬつもりだ。父シャルルが守ったランバートの地を守る。
皇帝に伝えてほしいが、ジョゼフはどこで降りれば安全か…」
「アニバルさんよ。傭兵でも密偵がいたら報告義務がある。俺は口をつぐむつもりだが、他の奴はわからねえよ?」
ガレオが忠告してくれたんだ。
リアムは黙って、トラックの布を持ち上げて外を見たよ。
凸凹道で減速していたんだ。
「ジョゼフ」
理解したジョゼフは銃をリアムに返そうとしたけど、逆にポケットにねじ込んだんだ。
「俺、ジョゼフのことお兄ちゃんみたいに思ってたから。ごめんね、危険な目に合わせて」
「リアム…」
ジョゼフも弟みたいにリアムのことを思っていたから、始祖と分かって遠い存在になってしまうのが少し寂しかったんだ。
「気をつけて」
「リアムも。お前、変に無知だからさ」
「はは。自覚してる」
ジョゼフはさらに減速した瞬間、トラックから降りてさっと茂みに移動したんだ。
しばし無言が続いて、ガレオが大きく息を吐いたよ。
「ジョゼフは我慢できずに用を足しに行った」
バヤールもため息ついたよ。
「だから戦地に行く前に行けって言ったのによ」
「…お前たちさ。監視酷かったんだな」
「監視?」
リアムが呆れていたよ。
「バヤールがいじらなければ俺もあいつが帝国の奴だと断定できなかった。調査員ならさらっと外部と接触していたのに、バヤールがいつもくっついてて、やりづらかっただろう」
「え?トイレに行ってたんじゃないの?」
「バヤールちゃんはジョゼフちゃんといつも一緒にいたもんね。あたし妬いちゃうくらい」
バヤールはそんなつもりなかったみたい。
友だちだって思っていたから、ごはん食べにいったり、仕事一緒に行ってたからね。
「本当はアルマンとガレオと仕事したかったんじゃないか?調査できるし」
「俺、邪魔者だったの!?」
本人は森に消えたから聞けなかったけれどね。




