表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流刑の覇王  作者: 卯月よひら
第二章 賢王リアムの話
111/278

16話 表と裏

 ジョゼフィーヌの家もアパートで、一階の部屋だったよ。


 花好きの住人がいるのか、花壇にはたくさんのお花が咲いていたんだ。


「二階に住むおばあさんが花が好きで、ハーブも育ててるの。お母さんが病気だから色々調べてくれて、植えてくれたんだけれどあまり効果なくて」


 部屋に入ると少し蒸し暑かったよ。


 リビングの真ん中にはテーブルと四人分の椅子があったよ。


「椅子に座ってて」


 そう言ってジョゼフィーヌが奥の部屋のドアを開けるとプーンと臭ったんだ。


「やだ。いけない!ごめんね、お母さん」


 急いで窓を開けて換気をしてから、お母さんの布団をどけたんだ。


「どうしたの?」


「リアム、そこで待っててくれる?」


 ベッドのお母さんはとても痩せていて老けて見えたよ。お尻のあたりが茶色っぽくなってたんだ。


 お母さんは自分でトイレにいけないから、オムツをつけていたみたいだよ。オムツからもれちゃったみたい。


「ごめんね、お母さん。気持ち悪かったでしょう?」


 ジョゼフィーヌは自分を責めていたんだ。


 お母さんはのっぺりとした表情でなにも言わなかったよ。いや、言えなかったんだ。


「ジョゼフィーヌのお母さんって…」


「身体がどんどんかたくなる病気なの。自分で動かせるのは目と喉だけ」


 リアムはお母さんが着替えるからと部屋から出て、リビングを見渡したよ。


 写真が飾ってあって、子どものジョゼフィーヌとお母さん。そしてお父さんらしい人が写っていたよ。


「ジョゼフィーヌ。シーツ換えるでしょう?お母さんを別のところに運ぼうか?」


「助かるわ。もう入っていいわよ」


 汚れた着替えを丸めて床に置いて、シーツもだいぶ汚れていたよ。


「ベッドも汚れてるんじゃないかな?」


「そうね…。私の部屋に運んでほしいわ」


 ジョゼフィーヌは自分の部屋に行って、お母さんが寝やすいように支度しに行ったよ。


 リアムは動けないお母さんの顔を近くで見たよ。


 目には警戒の色が浮かんでいたんだ。


「俺は傭兵のリアムっていうんだ。都会には美人さんがいるって聞いてたけど本当だった。

 ジョゼフィーヌとすれ違って思わず声かけちゃった。

 あれ?これってナンパってやつ?」


 冗談のつもりだけど、まったくお母さんの警戒心は解けていなかったんだ。

 お母さんのお腹を見たよ。


「下痢してるって聞いたけど、病気とは関係ないみたい。あの薬のせい?」


 お母さんは目を細めたよ。リアムは眼球が動くことを確認して、聞いてみたんだ。


「ジョゼフィーヌが買ってきた薬。薬屋さん行ったけど変だった。お母さんは薬は偽物だと思う?そう思うなら右見て」


 左を見たからあれって思ったけれど、お母さんからしたら右だったよ。


「話せないから、飲みたくないって言えないもんね。ジョゼフィーヌとは意思の疎通はできてる?」


 右を見たよ。ノーってことみたい。


「ごはんは食べられるから、嚥下はできる。後はどこが動くのかな?手に触るね。握れる?」


 両手に触れていると、ジョゼフィーヌが戻ってきたよ。


「何をしているの?」


「ジョゼフィーヌのお母さんとお話してたんだ」


「お話?」


「一方的に俺が聞くだけだけど。はいなら右、俺らからみたら左。いいえなら左を見る。

 左手の人差し指と右手の親指が微かに動くよ。お母さんは魔法使える?」


 はい、ということらしいよ。


「言葉を伝える魔法具はあるかもしれない。探してみるよ。

 ベッドの上でもやれることはたくさんあるから、諦めないで」


 ジョゼフィーヌはリアムの言葉に勇気をもらったよ。


 リアムはお母さんを抱えて、ジョゼフィーヌのお部屋に運んだよ。


 棚には本やぬいぐるみがあって、壁紙が薄いピンクだったんだ。


 リアムは女の人の部屋に入るのは初めてだったから、新鮮だったよ。


「ジョゼフィーヌの部屋、かわいいね」


「あんまり見ないで…」


 ジョゼフィーヌは頬を(あか)くして、そわそわしていたよ。恥ずかしかったみたい。


 リアムは治癒魔法でお母さんの下痢を治したよ。


「リアムって実は凄腕の魔法の使い手?」


「さあ?魔法具うまく使える人が凄い使い手らしいから、俺はまだまだだよ。

 俺が魔法使えるのは秘密にしてくれる?」


「なんで?魔法使えるといいお仕事に就けるのに」


「色々理由があって、魔法を使えるって偉い人にバレたくないんだ。

 お母さんに飲ませている薬ってまだある?」


「あるけど…?」


 キッチンに行って棚から薬を出してきたよ。黒い丸い薬をリアムは観察してから、お金出すからと言って一つを割ってみたよ。


 白粉花(おしろいばな)の種のように白い粉が黒い薬からでてきたよ。リアムは臭いを嗅いでからなめてみたんだ。


 まったくもって薬草の臭いも味もしない。むしろ身近にある粉の色をしていたよ。


「下痢か…。腹痛もあったというよね?

 この薬、どのくらい前から飲んでいるの?」


「え?前のお薬が効かないから、一週間くらい?」


「前の薬ってあの店で買っていたの?」


「そうだけど?副作用が出るから別の薬も勧められて」


「俺、あの薬屋に行ってくる。今のと前に買った薬の余りとかある?」


 リアムの言われた通り、飲んでいない薬をすべて出したよ。


「薬をどうするの?これないとお母さんは…」


 ジョゼフィーヌは薬屋さんを疑ってないみたい。


「俺は医者じゃないけど、お母さんの病気に心当たりがある。この薬では効かない。別の治療方法が必要だけど、それは病気が進んだら治せない。不治の病なんだ」


「なんですって?嘘よ、そんなの!」


 治ると聞いていたから、簡単にはリアムの言葉を信じられなかったよ。


「落ちついて。俺はずっと田舎にいたから、都会の医者は治す方法を知っているかもしれない。まずはあの薬屋にこれは本物か聞いてくる。ジョゼフィーヌは家にいて」


「…私も行くわ。私が買ったからいた方がいいでしょう?」


「わかった。一つ約束してくれる?自分を責めないって」


 ジョゼフィーヌはリアムを見ずにわかったと言ったよ。リアムが嘘ついていると思いたい半分、ちっともよくならないから薬屋さんを疑う気持ちが半分だったんだ。


 また来たジョゼフィーヌに、薬屋の男の人は片眉をあげたよ。


「なにか足りないものがあったか?」


 ジョゼフィーヌは無言でリアムを振り向いたよ。リアムは薬を出して叩いたよ。


「この薬に何の薬草が使われているか教えてほしい」


「ガキに話してもわかんねぇよ。冷やかしなら帰れ」


「冷やかしてないよ?彼女に聞いても分からないみたいだから、プロの薬屋さんに聞こうと思って来たんだ。

 この薬は何に効くの?」


「何でも効く薬だ。肩こりから腹痛までなんでもだ」


「薬屋さんはこれを飲んでいてどこが治ったの?」


「腰痛だな。それがなんだ?」


 薬屋さんは腰をパンパン叩いて見せたよ。


「凄いね。そんな凄い薬ならなんで下痢になるの?」


「副作用っていうんだ。知らないのか?」


「知らないから、教えてよ。なんで副作用が起きるの?」


「それは医者も研究するくらい、複雑なことなんだ。俺も詳しくはわからねぇ。薬は色んな人が飲んで何に効くか実験して効果が判るんだ」


「ふーん。そうなんだ。じゃあ、この人が薬を買って、飲む人は誰で、どういう病気なのか知ってるよね?それにはどう効くの?」


 薬屋は一瞬、詰まってからへらへら笑ったよ。


「お袋が病気だったんだろう?ベッドから動けない」


「それだけ?」


「ああ、それだけさ。ベッドから動けないなら、この薬を出した。飲めば元気になる。気分も最高さ!」


 ジョゼフィーヌの顔がどんどん曇ってきたよ。


 薬屋さんのボロが出始めたね。


「気分って精神的にってこと?」


「ああ、鬱には(・・・)よく効く」


 ジョゼフィーヌの顔が怒気に変わったから、落ち着いてと耳打ちしたよ。


「なるほど。症状をちゃんと聞かずに薬を出したわけだね」


「ちゃんと聞いたぜ!な?お嬢さん!」


「…ちゃんと言ったわよ。筋肉が段々硬くなって動かなくなる病気だって!

 鬱なんてひとことも言ってないわよ。適当に薬を渡してお金を騙しとっていたのね!」


 ジョゼフィーヌが肩を震わせてから叫んだよ。


「言いがかりだぜ?そもそも医者の処方もなしに薬を買うなら、正確にどんな薬がほしいか言ってくれないと」


「どうした?」


 スキンヘッドの強面の男の人が店の奥から出てきたよ。


「こいつらがイチャモンつけてきてよ!」


「あん?うちのクスリの何がいけないっていうんだ?」


 まっとうな薬屋さんじゃなかったみたいだね。


 ジョゼフィーヌは怒りから一転、恐怖で震えていたんだ。


 リアムはジョゼフィーヌを庇うように立ったよ。


「そこの人がちゃんと病状を聞かないで薬を出していたことがわかったから、返金してほしいんだ」


「返金?生意気言ってんなよ。治らねぇのは薬屋のせいにすんなよ」


「責任ある薬師のセリフとは思えないけど」


 スキンヘッドの男は鼻で嗤ったよ。


「うちは薬屋だが、裏はちっと効きの強い薬を売ってるんだ。薬屋を間違えて来たのはお前らだろう?」


 ドスのきいた声に、リアムは怯むことなく微笑みを浮かべていたよ。


「本職ではないから、病気を治す薬は作れないってことだね。効果のない薬なのに、治ると言って彼女に薬を渡したのは認めるんだね?これは立派な詐欺だよ?」


「あることないこと言うんじゃねえよ。痛い目合わないとわからないのかなあ?」


 スキンヘッドの男はリアムに銃を向けようとしたら、うっと声を上げて銃を落としたんだ。


「なんだ?しびれが…。魔法の使い手か!」


 リアムはジョゼフィーヌにガレオたちが買ってくれた防御の魔法具を押し付けて、銃を抜いたよ。


「俺は傭兵だ。魔法具くらいは持ってるさ。傭兵でも麻薬密売人でも、こういう暴力はいけないと思うからやめようよ」


「この、ガキ!」


 二人してリアムに襲いかかろうとしたとき、お店のドアが開いたんだ。


「どうした?」

 

「オヤジ!こいつがイチャモンつけた上に銃を向けてきたんだ!」


 スキンヘッドの男は急に三下風になったよ。


 オヤジと呼ばれた年配の男はステッキと革靴をカツンカツンとならしながら、リアムを睨んだよ。


 リアムはスキンヘッドの男に銃口を向けながら、オヤジさんを見つめ返したんだ。


「薬屋なのに症状も聞かずに薬を出したから、返金を求めたのに手を上げたのはこの店の人だ。こちらとしては正当防衛だよ」


 オヤジさんは白いひげを触りながら、目元の力を抜いたよ。


「小僧、水葬のシャルルのせがれか?」


 リアムは想像してなかった言葉に目を丸くしたよ。


「だったらなに?」


「その銃をおさめてくれないか?こいつらは悪知恵ばかり働いてな。いくら返せばいい?」


「オヤジ!何を言ってる!こんなガキに弱腰になるんじゃ…」


 ガンとステッキを床に叩きつけてから、スキンヘッドの男を怒鳴ったよ。


「いいから、金を返すんだ!お前らにはこの小僧には敵わんよ。初めて長銃を手にして的に中てる男だ。

 シャルルのせがれよ、金は用意する」


 リアムは銃を下ろしたよ。


「裏の世界でも俺のことが噂されているのに驚いたよ。銃の話はどこで聞いたの?」


「噂は本当か?知り合いの傭兵が話しているのを聞いた。ガレオがお前さんの面倒見ているようだな。

 それで、この馬鹿たちは何をした?」


 ガレオの名に店番の男がビビっていたよ。


 リアムは薬を割って、オヤジさんに見せたよ。


「薬と称して小麦粉らしい粉を詰めて渡した。患者は下した」


 オヤジさんはカツンカツンとスキンヘッドの男にステッキを頭目がけて振り下ろしたよ。


 髪がないから、ステッキ直撃でめちゃくちゃ痛そうだったよ。


 店番の男も大人しくぶたれていたよ。


「お嬢さん。いくら払った?」


 ジョゼフィーヌもたくさん買っていたから、総額いくらかわからなかったみたい。


 だいたいの金額を言うと、リアムは帳簿を出せと言ったんだ。


 店番の男はここ数日しかないといいながら渋々出すと、ジョゼフィーヌが言っていた金額より少なく書いてあったよ。


 店番の男は薬代を上乗せした挙げ句、自分の懐に一部入れていたんだ。


「ハガタレが!偽物を作って店の金を盗んだだと!」


「だって、オヤジ。薬草が手に入りにくくてよ」


「戦争が起こるんだから、国や兵やらが薬を買い占めてどこの薬屋も薬草不足だわい!だからといって小麦粉入れる薬師がおるか!バカだな、お前はバカだ!とっとと薬屋を辞めろ」


「で、でもオヤジ。そうでもしないとうちの店やっていけな…」


「早くしろ。取った金を出せ」


 店番の男のポケットマネーからも出させて、ジョゼフィーヌはお金の入った封筒を受け取ったよ。


「この店の噂は広めないでおく。いい意味でも悪い意味でも」


 リアムが付け加えると、オヤジさんはため息をついて、ジョゼフィーヌに謝礼としてお札を数枚渡してから、引き出しから粉薬を出したよ。


「戦争に行くんだろう?重傷を負ったらこれを飲むといい。回復効果はないが、全量で数時間は痛みを抑えられる。夢見心地になり妙なことを口走ったりする作用はあるが、眠れる」


「麻薬ってやつ?」


「そうともいう。そう毛嫌いするな。医者にかかれば薬代を含めて何万オーロも請求される。

 それを俺らは数千オーロで渡してるんだ。この国には十六年前の戦争で生きて戻れたが、身体や精神をやられた男たちは数多い。

 そのせいでまっとうな職にありつけず、後遺症や傷の痛みに苦しみ、それを治す方法も金も殆んどない。

 お前は痛みや苦しみで眠れないことはあったか?どれほどつらいことかわかるか?

 だから我々のような者がいる。もちろん善意では俺らは食っていけないし、健康な人間が頼ってくるのならそいつの自己責任だ」


 リアムはモヤッとしていたけれど、オヤジさんの言い分はなんとなくわかったよ。


「その脚、戦争で?」


 オヤジさんは左足の動きがぎこちなかったんだ。


「十六年前の戦争とは別のときにな。薬師として戦地へ行って、被弾した」


「なるほど。あなたの言い分は納得できないところもあるけれど、強い意志があるように思える。信用するけど、そこの二人は許せない」


 意志には正義というより、少しの義務感とそして多くの復讐心がありそうだったよ。


 オヤジさんは何に対して復讐したいのかはリアムにもわからなかったよ。これ以上、馴れ合うつもりはなかったからね。


「あとでたんまり叱っておく。悪かったな、お嬢さん。

 うちは生きるのが苦痛な人間に、束の間の安らぎと夢を見せる薬を売っている。飲み続けると現実に戻れない。だが、本当にそういう薬が必要な人間もいる。お嬢さんの大切な人が本当に必要なのか、本人に確認してからうちに来なさい」


 ジョゼフィーヌはわかったとは言わなかったよ。そのような薬を買うのならば、お母さんが治らないと諦めることだと思ったからなんだ。


 リアムはオヤジさんが出した薬をポケットに入れてから、ジョゼフィーヌに行こうと言ったんだ。


 オヤジさんが呼び止めたよ。


「シャルルのせがれ。名前は?」


「…リアム」


「そうか。リアムか。俺は待っていたよ。再びランバートに英雄が現れることを。

 帝国は医者の処方なしで、薬師は薬を患者に売れないんだ。この国が帝国になったら、俺らのような者は罪に問われて商売をやっていけなくなる。生きるのに苦しみしかない患者を救うことは誰にもできなくなる。

 王や貴族は嫌いだが、国を守ってくれ。期待しているぞ、傭兵リアム」


 リアムは何て答えていいのかわからず、黙ったままお店を出よ。


 しばらく歩いているとジョゼフィーヌが怒り出したよ。


「人を騙しておいて、何が患者を救うよ!いい人ぶらないでよ!リアムもそう思うでしょう?」

 

「そうだね。あの二人は最低だったけど、オヤジという薬師さんは優しさを持っている人だと思う」


「健康な人にも麻薬を売って、人の人生を壊しているのよ!最低じゃない!」


 リアムはジョゼフィーヌの考えもオヤジさんの考えもわかるんだ。すぐに正解は出てこなかったけど、ジョゼフィーヌのようにオヤジさんを怒れなかったんだ。


「悪いことをしている人は、表も裏もすべてが悪い人だと思いたいもんね」


 ジョゼフィーヌには聞こえないようにリアムは呟いたよ。


 次回の投稿は土曜になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ