13 暗闇
日は、すっかり落ちていた。私に与えられた城の一室からは、城下を見ることが出来ない。昼間であったならば、ここから見えたのは広野だったのだろう。夜である今、私が見ることが出来たのはただの闇だけだった。
闇は見慣れている。
幼い頃から、私は闇の中で育ったから。
親の顔も知らず、友達もおらず。私はいつも小さな箱の中に詰められて、何も考えずに佇んでいた。それだけで良かった。それしか、求められていなかった。
外から笑い声が、歌声が、響くたびに胸はわけもなく痛んだ。何があるのだろうと、外を見たこともある。けれど、外の世界にあるもののどれも、ひとつも私の手には入らなかった。私の顔を見た誰もが、顔を背け、そして走り去ってゆく。私に手を差し伸べてくれる人など、誰もいなかった。誰かと言葉を交わすことでさえ、私には稀なことだった。変わりのない日々。隙間から漏れてくる光で朝を知り、昼を知り、夜を知る。時間になれば食事を出され、それを食べる。ただそれを繰り返すだけの日々。ぼんやりと狭い鉄格子の間から外を見上げながら、ずっとこの小さな箱の中で過ごしていくのだと思っていた。それ以外の日々が来るなど、私は考えもしていなかった。
けれど、レイと出会い、別れ、イシアと出会った。レイとの出会いは、決して良い思い出ではなかったけれど。その時初めて、箱の中から出ることが出来た。外は広いと知った。どこまでも、私の足が続く限りに歩いてゆける。花や鳥を愛でることでさえ、許される。箱の中から見ていた外の世界は、とても鮮やかだった。箱の中にいた私は、いつかその鮮やかさに負けて消えてしまうのではないか、と。そう恐れてしまうほどに、外の世界は綺麗だった。
それだけじゃない。レイは、イシアは、外の世界は。実は優しくて、暖かいものだと知った。笑うことが出来るのだと、泣くことが出来るのだと私は知った。誰かを想うだけで、胸があたたかくなったり、締め付けられるような気持ちになるのだと私は知った。彼がいない世界は、急に色褪せてしまうのだと、私は知った。それでも、この世界のすべてが愛おしかった。なぜだろう。私は、彼がいない世界など嫌いだったけれど、それと同時に、彼が生きていた証であるこの世界が、どうしようもなく愛おしかった。私はどこかで思っていたのだ。この時がいつまでも続くと。
けれど――。
やはり、私にはそんな幸せは訪れない。
* * *
「魔女。なぜ泣く?」
王は私とイリナを引き離した後、私にすべての真実を伝えた。レイの兄が残した手記。そして、魔女に関する文献を調べ尽くした中で見つかった真実。
何も言えない私に、静かに王は問う。
王は残酷だ。王のその問いかけは、私の動揺を、弱さを、気にするまいとしていたそれと、否応なしに向き合わなければならなくさせた。
きっと、最初から私はこうなる運命だったのだと思う。レイやイシアに会い、人間らしく生きることが出来たと思っていた。でも、違った。私は、うすうす気づいていた私の正体を知ってしまった。
私はずっと一人だったのだと、すとんと理解した。
「私は……」
「俺は、魔女殿がどんなに泣こうが関係ない。ただ俺の計画を進めてくれれば何も依存はない」
「ねぇ。あなたはどうなの?」
涙も拭わずに、私は王の瞳を見据える。硝子で出来たような、その綺麗な瞳。
「なにがだ?」
「あなたも、悲しいのでしょう?」
私の問いに、王は静かに目を伏せた。
「悲しみなどという感情は捨てた」
「嘘よ。……嘘。あなたは……」
「だまれ」
低い声が、私の言葉を遮る。
「お前は道具だ。俺の言う通りに動け。それ以外は考えるな。さもなければ、イシアを殺す」
「あなたは……!」
王は、私の声も聞かずに部屋を出てゆく。暗い部屋の中に、沈黙が降りた。ひとりは慣れていたはずなのに、なぜか寂しい。
――最期くらい、ひとりは嫌だな。
と、そう、ひどく冷静に考えている自分がいた。




