12 霜天
どこからか、私の居場所が王にばれた。そして、王は、私との対談を望んでいる。それが叶わなかった場合は、イシアを殺すとまで伝えてきた。
揺れる馬車の中で、イリナはそう言った。その間、組んだ手は震えており、それを隠そうとするように何度も深呼吸をしていた。不安と焦り。そして彼女はきっと、自責の念に刈られているに違いなかった。イシアの補佐官だと名乗った彼女。きっと彼女にとって、イシアは単なるそれ以上の存在なのだと、瞬時に理解した。
イシアは、やはりこちらの世界の人間なのだ。私のような世捨て人と暮らして良い人ではない。イシアにはきちんと帰る場所があって、イシアの帰りを待つ人がいる。ここなら、彼女なら、きっとイシアを支えてくれる。だからこそ、私はイシアを彼女の元に帰さなくてはならない。そう強く心に刻んだ。
* * *
城の中は、ここに王が住んでいるとは信じられないほど質素で、そして寂しげだった。活気というものが全くなく、そこにいる誰もが陰気で、下を向いている。私のおぼろげな記憶にある城は、こんな所ではなかった。
その当時も、王の力が弱まり初めていた時期ではあったが、これほどまでに悲しいところではなかったとは思う。
ここは、この国は。どうなってしまっているのだろう。あの人が命がけで守った国は、壊れかけている。そう肌で感じた。この国が滅びてしまったら。彼が遺したものがまたひとつ減ってしまう。言いようのない悲しさに襲われた私は、衛兵に囲まれながら、ただ静かに歩を進めた。
通されたそこは、謁見の間のようだった。赤い絨毯が敷いてあるそこに乱暴に押し出されるようにして入れられる。そして即座に後ろ手を縛られた。王に危害を与えないためなのだろう。手を縛っても、縛らなくても、同じことだというのに。大人しく縛られ、なされるがままになりながら、私は謁見の間の窓から見える外の景色に、なぜか懐かしさを感じていた。遠い昔にも、あの人と共にここに来た。高い塔の中にあるここは、城下町を一望出来る。あの人とともに見た景色とは何もかもが違うかもしれない。それでも、懐かしい思い出に浸るには充分だった。
しばらくして、王の来訪を告げる声がした。すると、私たちの近くにいた衛兵たちが皆いなくなる。私とイリナの間に緊張感が走った。王は、私と何を話そうというのか。イシアは、無事なのか。不安だけが募る中、やって来たのは私の想像よりも遥かに若い王だった。
プラチナの、肩につくほどの長い髪。生気のない、まるで硝子玉のような瞳。あまりに整い、計算しつくされた比率をもつ顔立ちは、精巧なビスクドールを連想させる。王は無表情のまま、一段高くなったところに置かれた玉座に腰掛けた。
彼の瞳を見たその時、私は雷に打たれたような衝撃に襲われた。彼の瞳は、初めて会ったときのイシアの瞳と、良く似ていた。イシアほどの怨恨はないけれど、その代わりに彼の瞳には、諦めにも似た、堪えがたい寂しさを抱えているようだった。今すぐ駆け寄っていて、抱きしめてあげたくなるような、そんな苦しげな顔をしている彼が、イシアを捕らえている王だとは。
彼は私を見てとったあと、すっと唇の端を釣り上げた。それが笑みの形を作ったことに、数秒遅れて気づく。
「お前が魔女か? へぇ、見た目は随分若いんだな」
彼は、とことん見下した目で、私を見ていた。苦しげな瞳が、笑みの形をつくる。笑みになりきれていないその形を見て、私はなぜか胸がとても苦しくなる。
「お前の話は、良く聞いてる。俺も幼い頃は、英雄に憧れ、魔女にも会ってみたいと憧れたものだ。それが、今はこんな有様か。イシアについて行かなければ、お前は今頃ここにいなかっただろうに。イシアも馬鹿だ。こんな女のために、我が身を犠牲にするなんてな」
「……イシアはっ。イシアは無事なのですか!」
尋ねると、王は色褪せたような薄い碧の瞳を細めた。
「さぁな。魔女殿の対応次第だな」
「貴方が何がしたいのですか! 何のために、こんなことを」
「復讐だ」
私の言葉を遮って、王は短く告げた。復讐。その二文字がするりと私の胸の中に落ちる。あぁ、だから彼は。こんな辛い顔をしているのだ、と直ぐに納得が出来た。こんなに辛い、今にも泣きそうな顔。
「復讐をしたからといって、何かが変わりますか?」
「……そんなこと知らない。俺はただ、自分のやりたいようにやるだけだ」
そう答えた王の瞳は、どこか遠くに向けられていた。
「イシアを助けたいなら、俺の言うことに従え。逆らったら、イシアの命は無いと思え」
ささやくように、王は言う。そんな声音だと言うのに、彼の言葉には、それが嘘だとは到底思えない、底知れない闇があった。
返事はもう決まっている。
「私は、命に変えてもイシアを守ります」
イリナの悲鳴にも似た声が響き渡る中、王は静かに嗤い声をあげた。




