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 自分の正義に従っての行動ではあるけれど、俺はもうすぐ罪を犯す。

 通り雨に襲われても、コンビニに捨てられたボロボロのビニール傘すら盗ろうとしなかったこの綺麗な手を汚す。 

 闇が思考を加速させ、心臓がバクバクと騒ぎ始めた。

 格子窓のある扉の前で立ち止まる。


「ラゾの野郎にカカァからの伝言がある。ったく、面倒だぜ」

「あんたも大変だな」


 部屋に入り、再びタグの確認。

 さあ、いよいよだ。


「ところで、マサルさんは何か用事があるのか? 入る必要がないならここで待っていても構わないぞ」


 気を引き締めたところで、衛兵に声を掛けられた。体がぴくりと跳ねる。

 小心者の自分を呪う。怪しまれたら作戦失敗だ。

 ここまできたら、とことんやってやる。


「あんまり他人に聞かれたくない話なんですが、誰にも言いませんよね?」

「ああ、秘密は守ろう」

「ラゾのやつ、同じ檻のワルガキにイジメられてるんですよ。牢を出たら女を紹介しろって脅されてるみたいで。俺の方でさっそく二人見繕(みつくろ)ってきましてね、これ以上殴られちゃ可哀想だから教えてやろうかと」

「囚人のくせにけしからんな。私だって彼女が欲しいのに、こんな場所で働かされているから出会いがないんだよ」

「三十歳くらいの冒険者でよければ、そのうち紹介しますよ」

「なに、本当か! よくやった。ほら、さっさと行け」


 ふう、危ないところだ。

 嘘を吐(つ)いてみるもんだな。調子を合わせていたらなんとかなった。

 鍵を開けてもらい、背中を叩かれて送り出された。

 歩きだすと、後ろで錠前が閉まる音がする。

 まだ何もしていないのに、相変わらず囚人たちから嫌な視線を向けられている。


「親父! よかった、やっぱり助けに来てくれたんだな!」


 ラゾが鉄格子に張り付いて叫ぶ。

 昼にイジメについて触れたからか、新しい傷が増えていた。


「ひひっ、また可愛がられてぇのかラゾちゃんよぉ?」

「てめえがこっから出れるわけねえだろバーカ!」

「パパの目の前でぶん殴ってやろうか? ぎゃはははは」


 騒がしくなった檻の前で足を止める。


「ラゾ、そこをどけ。お前に用はない。マサル、いけるか?」

「はい、護衛をお願いします。――チェンジ」


 スライムに変身して、ずりずりと金属の棒を登っていく。


「お、おい。何してやがる」

「スライムになりやがったぞ」


 狼狽(うろた)えるワルガキども。だが、鉄壁の守り(バーンズさん)を前にして動けない。

 ようやく鍵穴まで辿り着いた。体をゆっくりと流し込んでいく。

 記憶が確かなら、中にピンがあるはず。

 押し上げてやればロックが外れ――


”あれ、ピンがない?”


 触手がどんどん奥まで入っていく。

 感覚によると、小さな窪みがある板状の物が三枚。その後ろが板バネで固定されている。


『溶かせないの?』


 いや、それは最終手段だ。壊すわけにはいかない。

 そもそも俺の消化液で金属が腐食するのか分からない。


『鍵穴的にレバータンブラー錠かも! 中にある金属板にロック用の道が切り込まれてて、それを真っ直ぐにしながら閂(かんぬき)を引き抜けばいけると思うんだが……どうだ、伝わるかこれで?』

『有識者キター!』

『泥棒の妖精か?』


 なるほど、意識を集中してみたら確かにある。上が弧を描いたTの字を反時計回りに九十度傾かせたような穴だ。三枚の金属板それぞれで位置が違う。

 閂(かんぬき)から垂直に飛び出た突起が、左上に引っ掛かることでロックされているらしい。

 慎重に体を操作する。板を調整して切り込みが一本道になるよう整えていく。

 ……よし、あとは閂(かんぬき)だ。

 板を固定する触手はそのまま残し、先端を吸盤みたいにした触手を新たに生やす。

 さすがに二本はコントロールが難しい。人間の状態であれば、冷や汗で全身がびしょ濡れになっているはずだ。

 閂に貼りつけて、全力で引き抜く!


"は、ず、れ、ろおおおぉ!"


 ずずっ……と、鍵穴が僅かに震えた。

 閂が動く。

 

"ぬりゃあああああっ!"


 静止摩擦力さえ超えてしまえばこっちのもの。

 カチャッとミッションクリアの音が聞こえた。


「この街でバーンズって名を聞きゃ泣く子も黙る。なあ、チンピラども? 俺を知らねえとは言わせねえぞ」


 俺ですら腰を抜かしそうになるほどの威圧感を帯びた低い声。これを真正面から浴びるなど想像したくもない。

 バーンズさんは拳を握り込み、ごきりと関節を鳴らす。

 そして、ゆっくりと入り口の鉄格子を開いた。

 本来、猛獣を閉じ込めるための檻の中に、さらに恐ろしい化け物が入っていく。


「ゆ、許してください。ほんの出来心で……」

「あ、うぁ……」


 囚人たちはみな口を開け、魂が抜け落ちたかのような表情を浮かべて絶望している。


「死にたくなきゃ、マヌケ面(ヅラ)晒(さら)してねえで砕けるくらい歯ぁ食いしばっとけ。俺の息子と遊んでくれた礼だ。ありがたく受け取りやがれ」


 鬼の前だと、人ってのは従順になるらしい。

 聞こえてくるのは乾いた音と鈍い音。

 必死に口を引き結ぶ愚か者たちの鼻は潰され、腕がへし折られた。

 気を抜けば死ぬ。ごめんなさいと叫ぶことすらできない。蹂躙(じゅうりん)された血塗(ちまみ)れの男が五人、見るも無残な姿で床に転がっている。

 そのうちの一人――青髪の男に手を伸ばすバーンズさん。首根っこを掴み、無理矢理立ち上がらせて問う。


「おう、誰にやられたか言ってみろ」

「じ、自分たち……で、やりました……」


 そのまま宙に浮かされて、コヒュッと苦しそうに呻(うめ)きながら、自らの命を繋(つな)ぐ最適解を返す。


「いいかゴミクズども、お利口さんにしてなきゃ次はねえぞ?」


 睨みを利かせて見回すと、地べたに這いつくばった者たちがこれでもかと頷(うなず)く。

 もう安心だろう。少なくとも俺が彼らの立場であれば、イジメを続けようなどとは思わない。


「親父……その……」

「また様子見に来るからよ」


 バーンズさんが外に出たところで鍵を閉める。

 もうコツは掴んだ。開ける方が難しい。

 俺の仕事も終わりだ。


"――チェンジ"


 俯(うつむ)いて涙を流すラゾを残し、地上に戻ってきた。


「ようやくこいつを返せるな」


 スーツの上着を受け取る。

 バーンズさんの右手の甲から白いものが飛び出していた。

 何発も殴ったせいで骨折したのだろう。


「それ、早く治療したほうがいいんじゃ」

「ん? ……がはは、あいつらの歯が刺さってやがる。大した傷じゃねえよ。それより、ほら」


 その右手を硬く握り、前に突き出してきた。

 俺も拳を重ねる。


「お疲れ様でした」

「マサル、ありがとな。困ったことがあれば言えよ」

「こちらこそ、お世話になりました」


 バーンズさんが手を振りながら去っていく。

 見上げれば、夜空から黄金の瞳が覗いている。

 今日の俺はどう映っただろうか。


「妖精さんたちもありがとね。助かったよ」


『なぁに、俺らにかかればこんなもんよ!』

『バーンズさん怖すぎたなw』

『正しいかどうかは抜きにして、良いことしたと思いますよ』

『そうかぁ? 暴力を暴力で解決しただけやん』

『ダークヒーローってとこか?w』


 暴力に頼ったのは確か。賛否両論あって当然だ。自分の行動を正当化するつもりはない。

 たまたま授かっただけのスキルによるものではあるけど、スライムになれる俺だからこその解決策を見出せた。

 反省すべき点は多々あれど、お世話になった人を助けられたのは素直に嬉しい。


 今日はもう疲れた。また公園に向かう。

 まだまだ問題は山積みだけど、考え方に変化を感じられた一日だった。

 ベンチで横になり、眠りにつく。

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