8
暗闇を抜け、地上に戻ってきた。日差しを浴びて目を細める。
移動中、バーンズさんは口を開かなかった。
「あ、あの……」
沈黙を破ろうとしたのに言葉が続かない。
ラゾは捕まってまだ八日にもかかわらず、死を身近に感じるほど酷いイジメを受けているようだ。
助けてあげたいけど、この世界の常識が分からない。
俺に何かできることがあれば――なんて、安っぽいことは言えなかった。
「マサル、今日はありがとな。俺の息子だ、半年くらい耐えれんだろ」
バーンズさんの顔が元に戻っている。強面だが険はない。
これでお開き……なのか本当に?
だとしたら、牢屋で浮かべた怒りの表情は何だったのか。
あれは心底憤りを感じていた父親だからこそのものだ。
「これから仕事ですか?」
「いや、そういう気分じゃねえな」
「少し話しません?」
「……ああ、頼むわ」
始めたことは最後まで責任を持ってやり遂げる――営業のとき大事にしていた俺のモットー。
一緒に息子と会って欲しい。これを依頼とするなら、最低限の仕事はした。
しかし、途中で問題が発生している。
落としどころを見つけ、双方が納得する形で終わらせたい。
『マサルって大人なんだな』
『あたしのラゾ君に暴力振るうなんて許せない!』
『脱獄させんの?』
『金払えば出してもらえるとかなんかね?』
『バーンズさんが脅せばみんなビビりそうだけど』
再びガドさんの店へ。
テーブルにコーン茶みたいな味がする酒が運ばれてくる。
一番高い酒だなんて言っていたけど、この店にはこれしかないらしい。
「どうしたいですか?」
「この世にはルールがある。罪は償うべきだ。……でもよ、息子がボコボコにされてて、黙ってるのも違うだろ」
バーンズさんは一息で飲み干し、空っぽになったグラスを置く。
やるせない気持ちからか、ドンと強い音がした。
「おい、壊すんじゃねえぞ」
「うるせえ、黙っとけ。さっさと次持ってこい」
やれやれと肩を竦めたガドさんが酒を注ぐ。
陽の光も届かず、カビ臭く、いつ病気になってもおかしくない。そんな牢獄で生活するだけでも、罰としては十分だろう。
刑期を終える頃には、自分の罪と向き合い、心を入れ替えているかもしれない。
しかし、鬱憤の捌け口に使われるのは可哀想だ。
あの牢屋があった広い部屋には見回りをする衛兵がいなかった。
捕まるような悪さをする奴なんだから、どんな仕打ちを受けたって仕方ない。同じ囚人に暴力を振るわれて死んだとしても見て見ぬふり。そんな考え方がありそうだ。
犯罪者は法によって正しく裁かれるべき。同じ罪を犯した者でも、イジメのあるなしで罰の重さが変わるなんておかしい。
死刑を宣告された囚人が、その刑が執行される前に罪人の手により殺されるなんて、被害者は納得できるのだろうか。檻に入れてたら死んじゃいましたなんて言われたら、無念は一生残ってしまう。
これは、俺が日本人だからこその思想なのかもな。
「息子さんが出してくれと懇願してましたけど、方法はあるんですか?」
「あいつが誑し込んだ女の旦那に許してもらえばいい。だが、牢屋から出すつもりはない。それならいっそ俺が入ったほうがマシだ」
バーンズさんの言う通り、わざと捕まって他の囚人に睨みを利かすってのはありか。
冒険者として一目置かれているのだから、相当に強いはず。息子に手を出すなと脅しを……いや、待てよ。もっと良い方法があるぞ。
「じゃあ、入ります?」
「マサルよぉ、冗談も通じねえのか? 同じ檻に入れなきゃ意味ねえだろ」
「だから、同じ檻に入るんですよ」
「何言ってんだお前?」
やったのならやり返されても文句は言えないと思う。日本の倫理観に照らし合わせたら間違ってるけどな。
――スライムの体なら変形できそうだし、鍵開けて空き巣でもする?
妖精さんの言葉が脳裏に浮かんでいた。
みんなフラットな関係に戻せばいい。
「――チェンジ!」
視野の広がった世界の中で、液状になった体を動かす。
頭……なのか? とにかく天辺から細い触手みたいなものを伸ばしていく。かなりの集中力が必要だ。
先端をうにょうにょと変形させてみる。つむじの先に指が生えて、それを第二関節から曲げようとする感覚に近い。
よし、イメージ通りにできた。これなら俺の作戦が実行できる。
”――チェンジ”
人間の姿に戻り、にやりと笑う。
バーンズさんに視線を向けて酒を飲み干す。
「面白れぇ」
彼もまた悪い顔をしてグラスを空にした。
何をするか伝わったらしい。
「では、行きますか?」
「うし! ……っと、その前に。交換したこの服、やっぱ返すわ」
俺を巻き込んでしまった罪の意識からか、仕事量に対する報酬なのか。バーンズさんは大剣を床に降ろし、スーツを脱ごうとしている。
返してくれるのならありがたいけど――
「待ってください。それはスーツといって、俺の国では勝負服なんです。大事な日に着たりもします」
「つまり、終わった後にしろってことだな? 俺はずいぶん貴重なもんを奪ったらしい」
営業とは、短い時間で自分の価値を示し、相手の信頼を勝ち取る。つまりは戦いだ。スーツは勝負服と言っても過言ではない。
ただ一つ勘違いさせて申し訳ないのが、二着で二万五千円の安物だってことだ。
『うおおおぉ! 盛り上がってきたな!』
『なんか二人ともカッコイイぞw』
『鍵開けって俺の案だよな? な?』
『さぁて、すけこましを助けに行きますかね』
『で、何するんだ?』
さすがナビ役の妖精さん。初めて役に立った。
牢屋の鍵を開けるところまでは思いついたけど、その先どうなるかは分からない。
店を出て、牢獄前に到着。
もう空は茜色に染まり、暗い入り口が不気味に感じてしまう。
「む、またか?」
「息子に言い忘れたことがあってな」
「問題は起こすなよ?」
「だったら昼間にやってんだろ」
一日に二回も面会に来るのが珍しいのか、衛兵に怪しまれてしまった。
だとて断られるでもなく、無事に通過できた。
真っ暗な下り坂を降りていく。
夕飯時らしい。香味野菜を炒めた匂いを風が運んでいる。




