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「痛だだだっ!」
右の脹脛がこむら返りを起こした痛みで目を覚ます。
背もたれに体重を預けて立ち上がり、地面に爪先を押し付ける。縮んで痙攣している筋肉をゆっくり伸ばしていく。
ミネラルが不足しているのかもしれない。
『ようおっさん、絶好調だな!』
『マサルおはよう』
『朝から情けない姿だねw』
『今日は何すんの?』
ベンチに座り、脹脛を揉む。
いまの俺に出来る仕事は薬草採取のみ。
一日八十ミースだから、五日間に二回だけ小さなパンを食える。
うん、死んでしまうな。
「ゴブリンを狩れなきゃ生活できないし、やっぱり装備が欲しいよね。知恵を貸してよ妖精さんたち」
実は頼りになるって分かったし、助けを求めてみる。
『金ないし、武器でも作る?』
『石斧とか攻撃力高そうじゃない?』
『結局メイスが最強って何かで見たぞ』
妥当かも。先祖をリスペクトして旧石器時代の武器を自作ってのは考えていた。
しかし、それは最終手段だ。俺は手先が不器用だからな。
戦闘中に石と木が分離して返り討ちに遭う未来が見える。
『レンタルとかないのかね?』
『バーンズさんにお古を借りたら?』
『まだ使えそうなのが捨ててあったりしない?』
昨日の一件でジャケットの価値が上がったし、バーンズさんを訪ねてみるのはありか。
再利用は良案だな。無料ってのがいい。
「なるほど、ありがとう! ゴミを漁ってみるよ!」
壊れた武器や防具があるかもしれない。
石より金属。一から作るより、修理できるならそっちの方が良さそう。
街の人に尋ねながら、ゴミ捨て場を回ってみた。
「ここも酷い臭いだ。鼻が曲がる。でも、やるしかない」
成果を得られぬまま三ヶ所目に到着。生ゴミが異臭を放っている。
口で呼吸をすれば問題ない。積み上げられ瓦礫や家具を掻き分けながらお宝を探す。
「あっ!」
……すると、あるではないか。
刃が少し欠けた槍を見つけた。
飴色の柄は生きている。
固定もしっかりしており、穂先にぐらつきはない。研げばまだ使えそうだ。
そういえば、瓶の底で擦れば切れ味が蘇ると聞いたことがある。
割れたガラスの容器で研磨していく。
『これでゴブリンいける?』
『さすがに殺されるだろ。肩書きは冒険者だけど、現状はただの貧弱な浮浪者だからな』
『みんなでゴブリンに勝つ方法考えようぜ!』
『スキルでスライムになったところでなぁ。動きが遅いから窒息死させる前に殺されそう』
『じゃあ手詰まりか』
『結論早くね?w』
その後も街中を歩き回りゴミを漁り続けたが、使えそうな物は見つからなかった。
しかし、十分な成果だ。これで身を守る最低限の術は手に入れた。
戦国時代には、竹槍を持った農民が脅威になったという。
狙いを定め、長いリーチで突く。武術の心得がない俺にはぴったりだ。
「街から出てみようかな」
少し離れたところに、モンスターが住む巨大な森があるという。露店で見た野菜や果物が自生しているかもしれない。
ゴブリンがどれほど強いのか知らぬまま挑むほど、俺は愚かじゃない。散策しているうちに、他の冒険者が戦っているところを見学できたら僥倖だ。
門のところまで行くと、警備兵が二人立っていた。
どちらも屈強な大男だ。
「通ってよし!」
耳が痛くなるほどの声で送り出されて街を後にする。
視界の先まで豊かな緑が続いていた。
風が流れて、草原が穏やかに波打つ。青い香りが鼻を突く。
右手の方向、遠くに森が見える。あれが目的地だ。
槍を杖代わりにして歩きだす。
『ジジイやんけw』
『初見です。この世界で何かやりたいことはありますか?』
『妖精も増えたねぇ。初日は多くて五十匹くらいだったけど、いまや二千匹もいる』
『どうなん異世界、辛くない?』
二千匹って、そんなにたくさんいたのかよ。
俺なんかに取り憑いて何が面白いのかね。妖精に好かれるタイプなのかもしれない。
初見と聞くと、なんだかライブ配信を思い出す。
「やりたいことねぇ……難しい質問だな。人の命が軽いこの世界だからこそ、俺にしか救えない誰かがいるとは思ってる。妖精さんたちのおかげで頭の中が賑やかだから、現状楽しく過ごせてはいるよ」
常に誰かが喋っているので、寂しさを感じない。
キリがないから基本的には無視しているけど、たまにこうやって質問を返す。
話し相手に困らないから感謝している。
一時間ほど経っただろうか。
ようやく木々の葉っぱの形まで視認できるところまで来た。
俺は槍を構えて警戒しつつ、外周から森の中を窺う。
すると、木陰に馴染みのあるモンスターを発見した。
――スライムだ。
あいつはメガネが必要なほど目が悪い。
距離は三十メートルくらいか。
まだ俺には気付いていない。
相変わらずとろい動きで、ずりずりと地べたを這っている。
あれならいくらでも倒せそうだが、残念ながら金にならない。
俺も半分スライムみたいなもんだ。知らない特性なんかがあるかもしれない。しばし大先輩を観察して勉強させてもらうか。
『野生のスライムもマサルスライムと変わらんな』
『殺っちまうか?』
『わらび餅っぽくて可愛い。ペットにできるなら人気出そう』
『確かに清潔感ある見た目してるもんな。マサルと違って』
『スライムって臭くなさそうだしな。おっさんと違って』
スライムが木に登っていく。大蛇がとぐろを巻いたような変わった木だ。
俺も営業先のエレベーターが停まっていたとき、駆け足で螺旋階段を上ったことがある。
先輩――いや、兄貴。辛いだろう……苦しいだろう。
一生懸命に体を伸び縮みさせる様子に、なんだか情が湧いて応援したくなってきた。
兄貴はようやく天辺まで辿り着いた。
幾重にも分かれた枝に移ると、細長い葉っぱを体内に取り込む。
シュワシュワと泡が出て、葉っぱがどんどん小さくなっていく。
小刻みに体を揺らし、美味しい美味しいと喜んでいるようだ。
「いいなぁ、食べ放題で」
昨日の昼から何も食べていない。
あんな光景を見せられたら腹が減ってきた。
「……ん? 俺も一緒に食えばよくね? ――チェンジ!」
スライムに変化すると、視点が地面近くまで下がる。
――兄貴、いま行きますよ!
伸ばして縮める、伸ばして縮める。人間の状態なら走って十秒もかからず到着するはずが、遠い。全然進まない。
気が急いてしまった。
『え、まさかあの葉っぱ食うの?』
『食レポ頼むわw』
『マサルって頭おかしいよな』
『モンスターになれるからって、発想までモンスターにならんでもw』
速く。もっと速く。少し弾んでいるかもしれない。
これが俺の全力――猛スピード(笑)だ。ゴキブリにすら追い抜かれてしまいそう。
ようやく螺旋状の木に到着した。
"うおおおおおおぉ!"
登れ登れーい!
脳……があるのかは分からないけど、アドレナリンが出まくっている。
へこへこと高速で体を動かしているのに、息が切れたり疲れたりといった感覚がない。
臓器も筋肉もないのだから当然か。スタミナだけは化け物級だ。
やっと天辺までやってきた。枝を伝って葉っぱに向かう。




