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"いっただっきまーす!"
そして、細長い葉を口いっぱいに頬張った。
俺を包む透明な液体は消化液。全身で発泡感を楽しみながら溶かす。
"ふむふむ。レモングラスに似た清々しい香り。ほんのり甘くて、昆布のような旨味がある。結構いけるぞこれ、好きな味だ!"
『これが本当の草食系男子か』
『変な食生活のおっさんだけどな』
『話だけ聞いてると美味そうw』
『説明上手くて草』
空腹だからかもしれないが、すごく美味しい。
この味の炭酸飲料を作ったら爆売れ間違いなしだ。
まさかスライム視点の食レポをすることになるとは思わなかった。
"なあ、そこのお前さ? オレッチがここで食事してんだけど。邪魔だからどけよ"
言葉が聞こえた。
ここで声と表現しなかったのは、音ではない何かを核が捉えたからだ。
どうやら一人称オレッチの兄貴が俺に怒っているらしい。激しく全身を震わせているのが見える。
あの人に続けとばかりに来てしまったせいで、すぐ隣の枝で優雅にモーニングを決めこんでしまった。
しかし、スライムになってもマウントを取られるとは。
先に餌場を確保した方が偉い……ね。こんなところでも縦社会が出来上がってしまった。
俺が悪いのは分かるけど、世知辛い世の中だ。
とりあえず謝罪しておこう。
"これは失礼しました! 兄貴があまりに美味そうに召し上がっていたので、俺も食べてみたくなっちゃって……"
"お、おぉ、兄貴ね。立場分かってんじゃねえか。飯食うならこの木は基本だろ。ったく、しゃーねーな。離れて食えよ!"
"はいっす! すんませんっす!"
口調は強いけど、わるいスライムではなさそうだ。
お言葉に甘えて葉っぱを溶かしに溶かし込んでいく。
だいぶお腹が満たされた気がする。
……胃なんてないんだけどな。
どういう仕組みなのだろう。
"お前、生まれたてだろ。このあとどうすんだ?"
"兄貴に色々教えて欲しいっす!"
"いいぜ、オレッチについて来な"
"ありざっす!"
第一印象は当てにならないな。兄貴みたいに面倒見がいい人ばかりなら、世界は平和だろう。
さあ、葉っぱを食べ終えたら移動開始だ。兄貴の一歩後ろを這う。
森の中へ入っていくらしい。
『舎弟ロールプレイ笑うんだがw』
『このおっさんマジでなにしてんの?w』
『スライムの社会見学助かる』
『この兄貴、うちの会社の先輩みたい』
穏やかな日差しが柔らかな地面に木の葉の影を映している。
風が森を撫でると気持ちのいい音がする。
ぼんやりと緑に光るキノコ、珊瑚礁みたいな花の群生。未知の植物たちが織り成す幻想的な光景だ。視界の悪さがもったいない。
スライムの足は遅いため、なんだか時間がゆっくりと流れている気がした。
子供の頃に、友達と一緒に知らない場所を探索した大冒険を思いだす。
"これもなかなかいけるぞ"
"なんともグロテスクな……"
まず案内されたのは、腐葉土から逆さに生えた巨大なフルーツの前。人間の俺よりでかいぞ。
見た目はホヤにそっくりだが、毒々しい青色をしている。
兄貴を見習い、まず上に乗って皮を食い破った。
そこからアリの巣を作るように中心へ向かって果肉を溶かしながら進む。
"なんだっけこれ? そうだ、グァバだ。南国のフルーツみたいにトロピカルで甘い。そしてなぜか全身がピリピリ痺れてる"
"この|痺れが癖になんだよ"
全身で味わうスライムならではの経験。長時間正座した後の足って感じの痺れが体中に広がっている。
こんなことになって大丈夫なのかと不安になるくらい強烈な刺激だ。
"こっちは好みが分かれるかもな"
お次は、真っ直ぐに伸びた黒い植物。葉のないサトウキビといったところか。
何本か纏って生えており、こんな見た目の芳香剤があった気がする。
これは皮だけを食べるらしい。
"……なるほど、ウイスキーに似た風味だな。味がないから、香りを楽しむものなのかもしれない"
"美味くはないけど、これを食えば色々と元気になる"
金があれば払いたくなるほど有意義なスライム食い倒れツアーだ。
あれは食べられるけど美味しくないとか、あれだけは食べるなとか、兄貴にたくさん教えてもらった。
こんなに楽しかったのはいつぶりだろうか。
時間とは、意識の外にあるときに早く流れるものである。
森が茜色に染まっていた。
"暗くなると危ないからな。そろそろ寝床に隠れるぞ"
"ご一緒していいんすか兄貴!"
"最初からその気だったんだろ?"
"はいっす! お供しまっす!"
ご飯をご馳走になって、泊まるところまで用意してもらえるなんて、至れり尽せりだ。
"今日はここでいいか"
特に決まった寝床はないようで、兄貴は体を平たくしながら低木の下へと潜っていく。
俺も真似して後を追う。
密度の高い枝葉を地面すれすれまで茂らせた木の根元は、絶好の隠れ家になるようだ。
たしかに、これなら外敵に見つかりそうにない。
『なんでスライムのまま一日を終えようとしてるんだよw』
『夜の森は危ないって兄貴が言ってるぞ!』
『お前は街に帰れってベンチで寝ればいいだろw』
『このおっさんイカレてるわ』
今日という日が終わる。
だんだん暗くなり、視界は闇に包まれていく。
心地よい沈黙が続いていた。
"いいってことだよな?"
"えっと、何がですか?"
あとはもう寝るだけだというのに、なぜか兄貴が近づいてくる。
"何ってお前。その気があったんだろ?"
"言ってる意味がよく分からないのですが"
そして、俺の体に触れた。
嫌な予感がする。
"まあいいや、子供の作り方もオレッチが教えてやるよ。大丈夫、すぐ終わるから"
"……へ? いや、ちょ、ちょっと待って! ア、アアアアアァッ!"
脳内で危険信号が鳴り響く。
なんかちょっと入ってきてる。
"――チェンジ!"
茂みを突き破りながら人の姿に戻った。
ケツに兄貴がへばり付いている。
ぎりぎりのところで大事なものを守ることには成功したらしい。
『ちょwww』
『スライムに掘られてるやんけ!w』
『ダメだこいつ、笑いすぎて腹痛いw』
『アアァじゃねえよマジでw』
誓って未遂ではあるが、三十六歳のおっさんが性被害に遭うとは思わなかった。
兄貴は変態だが恩人だ。引っぺがして叩きつけてやりたい気持ちをぐっと堪える。
兄貴を槍の柄で払いのけ、地面に落とす。
「すんません兄貴。俺、人間なんです。今日はありがとうございました」
言葉が伝わるかは分からない。
でも、お礼だけは言っておきたかった。
俺を掘ろうとした兄貴は、大慌てで逃げていく。
最後に後ろ姿で教えてもらった。スライムでは人間に勝てないのだと。
「――チェンジ」
そこまで深くは入っていないけれど、月明かりすら乏しいこの暗闇で動きたくはない。
結果的に奪い取ることになってしまった寝床で、スライムのまま朝を迎えることにした。




