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 やってきたのはすぐ隣(となり)。併設された小さな酒場だ。

 カウンター四席、まばらに置かれたテーブル。客は冒険者が一組みだけ。

 メニュー表すらない殺風景な店内は、飲んだらすぐ帰れとでも言わんばかり。


「ガド、酒と飯を二人分だ」

「へいへい」


 バーンズさんが前掛けを着けたおじさんに雑な注文をした。名前で呼ぶくらいの仲だから通じるのか、それともこれが常識なのかは分からない。

 好きな物を好きな店で食べられる世界の出身としては少し戸惑う。


 バーンズさんはテーブルに両肘をついて体重を預けると、俺の冒険者タグを覗き込む。

 そのまま上に移動した視線がぶつかった。 


「えーっと、マサルか。奢る代わりと言っちゃなんだが、少し相談に乗ってくれや」

「力になれるかは内容次第ですけど、自分でよければ聞きますよ」


 相談には慣れている。

 一番やってはいけないのが中途半端に答えること。知ったかぶりをしたり、おべっかを使ってはいけない。

 相手が納得する内容ではなかったとしても、真剣に考えて意見してくれたと評価してもらえたら十分だ。

 俺はそうやって客の信頼を勝ち取ってきた。


『バーンズさんにはうちのマサルが世話になったからな。俺らも力になるぜ!』

『ハゲのお悩み相談か』

『好きな子がいるとかだったらどうする?』

『俺らに恋愛の話されてもなw』

『パンジィちゃんは渡さないぞ!』


 それに、こっちは数も多い。どんな悩みでも解決できそうだ。

 バーンズさんが難しい表情を浮かべ、口を開く。


「十六歳の馬鹿息子が人妻に手ぇ出しやがってな。八日前から牢屋にいる。一緒に会いに行っちゃくれねえか? 一人じゃ小っ恥ずかしくてよ」

「……えっと、急にすごい話ですね。全然いいですけど、どこの馬の骨だか知れない俺なんかより、付き合いが長い他の冒険者にお願いした方がよくないですか?」

「あいつら、釘刺したとこで何言いやがるか分からねえ。それに、俺みたいにぶっきらぼうな人間が、一丁前に息子の心配してるって思われるのも嫌だしな。新人に飯奢ったついでに、ちょっと顔見せに来たって方が自然だろ」

「なるほど、たしかに。そういうことなら構いませんよ」


 相談てよりお願いだったか。喉渇いたしコンビニでも行こうぜってくらいの軽いノリで、牢屋に誘われてしまった。

 付き添うだけで少しでも恩返しできるなら、断る理由がない。

 さあ、料理が運ばれてきたぞ。


「ほらよバーンズ。うちで一番高い酒と、一番不味い飯だ」

「あんがとよ。この店が繁盛してる理由が分かるぜ」


 ハードボイルドなやり取りの後、木のジョッキに飴色の酒がなみなみと注がれた。一リットル近くありそう。

 大皿には卵と腸詰めの炒め物と丸いパンが乗っている。

 自分で初めて作った料理もこんな感じだった。

 俺の場合は丼(どんぶり)にして焼肉のタレをぶっかけてやったけどな。


「さっさと食っちまえ」

「はい、いただきます」


 バーンズさんに促され、まず酒を飲む。

 量が多くて心配だったが、アルコールは強くない。コーン茶みたいな風味があり、グビグビいけてしまう。

 続いて炒め物。

 ……味が薄い。燻(いぶ)した香りはあるけど、腸詰めから古い肉の臭いがして、スパイスがないからか気になってしまう。

 お世辞にも美味いとは言えない。


「どうだ、微妙だろ?」

「まあ、そうですね」

「酒までついて千ミース。金が無(ね)え奴に腹一杯食わしてやるって、ガドなりの思いやりなのさ」

「え、安っ! 量は十分すぎるほどですね」


 日本にもせんべろという、おつまみに加えて酒が二杯程度飲めるシステムがあるけど、腹は満たされない。

 ペノンベンではパン一つ二百ミースで売られていたのに、この価格は大丈夫なのだろうか。原価で八割以上持っていかれているような。

 他人のために身を削る。カッコイイ店主だ。


『粋(いき)だねぇ』

『俺も客に料理を運ぶときガドの真似しようかな』

『やめとけ不細工。店が潰れる』

『……あ? てめぇの鼻も潰してやろうか?』

『不細工は否定しないのな? プププwww』


 人の頭の中で喧嘩しないで欲しい。

 食事を終え、店を出たところでバーンズさんにお礼を言う。 


「ご馳走様でした」

「おう」

「先にちょっと寄り道してもいいですか? スキルを試したくて」

「いいぜ、時間ならいくらでもある」


 ヒートアップする妖精の言い争いを響かせながら、昨晩ベンチを使わせてもらった公園に移動した。

 どんなモンスターになるのか分からないので、念のために池のほとりに立つ。

 水面には俺が映っている。

 白いワイシャツに水色のネクタイ。紺色のスラックスに黒い合皮のベルト。身だしなみに気を遣う方ではないが、それにしたって髪がボサボサだ。


「――チェンジ!」


 気合を入れて叫ぶと、俺の体が一瞬にして縮む。


"うわっ!"


 驚いたはずなのに、音が出ていない。でも、俺はいま声を発したという確かな自覚がある。

 さらに、視野が全方位に広がっていた。

 馬の視界は三五〇度らしい。あいつらもこんなふうに見えているのだろうか。

 視力はだいぶ落ちているようで、この目では後ろの席から黒板の文字を読み取るのは不可能だろう。

 慣れない視界に脳がバグって気持ち悪い。


「スライムに変身するスキルとは珍しい。接近して視界から消え……いや、踏み潰されて終わりか。戦闘じゃ役に立たねえな」


 バーンズさんが俺の体を見下ろしながら考察している。

 スライム――どの小説でもゲームでも、最弱のモンスターという扱い。俺はチートスキルを貰ったはずだ。まさかそんなわけ……。

 ずりずりと這いながら池に近づいていく。

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