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 オウガにチェンジ。リュックに背負い籠、それとナイフをベルトごと地面に落とし、人間になって拾う。それらを身に着け、準備完了だ。

 リュックを前に、籠は背中。この体ではサロギがずしりと重い。


 街に入り、まずは道行く人に話を聞いた。

 どうやら商売するためには、ペノンベンギルドという場所で家族毎(ごと)に許可証を貰う必要があるらしい。

 発行に手数料は掛からないけど、三十日が経過するたびに十万ミースを支払うのだとか。

 このときお金が足りないと資格が一時的に失効し、強制労働が始まるらしい。街の壁を補修したりと、命を落とす者が多い危険な仕事だという。


 というわけで、ペノンベンギルドにやってきた。役場をイメージしていたが、意外と小さい。

 しかし警備は厳重で、二階建ての建物の入り口に兵士が二人。中に入ると、二つある窓口の側に一人ずつ立っていた。

 右の受付に座り、七三(しちさん)分けのおじさんに話しかける。


「許可証の発行をお願いします」

「はいぃ。業種と商売する場所を教えてねぇ」


 ねちっこいというかなんというか、癖のある喋り方だ。


「商人をやろうかと。いまのところ、この街以外に行く予定はないですね」

「はいぃ。じゃあ、顔を前に突き出してぇ、そのまま動かないでねぇ」


 背中を丸めて首を曲げると、頭を掴まれる。太い謎の棒で顔全体をなぞられた。

 おじさんがその棒を四角い箱に差し込む。『三一二九』と書かれた樹脂っぽい素材の札が発行され、手渡された。これが許可証なのだろう。


「これねぇ、生体情報を読み込ませる魔道具。三十日後から前五日までに十万ミースを必ず支払ってねぇ? 飛んだら(にげたら)絶対に捕まえる。違反者のうち四人に一人は死んでるから覚悟してねぇ?」


 おじさんは口角を吊り上げて笑う。

 目が怖すぎる。底の見えない闇が渦を巻いているかのようだ。

 俺の横に立つ警備の男が、わざとらしく腰の剣を揺らし、カチャッと音を鳴らす。

 効果は抜群。心臓が喉に詰まりそうなほどに跳ねた。

 許可証をポケットにしまい、ペノンベンギルドを後にする。


 街を回り、井戸でサロギに付着した土を洗い流してから、必要な物を買った。木製の食器、食用の油と塩、酸味のある柑橘系の果物を一つ。

 最初に営業をかけるのは、大通りで露店を開く野菜売りのおばちゃんだ。自分の畑で育てた商品に自信を持っており、固定客もかなり多い。

 美味しい野菜を知っているからこそ、オウガ村産のサロギを買ってくれるはず。俺はただ価値を示せばいい。


 大通りを歩く。

 久しぶりの営業。それに、勝手の違う世界。ワクワクしてきた。新入社員の頃を思い出す。

 ……いたいた、おばちゃんだ。頭の上でニンジン色の髪を団子にしている。

 付き合いのない相手との交渉は最初が肝心。笑顔を作り、籠を下ろして話しかける。


「オウガ商事のマサルと申します。野菜を買っていただけませんか?」

「バカ言ってんじゃないよ。なんで野菜を売ってるあたしが野菜を買うのさ」


 よしよし、これでいい。こちらの目的を伝え、その反応を見ることが重要だ。

 おばちゃんの視線は、サロギに向いていた。「なんで」と疑問を持っていたし、追い返されないということは、話を聞いてくれる。


『そりゃそうだ。バカ言ってんじゃねえぞおっさん』

『八百屋はないだろ。せめて飯屋に持ってけよw』

『場所借りて叩き売りでもすりゃいいのに……』

『もしかして営業下手か?w』

『ったく、しゃーなしや。教えたるわ。この店の野菜、高くても四百ミースやし、サロギ一本八十ミースがええとこやで』


 妖精さんたちがそう思うのも不思議ではない。

 だが、これが俺のやり方だ。

 営業ってのは、騙すのではなく騙されるべき。相手が得をしたと気持ちよくなれるよう仕向ければいい。


「お姉さん、お名前をお伺いしても?」

「あたしゃマーサ。そんな呼び方しても無駄だからね」

「マーサさんの野菜は美味しいと評判ですし、価格も適切……いや、むしろお安いですからね。一本四千ミースもするこのサロギがそう簡単に売れるとは思っていません」

「あんた、珍しい野菜ってのは分かるけどね、そんな値段じゃどこ行っても無理さ。あたしならせめて五百ミースで売るよ」


 俺が野菜の売り方を教わる立場になった。上下関係がはっきりして、非常にいい状況だ。

 現時点で勝率は七割くらいかな。売れるパターンに入っている。


『よ、四千ミースてお前www』

『ブラック企業勤めで頭おかしくなっちゃってるんだろうな……』

『誰が買うねんアホ!w』

『もしかして、お情けでワンチャン一本でも売れればとか考えてます? そんな甘くないんで営業って』

『まず、初動がダメ。相手に悪印象与えてるよ』

『営業名人様が湧いてきたなw』


 まあ見ていてくれ。

 マーサさんはいま、味が分からないのにもかかわらず、サロギが珍しいというだけで、この店に置いてある野菜よりも高い値段を付けた。

 仮設定で四千ミースとしているが、想定最終価格はもっと上。お互いに幸せになれる取り引きといこうじゃないか。

 俺は籠の中からサロギを一本抜き取り、マーサさんに手渡す。


「こちら、お近づきの印に差し上げます」

「ま、貰えるもんは貰っとくよ」

「そうそう、サロギの美味しい食べ方があるんです。マーサさんのご家族にもぜひ召し上がっていただきたい。あっという間に作れるので、ささっとやっちゃいますね!」


 有無を言わさず料理を開始。一人暮らしは長いから、それなりの腕前だと自負している。

 新たにサロギを取り出し、腰のナイフを抜く。ゴブリンの解体にも使用しているが、言わなければ問題ない。ちゃんと洗っているからな。

 青い部分を落とし、木皿の上で斜めに薄切り。さらに短冊状にして、ボウルの中へ。

 植物性の水筒から水を振りかけて辛味を抜く。この水も、まだ口をつけていないから大丈夫。


「これにドレッシングをかけるだけの簡単なサラダですが、素材の味を強く感じられます」

「こんがり焼いたベーコンとか木の実なんかを和えたいね」

「うわ、想像しただけでヨダレがでますよそれ! やっぱりプロは違うなぁ。鳥の肉と煮てスープにするなんてどうですか?」

「それなら、しっかり焼き色を付けて、仕上げに香辛料をちょっと加えたいところだね」


 あえてアレンジしやすいシンプルな料理だと伝えることで、一歩進んだ先の姿を想像させる。

 会話を伸ばして時間を稼いだ。辛味もほどよく抜けているはず。そろそろいいだろう。

 ボウルからサロギを掬(すく)い、上から下に振って水分を地面に落とす。

 木皿に乗せ、塩を少々。柑橘の絞り汁と油を加え、フォークでよく混ぜる。オレンジと柚木(ゆず)に似た香りがした。

 よし、完成だ。


「どうぞ」


 フォークを皿の上に置いたまま手渡す。

 さあ、オウガ産の野菜に腰を抜かすがいい!

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