40
オウガにチェンジ。リュックに背負い籠、それとナイフをベルトごと地面に落とし、人間になって拾う。それらを身に着け、準備完了だ。
リュックを前に、籠は背中。この体ではサロギがずしりと重い。
街に入り、まずは道行く人に話を聞いた。
どうやら商売するためには、ペノンベンギルドという場所で家族毎に許可証を貰う必要があるらしい。
発行に手数料は掛からないけど、三十日が経過するたびに十万ミースを支払うのだとか。
このときお金が足りないと資格が一時的に失効し、強制労働が始まるらしい。街の壁を補修したりと、命を落とす者が多い危険な仕事だという。
というわけで、ペノンベンギルドにやってきた。役場をイメージしていたが、意外と小さい。
しかし警備は厳重で、二階建ての建物の入り口に兵士が二人。中に入ると、二つある窓口の側に一人ずつ立っていた。
右の受付に座り、七三分けのおじさんに話しかける。
「許可証の発行をお願いします」
「はいぃ。業種と商売する場所を教えてねぇ」
ねちっこいというかなんというか、癖のある喋り方だ。
「商人をやろうかと。いまのところ、この街以外に行く予定はないですね」
「はいぃ。じゃあ、顔を前に突き出してぇ、そのまま動かないでねぇ」
背中を丸めて首を曲げると、頭を掴まれる。太い謎の棒で顔全体をなぞられた。
おじさんがその棒を四角い箱に差し込む。『三一二九』と書かれた樹脂っぽい素材の札が発行され、手渡された。これが許可証なのだろう。
「これねぇ、生体情報を読み込ませる魔道具。三十日後から前五日までに十万ミースを必ず支払ってねぇ? 飛んだら絶対に捕まえる。違反者のうち四人に一人は死んでるから覚悟してねぇ?」
おじさんは口角を吊り上げて笑う。
目が怖すぎる。底の見えない闇が渦を巻いているかのようだ。
俺の横に立つ警備の男が、わざとらしく腰の剣を揺らし、カチャッと音を鳴らす。
効果は抜群。心臓が喉に詰まりそうなほどに跳ねた。
許可証をポケットにしまい、ペノンベンギルドを後にする。
街を回り、井戸でサロギに付着した土を洗い流してから、必要な物を買った。木製の食器、食用の油と塩、酸味のある柑橘系の果物を一つ。
最初に営業をかけるのは、大通りで露店を開く野菜売りのおばちゃんだ。自分の畑で育てた商品に自信を持っており、固定客もかなり多い。
美味しい野菜を知っているからこそ、オウガ村産のサロギを買ってくれるはず。俺はただ価値を示せばいい。
大通りを歩く。
久しぶりの営業。それに、勝手の違う世界。ワクワクしてきた。新入社員の頃を思い出す。
……いたいた、おばちゃんだ。頭の上でニンジン色の髪を団子にしている。
付き合いのない相手との交渉は最初が肝心。笑顔を作り、籠を下ろして話しかける。
「オウガ商事のマサルと申します。野菜を買っていただけませんか?」
「バカ言ってんじゃないよ。なんで野菜を売ってるあたしが野菜を買うのさ」
よしよし、これでいい。こちらの目的を伝え、その反応を見ることが重要だ。
おばちゃんの視線は、サロギに向いていた。「なんで」と疑問を持っていたし、追い返されないということは、話を聞いてくれる。
『そりゃそうだ。バカ言ってんじゃねえぞおっさん』
『八百屋はないだろ。せめて飯屋に持ってけよw』
『場所借りて叩き売りでもすりゃいいのに……』
『もしかして営業下手か?w』
『ったく、しゃーなしや。教えたるわ。この店の野菜、高くても四百ミースやし、サロギ一本八十ミースがええとこやで』
妖精さんたちがそう思うのも不思議ではない。
だが、これが俺のやり方だ。
営業ってのは、騙すのではなく騙されるべき。相手が得をしたと気持ちよくなれるよう仕向ければいい。
「お姉さん、お名前をお伺いしても?」
「あたしゃマーサ。そんな呼び方しても無駄だからね」
「マーサさんの野菜は美味しいと評判ですし、価格も適切……いや、むしろお安いですからね。一本四千ミースもするこのサロギがそう簡単に売れるとは思っていません」
「あんた、珍しい野菜ってのは分かるけどね、そんな値段じゃどこ行っても無理さ。あたしならせめて五百ミースで売るよ」
俺が野菜の売り方を教わる立場になった。上下関係がはっきりして、非常にいい状況だ。
現時点で勝率は七割くらいかな。売れるパターンに入っている。
『よ、四千ミースてお前www』
『ブラック企業勤めで頭おかしくなっちゃってるんだろうな……』
『誰が買うねんアホ!w』
『もしかして、お情けでワンチャン一本でも売れればとか考えてます? そんな甘くないんで営業って』
『まず、初動がダメ。相手に悪印象与えてるよ』
『営業名人様が湧いてきたなw』
まあ見ていてくれ。
マーサさんはいま、味が分からないのにもかかわらず、サロギが珍しいというだけで、この店に置いてある野菜よりも高い値段を付けた。
仮設定で四千ミースとしているが、想定最終価格はもっと上。お互いに幸せになれる取り引きといこうじゃないか。
俺は籠の中からサロギを一本抜き取り、マーサさんに手渡す。
「こちら、お近づきの印に差し上げます」
「ま、貰えるもんは貰っとくよ」
「そうそう、サロギの美味しい食べ方があるんです。マーサさんのご家族にもぜひ召し上がっていただきたい。あっという間に作れるので、ささっとやっちゃいますね!」
有無を言わさず料理を開始。一人暮らしは長いから、それなりの腕前だと自負している。
新たにサロギを取り出し、腰のナイフを抜く。ゴブリンの解体にも使用しているが、言わなければ問題ない。ちゃんと洗っているからな。
青い部分を落とし、木皿の上で斜めに薄切り。さらに短冊状にして、ボウルの中へ。
植物性の水筒から水を振りかけて辛味を抜く。この水も、まだ口をつけていないから大丈夫。
「これにドレッシングをかけるだけの簡単なサラダですが、素材の味を強く感じられます」
「こんがり焼いたベーコンとか木の実なんかを和えたいね」
「うわ、想像しただけでヨダレがでますよそれ! やっぱりプロは違うなぁ。鳥の肉と煮てスープにするなんてどうですか?」
「それなら、しっかり焼き色を付けて、仕上げに香辛料をちょっと加えたいところだね」
あえてアレンジしやすいシンプルな料理だと伝えることで、一歩進んだ先の姿を想像させる。
会話を伸ばして時間を稼いだ。辛味もほどよく抜けているはず。そろそろいいだろう。
ボウルからサロギを掬い、上から下に振って水分を地面に落とす。
木皿に乗せ、塩を少々。柑橘の絞り汁と油を加え、フォークでよく混ぜる。オレンジと柚木に似た香りがした。
よし、完成だ。
「どうぞ」
フォークを皿の上に置いたまま手渡す。
さあ、オウガ産の野菜に腰を抜かすがいい!




