39
「オゴウよ、この野菜に我の舌が歓喜している。畑へ案内せよ」
「いいけど、そっちの人手は足りてんだよ」
「貴様の浅はかな知恵で我を推し量るな。人間どもに売りつけるのだ」
「なんじゃそりゃ!」
あんな奴ら――とか、悪口から始まらなかったことから察するに、特別な感情は持っていないようだ。
リュックから手帳とボールペンを取り出し、『人間をどう思っているのか』と書く。口は駄目でも、指はまともに動くらしい。
俺の周囲にいるオウガに見せる。
頼む、読めてくれ。
「わたくしたちの脅威となるのは冒険者――狩りを担当する単独のオウガを狙い、徒党を組んで襲いかかってくる者たちです」
コキアが言う。
「あたしたちってこの森じゃ最強だから、基本的に他の種は相手にしないんすよね。挑まれたり、必要なら狩るっすけど」
これはリュヒ。
「大昔には、オウガと人間とで物々交換をしていたらしい。自分らを別の種族だと考えていたようだ」
最後にケラが教えてくれた。
伝わってよかった。
さあ二択だ。正体を見せるかどうか。
八割方勝てるだろうけど、ギャンブルに近い。
営業をするからには、信頼を得る必要がある。後々バレる可能性がある嘘なら、いま明かしておきたい。
俺は再び手帳に文字を書く。もし俺がこの場で人間に変身したらどうする? ……と。
「オウガになれる人間がいるなら逆に見たいくらいだぜ。変身できるもんならしてみろよ。マサルはもう村の一員だ。みんなで決めた。文句を言う奴は俺が黙らせる」
オゴウのお墨付きをもらった。
人を見る目には自信がある。それがモンスターに通用するかは分からないけどな。
最悪の場合は、すぐにオウガになって逃げればいい。
『おい、さすがにやめとけ!』
『オゴウは優しいね』
『相手はモンスターだぞ? 信じたら殺されるって』
『小心者のおっさんが変身するわけないやんw』
妖精さんたち、心配してくれてありがとう。
でも大丈夫。これが営業マンの誠実さだ。
俺は立ち上がり、笑顔を作る。
「――チェンジ!」
そして、人間の姿で会釈した。
「どうも、オウガ商事のマサルです。みなさんの生活を豊かにするため、精一杯頑張りますので今後ともよろしくお願いします」
普通に喋れるって素晴らしいな。
『うわ、やりやがった!』
『ええええええぇ!?』
『あれ、意外と?』
『なんなら俺らよりオウガの方が驚いてるしw』
オウガたちは座ったまま後退り、目を見開いて驚愕している。
みんなからすれば、ありえない事態だからな。拍手で迎えられたら、逆にこっちが腰を抜かす。
「では、オゴウさん。さっそく畑に連れていってもらえますか?」
「あ、ああ。……まあそっか、こんなこともあんのか。へえ、人間がオウガにねぇ? ふーん、マサルガオウガデニンゲンデ?」
恐らく現実を受け止められていないオゴウは、ぶつぶつと独り言を呟きながら家を出ていく。
「――チェンジ」
このエリアのモンスターに襲われたら、いまの俺だと殺されてしまう。
オゴウが使い物になるか分からないし、念のためオウガに変身しておく。
畑に向かっていると信じて後を追う。
村を出て、森の奥へと進んでいく。
歩くことしばし。
目の前に腐葉土を耕した畑が広がっている。この肥沃な土壌が高品質な野菜を作っているのだろう。
見張りのオウガが三人、農作業の担当が四人か。村の連中が食べていくには十分だが、大量に売れるほどでもない。
まずはこの野菜を足掛かりにしてオウガ商事の名を定着させ、畑を広げながら販路を拡大していく。
他の商品でも勝負する必要があるな。考えておかないと。
「オゴウよ、我に野菜を持て」
「うん」
……うん?
なんだかキャラが変わってしまったオゴウが、畑の近くに置いてあった大きな背負い籠の中に野菜を放り込んでいく。
できれば種類別に色々と欲しかったけど、いまの彼に何を言っても無駄だろう。
すぐに戻ってきて、籠を手渡された。
「ほい」
……ほい?
両手でやっと掴めるほど極太のネギみたいな野菜でギチギチだ。三十本くらいありそう。
腰のナイフを取り出し、青い部分を少し切り取って食べてみる。
辛みはあるが、甘い。見た目通りネギに似た香りがあり、どこかセロリのようなせり科特有の鮮烈さも混ざっている。
「この野菜の名は?」
「サロギ」
サロギか、これはいいぞ。
水にさらせば辛みが抜けるだろうし、サラダにしたっていい。
煮ても焼いてもまた別の美味しさになりそうだ。
「我は人間の街に行く。明日には戻るゆえ、期待して待っていろ。――チェンジ!」
シャドウバルチャーに変身して、大空へと羽ばたく。
「はぇ?」
オゴウは情けない声を出し、口を半開きにして俺を見上げている。
彼は壊れてしまったらしい。
『オウガ商事のお手並み拝見』
『商売するのに許可とか必要なのかね?』
『オゴウはどうしちまったんやw』
『一本いくらで売るんだろ。二百ミースでも高いか?』
『一万とかするネギあるらしいよw』
ここからが正念場。いくつかプランは考えてある。
大見得を切っておいて、全く売れなかったら恥ずかしい。
街の近くまで飛んでいき、衛兵に見つからない場所に着陸した。




