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子供たちが酒を運んでくれた。
ジョッキを持つと、澄んだ青空みたいな液体がさらりと揺れている。
ベリー系の香りの中から、酸味のある鋭い臭いが鼻を突く。ちょっと苦手かも。
「マサル、音頭を取れよ。主役はお前なんだから」
オゴウに乾杯の挨拶を任されてしまった。とりあえず立ち上がる。
村の一員になるんだし、軽い自己紹介から始めるべきだろう。
だが、この体でまともなことを言える自信がない。全員を敵に回し、ボコボコにされる未来が浮かぶ。
半ば諦めつつ、祈るように口を開く。
「我が名はマサル。今日よりこの村の王となった。貴様らの面倒を見てやる。せいぜい我を歓迎し、大いに楽しませるがよい。では、乾杯!」
自分が発した言葉に血の気が引く。
見回すと、みんなきょとんとしている。
俺の顔はいま、突き出したジョッキの中に注がれた酒より青くなっているだろう。
「がはは、態度のでけえ新入りだなおい!」
「よろしくねマサル!」
「我が強い野郎は嫌いじゃねえ」
「いいぞ王様ー!」
一瞬、気まずい沈黙が流れたが、すぐ笑い声に包まれた。
俺みたいな輪を乱すイカレ思考だろうと、それすら個性として許容してくれるらしい。安堵しながら座りなおす。
「ほら、飲もうぜ」
オゴウが俺の左肩を小突く。
差し出されたジョッキにこちらも合わせ、コツンと音を鳴らす。
小さく波紋を作った青い液体を口に含む。強い酒精と薄めた果実酢みたいな味がした。
これを大量に飲むのは難しい。みんなグビグビいっているのが信じられない。
どうしようか悩んでいると、俺の周りに女性が集まってきた。
「マサルは強いっすね! あたしの番にならないっすか?」
リュヒが正面に座った。
興味津々といった様子で、目を輝かせている。
俺が夫の候補に入るのか。もしオウガとしてこの世に生を受けていたら、二つ返事で了承していたところだ。
「どけ、オゴウ。マサル殿の隣は貰う。自分はケラ、リュヒには負けたことがない。女としての魅力なら自分の方が上だ」
オゴウが払い除けられて、無理矢理こじ開けたスペースにケラが入り込む。
凛とした顔つきで、長い黒髪を高い位置で纏めたポニーテール。
値踏みするように下から覗き込んでくる切れ長の瞳に戸惑う。
「まあ、はしたない。マサルさんがお困りじゃありませんか。わたくし、コキアと申します。二人きりでお話しできたら嬉しいのですが?」
妖精たちが、おっぱいの大きい子だと騒いでいたのがコキア。鮮やかなエメラルドグリーンの髪がふんわりと丸い。
タレ目がちな瞳で俺を真っ直ぐ見据え、ぐいぐいと物理的に距離を詰めてくる。
『マサル、分かってるよな? オウガ女子は俺らのだぞ?』
『キレっそー……もうこのおっさん殺してよくね?』
『ため息しか出ねえわ。俺のスキルで心臓破裂させてやろうかな』
『一生カナブンのことしか喋れなくしてやってもいい。そうすりゃ人として終わるだろ』
『うわぁ、胸当たってるしやんけ。羨ましすぎて吐きそうマジで』
オウガが好むのは、容姿でも性格でもなく強さなのだろう。眩しいほどの美女に言い寄られている。
人生の頂点とも表現できる状況だ。素直に嬉しい。昔、お客さんに奢ってもらったキャバクラを思い出す。
無視することになり大変心苦しいのだが、妖精さんたちが怖すぎて無闇に口を開けない。
とりあえず女性たちと杯を交わし、笑顔だけ浮かべておく。
しかし、命を狙われている緊張感から、歯はカチカチと音を鳴らして震え、ピクピクと頬が引き攣ってしまう。
俺の後ろに回ったオゴウに背を叩かれ、小声で耳打ちされる。
「ケラは俺の番だ。この村の女じゃ一番強えからよ。優秀な子孫を残したいってんなら、可愛がってくれや。三人とも番にしたっていいんだぜ、王様?」
脳を破壊されてもおかしくないシチュエーションを受け入れるなんて、思想からして人間とは違う。
番とは、結婚ではなく子孫を残すための協力関係なのかもしれない。
種の繁栄を考え、自分の妻が寝取られることすら許容するのだと思う。
できるか分からないけど、断っておかないとな。
「ふん、我にエロがるメスになど興味はない」
そうだよね、エロがられたら困っちゃうもんね。俺はずっと何を言っているのだろう。
口を乗っ取られるのが、これほど辛いとは思わなかった。
女性たちから次々に質問が飛んでくるけど、いまは答えられない。すまん。
仲良くしようものなら、心臓を押さえながら血を吐いて死ぬ。もしくは、カナブンの魅力についてこれでもかと語り始める。
恐ろしすぎるだろ……。
「はーい、お待たせー! 採れたて野菜とオークの煮込みだよー!」
女性のオウガが二人がかりで大鍋を運んできた。
とても食欲を唆られる香りだ。未知のスパイスが使われているのだろう。
木の器によそわれて、大きめのスプーンとともに俺の前に置かれた。
食に集中しよう。
まずはスープ。旨みが溶け出し、赤みを帯びた飴色をしている。一口含む。
……うわ、惜しい。
味はボルシチに似ている。鼻を抜ける香辛料の爽やかさは最高だし、旨味も十分。すっきりとした果物っぽい甘さが効いているけど、塩気がない。物足りなさが半端じゃない。
次に、中心に星形の穴が開いた白い野菜を食べてみる。
シャクッと心地よい歯触り。男爵芋みたいな大地の香り。優しい甘さがあり、天ぷらにしてみたい。
他の野菜も素晴らしい。どれもこれも美味すぎる。それに、街の大衆店でも高級レストランでも見たことがない。
素材だけなら一級品。ブランド付きの野菜として売れば、それなりの値が付くはず。
ふむふむと舌鼓を打ち、首を揺らしていると、また背中を叩かれた。
どうせオゴウが俺を誑かそうとしているのだ。いい加減にしてくれと思い、眉を顰めて振り向く。
……天使がいた。
人間なら五歳くらいだろうか。赤い髪がくりんとカールした小さな男の子が、微笑みを浮かべて話しかけてくる。
「ねえねえ、おいたん。家族になるんでしょ? おいたんはこの村で何するの? 僕のパパは狩りをしてるんだよ!」
なんだこの生き物は。可愛すぎて頬擦りしたい。
「こいつはミハ――俺の息子だ。可愛いだろ?」
オゴウは息子の両脇を抱えると、俺の胡座の上に置く。
ミハの頭をわしゃわしゃと撫で回しながら思考する。
オウガの群れは家族という認識らしい。その中で番を作り、子を成してみんなで育てるのだろう。
大人は何かしら仕事をして、村の役に立つ。お客様気分ではいられないというわけか。
「村のことを考えるなら、マサルの仕事は子作り一択だな。他にやりたいことがあんなら別だけどよ」
誰しも、小学生のときに自分の夢を発表する。
――では日比谷優くん、将来なりたい職業を教えてください。
――はい、種馬です!
そんな子供、親が泣く。
木の器に盛られた煮込みに視線を落とす。
俺がこの村に貢献できるとしたら、オウガにはない知識を使うこと。例えば食事だ。
味覚はそんなに変わらないはず。まともな酒を知ってほしいし、料理も改善したい。
『冒険者だし、マサルも狩りすりゃいいんじゃねえの?』
『よく考えたら、子作り見れるの激アツかもな』
『え、ここの村人になるわけじゃないですよね? 自分が人間だって忘れてます?』
『おっさん営業マンなんだろ? オウガ商事始めようぜ!w』
『うち、ホストクラブ開いてくれたら通っちゃうよ』
オウガは美男美女が揃っている。人々がモンスターに忌避感を抱かなければ、そういった店もありかもしれない。
寛容さだけで言えば、人間よりまともな気もするしな。
もう金を稼ぐ手段は確保した。この世界で営業するのも面白そうだ。色々と確認しなければ。




