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「新人さんよろしくっすー」
リュヒは溌剌とした美人。おでこの左上にある湾曲した一本角は、蛇の尻尾みたいに細い。体は健康的に引き締まり、銀糸を彷彿とさせる髪を右に流している。
肩のストレッチをしながら犬歯を覗かせて獰猛に笑い、俺を見た。コテンパンにしてやろうという気概が窺い知れる。
「小娘、我に挑んだことを後悔するがいい」
どうせもう逃げられない。無視するのも変だし、お手柔らかにって言いたかったけど、やはり挑発してしまう。
オゴウが俺の手を離し、リングの外に出て口を開く。
「両者、構えろ」
心の準備など全然できてないけど、力比べが始まろうとしている。
腰を落として相手の動きに対処できるようにしておく。
いちおう作戦は考えてある。
「はい見合ってー。始め!」
聞き覚えのあるスタート。
リュヒは前屈みになり、レスリングのように肘を曲げて両手を前に構え、左足を前にじりじり距離を詰めてくる。
前に出るフェイントをかけてみたら、彼女の体がビクッと反応した。運動音痴の俺なんかを警戒しているらしい。
今度は本当に一歩踏みだし、相手の顔の前で手を叩く。相撲奥義――ねこだまし!
同時に全身の筋肉を爆発させ、瞬時に裏回り。注意力を削がれたリュヒは反応できていない。
「あっ!」
驚きの声を上げる彼女の腰に組みつく。
腰を反らして持ち上げ、上体を捻りながら自分ごと地面に投げ落とした。
「勝者マサル!」
勝ち名乗りを受け、立ち上がる。
「あちゃー、負けたっす!」
へたり込むリュヒに手を差し出し、引き起こした。
『ねこだましの衝撃波で、リュヒのほっぺたブルブル震えてたぞw』
『公然と女の子に抱きつくとか……』
『見間違いであってほしいんだけど、リュヒちゃんの髪の匂い嗅いでたよな?』
『はい、おっさん。不同意わいせつ罪で逮捕でーす!』
『思い返してみれば、なんかイヤらしい触り方してた気がするw』
オウガにとっては遊びかもしれないが、こっちは命懸けだ。
妖精さんたちが言うド変態行為をする余裕などない。あらぬ疑いをかけられている。
「じゃ、次オレね。リュヒが審判で」
肩を落として去るリュヒと入れ替わったオゴウ。体格はあまり変わらないのに、向かい合うと雰囲気がある。
自分から後ろに下がって、つい負けちゃった作戦を使うしかなさそうだ。
「じゃ、いくっすよー? 見合ってー、始めっす!」
まずは右足を引く。準備は完了だ。
オゴウは両手を真っ直ぐ伸ばし、指先をにぎにぎと動かす。
「ほら、組めよマサル! ただ押すだけ、これぞ力比べってやつをやろうぜ!」
あ、ありがてぇ。これで殺される心配はなくなった。
お言葉に甘えて近づく。こちらも腕を伸ばし、指を絡ませ手四つ。
俺の力でどれだけ抗えるだろうか。がに股に大きく開き、深く腰を落とす。
オゴウの手を強く握り、体重を預ける。
それを合図と取ったのか、縦に避けた黄金の瞳がギラリと光った。
「ッシャアアアアアッ!」
オゴウの気合いが耳を劈く。
心臓が跳ねた。吹き飛ばされまいと全身が力む。
押し込まれる。勢いを殺しきれない。踵が柔らかい土をズズ……ズと削っていく。
反射的に抗ってしまった。だが、不思議と耐えている。なんならまだ余裕がある。
彼との差はどれほどあるのか。好奇心が騒ぐ。
「遊びはここまでだ!」
俺は医療に携わってきた男。姿勢によって発揮できる力が変わることを看護師さんから聞いていた。
骨盤を前傾させ、弱気から曲がっていた背中を伸ばす。肩甲骨を寄せて体を固め、爪先を地面に食い込ませて腰に重心を移す。
均衡が保たれた。いや、むしろ――
「なにぃ!?」
オゴウが驚愕している。勢いのまま勝ち切るつもりだったのだろう。
まさか攻勢が反転するとは俺も思わなかった。
膝を伸ばしきらないように、一歩、また一歩と押し返していく。
「フハハハハ! この程度か小僧!」
気合を入れてフルパワー。一気に決めにいく。
踏み込むたび、土が爆ぜる。
「クッソオオオオォ!」
オゴウも雄叫びと共に踏ん張っているが、もう止まらない。
そのまま彼の左足がリングを割る。
「そこまでっす! 勝者マサル!」
勝ってしまった。
この体はオウガの中でもそこそこ強いらしい。顔面偏差値を犠牲にして良個体を引いたのかもしれない。
『え、おっさんやるやん』
『オゴウって強いんですよね? なんでオウガになったばかりのマサルさんが勝てるんでしょう?』
『スキルだから?』
『実は営業が四股名だった説』
『もしかして、モンスターは吸えないんじゃね? 知らんけど』
『うわ、ありそう。お前天才か?』
俺は人間でオゴウはオウガ。力の差が種族の違いから生じているとしたら、人間だけが吸えるという考えは納得できる。日常的にオークを狩ってるっぽいからな。
まあ、まともに喋れないから確認する術がない。筆談ならいけるだろうか。
「うし、酒飲むぞ! ガキども準備手伝えよー!」
オゴウに肩を組まれ、村の中で一番大きな家に入る。
壁や天井に光る苔が張り付けてあり、ぼんやり明るい。
中はかなりの広さで、オウガが百匹集まっても大丈夫そうだ。集会所なのだろうか。
床一面にチョコミントカラーの毛皮が敷かれていた。冒険者ギルドの作業場で見た巨大な猪のものだろう。
促され、彼の隣で胡坐をかく。尻の下がごわごわして硬い。
子供たちもやってきた。前を歩く三人は大きなタルを抱えている。
蓋を開けると、柄杓係と木のグラス係に分かれて酒を注いでいく。一生懸命な様子が微笑ましい。
大人連中も入ってきた。そろそろ宴が始まるようだ。




