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財布がやけに軽くなった翌日。
朝からオーク狩りに向かう。
本日の爆弾投下一発目。
目下の獲物をぶん殴れるように、手のひらで風を受けて位置を微調整しながら落ちていく。
上空から襲われるなど微塵も考慮していないのだろう。奴は呑気にあくびをしている。
速度、角度ともにばっちり。このまま降下していけば……と、思っていたそのとき、桃色の影が木々の隙間を縫って現れた。
「ぬっ!」
俺の三千ミースに接敵したソレは、大剣を横薙ぎに振り抜く。
地面に着地すると同時、オークの首が刎ね飛ぶ。
ぐしゃりと倒れ伏す巨体。その裏から、男――いや、俺と同じ桜色の肌を持つオウガが話しかけてきた。
「なんだ見ない顔だな。はぐれか?」
「ふん、はぐれとは片腹痛い。一匹狼の何が悪いと言うのだ」
すごい、人間の言葉だ。
こいつはおそらく、集落かなんかで生活しているのだろう。というより、単独で暮らしているオウガのほうが珍しいのかもしれない。
それにしても、なんなんだ俺は。コミュ症なのか?
初対面の相手に喧嘩腰なんだが。
『あれれー? マサル君とは違いますねぇ?』
『モンスターごとにエリア分けされてるみたいな話だったのに、こんな場所でオウガに会うとか危険すぎん?』
『レイミーに教えてあげなきゃだ』
『こっちのオウガはイケメンやなw』
『おっさん、罰ゲームかなんか受けてんのか?w』
『人間らしい顔で同情を誘って狩られないようにしてるのかも』
乱入してきたオウガは、彫りが深く整った目鼻立ち。
角は二本あり、真っ赤な長髪をオールバックに流している。
三十六年付き合ってきた顔を罰ゲームとか言われているが、俺だってキャラクリには拘る派。好きにいじれるなら、最低でも半日はかけて微調整を繰り返す。
この顔にしかなれないのだから仕方ない。
「まあいいや。村に来るなら、その肉持って着いてこいよ」
彼は大剣を振って血を払うと、肉塊と化したオークを指差し、村に招待すると言っている。
モンスターの文化を知るいい機会だ。むしろ、この世界で俺にしか経験できない。
楽しみすぎる。ありがたい提案だ。
「我が名はマサル。案内せよ」
謎の上から目線。こういう奴はみんなから嫌われる。
自分に呆れながらため息を吐き、一トンはゆうに超えるであろう巨体を肩に担ぐ。かなりはみ出して、右手が真っ直ぐに伸びてしまう。
でも、そんなに重いとは感じなかった。柴犬でも抱っこしたのかなってくらい。
「へぇ、片手で持てんだ? オレはオゴウ。マサルなんて変な名前にしないで、マハルとかにすりゃよかったのに」
漢字で書くなら日比谷真春だろうか。マサルはオウガ的にセンスがないらしい。
さあ行くぞと手招きし、オゴウが歩きだす。
俺も地響きを立てながら後を追う。肩の上でオークが弾んでいる。
「走るぞ?」
「好きにしろ」
……速い。
とんでもない重りが枷となっているのは間違いないけど、全力じゃないと離されてしまう。
ときおり後ろを振り返ってくれるところを見るに、オゴウはまだ本気ではないのだろう。
ぶっきらぼうな態度の俺に気を遣ってくれるとは、なんて優しい奴だ。俺があいつならもう三回は殴ってる。
オウガの走る速度に比べたら、シャドウバルチャーの飛行速度なんて可愛いものだ。
筋肉が躍動し、その力を関節が滑らかに伝えていく。
たったいますれ違ったばかりの木が、振り向くともう遥か遠くに見える。
森がさらに暗くなると、空気が質量を持ったかのように重く、おどろおどろしいものに変わった。
ゴブリンの生息エリアからオークの縄張りへと入ったときのことを思い出す。
まず、草むらの中に黒が混じっている。それがカラスの羽に酷似しているから気味が悪い。
しかし、所々に生えた幹から葉まで全部が真っ白の木は美しい。樹上から垂れ下がるすぼんだ薄紫色の大きな花は淡い光を放ち、そこから地上に向けてキラキラした花粉みたいなものが落ちていく。
視界の中でプラスとマイナスの感情が働く光景だ。やけに幻想的で、禁断の地に足を踏み入れてしまったのではないかと怖くなる。
「ここがオレらの村だ」
さらに奥へと進んだところで足を止めた。
確かに村だ。丸太を組み合わせ、隙間を草や苔で埋めた家がいくつも建っている。
ここだけ丁寧に整地されており、あれだけ生い茂っていた木が一本もない。
「案内せよ」
近くに小さな泉もある。快適に暮らせるだろう。
防壁がないところだけ心配だが、この辺のモンスターには必要ないのかもしれない。
『ちょっと俺さ、目覚めちまったかもしれん』
『いや、言いたいことは分かるぞ?』
『モンスターとはいえ、さすがに可愛いすぎるんだよな。特にあのおっぱい大きい娘がたまらん』
『おっさん、どうして……』
『長槍を担いだ殿方、素敵ですわぁ』
『恋する令嬢もいます』
警備役の男たちは武器を持ち、巡回しながら目を光らせている。
焚火の周りで談笑する女性が二人。胸に毛皮を巻いている。モンスターなのに火を使うのか。温められた鍋から湯気が立ち昇っていた。
どこを見ても美男美女。本当に俺と同じ種類なのか疑わしい。
「おーい、新入りが来たぞー! 歓迎してやろうぜー!」
オゴウは大声で叫び、俺の手を引き村に入っていく。
オーク肉をご馳走してくれるのかもしれない。
「誰が行く?」
「あたしがやるっす!」
「では、リュヒの次は自分が」
「オゴウが連れてきたんだからあいつにやらせろよ。新入りに負けたら面白え」
「いやいや、オゴウさんが相手じゃ勝負になりませんよ」
オウガたちが盛り上がっている。
リュヒと呼ばれた女性が、村の中央に右足の踵を擦りつけながら線を引いていく。さらに、中央に三メートルほど離して立ち位置を二つ刻む。
ずいぶんと大きな四角形が完成した。
勝ち負けがある歓迎なんてあるんだね。
……嫌な予感がする。
「その肉、そこら辺に投げとけや」
言われた通り、首無しオークを地面に置く。
さて、何が始まるのやら。あらかた予想はついてるけどな。
オゴウに左手を掴まれていなければ、いますぐ帰りたい。
村の連中に「頑張れよ!」だの「新入りさんよろしくねー!」だのと声を掛けられ、ぺこぺこ頭を下げながらぶっきらぼうな挨拶を返し、自分の意志とは反対に前へ前へと進んでいく。
『あれ、リングだよな?』
『多分そうw』
『リュヒたんに怪我させんなよ!』
『おっさん死亡』
『リュヒちゃんまつ毛長い』
『え、子オウガおるやん。かわよ』
『ほんとだ! 天使みたい!』
まずはそのリングの中央に連れて来られた俺の心配をしてくれ。お前ら味方じゃないのかよ。
いつの間にやら、わらわらと集まった村中のオウガに囲まれている。五十匹以上はいるんじゃないか?
小さな子の姿もちらほら。モンスターにも幼少期があるらしい。物語の主人公みたいな造形美。アイドル事務所なら喉から手がでるほどの逸材だ。
「じゃあ一回戦はマサルとリュヒなー!」
「愚か者め。まず説明せよ」
「ん、力比べ知らねえの? 相手を線から外に出すか、投げ飛ばして地面に叩きつけりゃ勝ちだ。強さこそ正義――それがオレらだろ?」
なるほど、相撲と似たようなもんか。頭から落とされたら死ぬな。
拒否だ拒否。俺にはムリでーす。
「ご苦労。全員地中深くに沈めてやろう」
……あれ?
いまのは明らかにおかしい。口調が違うとか、ニュアンスが変えられてるとか、そんなもんじゃない。
オウガは肉体が強い代わりに、言葉にデバフが掛かっている。
レイミー君を口説いてみたり、悪口じみた発言をしたり。ようやく理解した。
時すでに遅しとはこのことだ。




