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獲物の方から近づいてくる。
その瞳は闘争心で満ちており、強者の自負が感じられた。
俺は右足に力を溜め、体を深く沈みこませて前傾姿勢をとる。
もうすぐ射程圏内。右肩を回し、舌舐めずりして待つ。
――瞬速!
強く踏み込むと地面が爆ぜる。風景などすっ飛ばし、大気すら弾く。
一瞬で空間を縮めてしまう。
高速の世界がオークを置き去りにしている。
「――ふんっ!」
着地した左足に体重を乗せ、腰を捻って勢いを加速させる。
突き出した右拳がタルみたいな腹にめり込む。腹筋を収縮させ、そこからさらに押し出す。
オークの腹は背中までへこみ、一トンを優に超えるであろう巨体が後方へ吹き飛ぶ。木にぶつかったところで勢い止まらず、二本、三本……と突き破っていく。
口から大量の血を吐きながら地面を転がり、やがてぐったりと倒れ込む。
俺の中に大量のエネルギーが吸い込まれていく。
遺伝子レベルでパンチの打ち方を知っているようだ、人なんて殴ったことないのに、体がスムーズに動いた。
「くだらん。所詮は豚か」
いやいや、俺めっちゃ驚いてるからね。
でも、毎回こんなに距離が離れちゃうのは面倒だな。
新しい武器が欲しくなってきた。
このパワーなら、バーンズさんみたいに大剣もありだろうか。
『圧倒的やんけ!』
『やっぱチートだったか』
『他のモンスターに比べてレベチすぎる』
『冒険者ってそのうち、これに勝てるようになるんでしょ? やばすぎん?』
オークの死体から素材を剥ぎ取る。
討伐証明の耳、そして胸の中にある魔石。分厚い脂肪のせいで少し大変だ。
これで三千ミースか。
「強者とは不便なものだ」
作戦を考えよう。
お金稼ぎのモチベもできたからな。効率的にどんどん倒していきたい。
ストレートがダメならアッパーカットはどうだろうか。
いや、どうせ飛ぶよな。衝撃を与えてもその場から動かない方法ねぇ……。
下から上がダメでも、逆ならいけるのでは?
そう、ゲンコツ。爆撃だよ!
「――チェンジ!」
手順その一、シャドウバルチャーで空から獲物を探します。
その二、オークの真上に移動します。
"――チェンジ"
その三、鬼と化した俺を投下します。
その四、オークにゲンコツすることで落下速度を殺し、頭蓋骨を粉砕して着地します。
以上、マサル投下戦法でした。
……重力を加算した威力は凄まじいな。
敵がどんな状態になっているのか、口に出すのも憚られる。
「他愛もない。次だ!」
もう一匹いようが問題ない。
まずはジャンプ。オークの頭を狙い、拳を縦にしてハンマーのように叩きつける。
その顔面は地中に沈み、全身をぴくぴく痙攣させながらこときれた。
「フハハハハ!」
なんか笑ってるんだが。
でもまあ、この戦法でいけそうだな。
討伐から剥ぎ取りまでがとても早い。
まさかオークも戦闘機を相手にするとは思ってもみなかっただろう。
爆弾は血飛沫こそ撒き散らすが、森を焼かないので環境に優しい。
飛んで降りて潰す。飛び跳ねて叩く。
オークは、ほとんどが単独だ。三匹以上で行動している群れは確認できていない。
最適化された狩りにより、夕暮れ前には計二十九匹を倒すことに成功した。
今日の稼ぎは十二万ミースくらいか?
週休二日制を取り入れたとしても、年収が四千万を超える。前職の約十倍って……。
「――チェンジ!」
シャドウバルチャーとなり、大空へと羽ばたく。
地平線に差し込み始めた茜色が美しい。
まだレイミー君は森にいるはず。新しいモンスターについて聞いておきたい。
なにせ、あのオークを子供扱いできるほど強いのだ。さらに格上にまで挑める可能性がある。
"おっ、戦ってんじゃん"
開けたところで、オークの周囲を素早く動き回りながら、嵐のような連撃を叩きつけている彼女を発見した。
上空から見守り、戦闘が終わったところでバッサバッサと翼を動かしながら降りていく。
羽音が聞こえたのか、レイミー君はとくに警戒する様子もなく俺を見上げている。どうせアイツだとでも思っているのだろう。
変な耐性が付きすぎて、本物のシャドウバルチャーに殺されるんじゃなかろうか。もっと危機感を持ってほしい。
……ということで、イタズラを仕掛けよう。
鬼形態で近づき、「レイミー君、油断しちゃダメだよ?」と声を掛ける。
題して――初心を忘れるなドッキリ。
"――チェンジ!"
ふふっ、まさか鬼になるとは思っていなかっただろう。姿だけじゃないぞ、俺は心を鬼にしているからな。
地を蹴り、一瞬で距離を詰める。その風圧で、青い髪が持ち上がった。
予想通り、レイミー君は目を見開いて驚いている。
桜色の手をぽんと肩に乗せて、人生の先輩として注意しておく。
「小娘、他の男に惚れるなよ?」
「え?」
待て待てえええい!
何言ってんのこいつ――ってか俺!
そうはならんだろおおおぉ!
「――チェンジ」
間髪入れずに人に戻る。
これではどっちのドッキリだか分からない。
「や、やあレイミー君。俺って何だろう?」
「……大丈夫ですか?」
レイミー君が困った顔をしている。
さっき変身したスキルレベル四のモンスターについて聞きたかったのに、パニックで頭がぐちゃぐちゃだ。
「うん、もちろん平気! 絶好調なくらいだよ。あはははは」
「まあ、僕も首輪を着けちゃいましたからね。責任を取らなきゃとは思ってました」
なんか会話が噛み合っていない気がする。
『レイミーたんの肌ピッチピチやな』
『この娘は目が素敵だよね。ぞくぞくする』
『嫌な予感がするぞ……』
『おい、早く鬼について聞け!』
ミスをするのはお互い様って言いたかったのかな。
飲みすぎなければ真面目でいい子なんだ。
「それでさぁ、さっき俺が変身したのって……?」
「ああ、オウガですね。だいたいモンスターの生息する場所って住み分けされていて、例えばこの森ならゴブリンのエリア、オークのエリアと決まっています。オウガはそのさらに奥で活動してまして、危険なモンスター同士で縄張り争いをしてるみたいですよ」
「じゃあ、シャドウバルチャーなんかはどうなるの? まだ見たことないけど」
「あれは山岳地帯のモンスターですからね」
レイミー君が頼もしすぎる。
そろそろ恩が逆転しているのではなかろうか。俺も何かお礼をしたほうがよさそうだ。
酒はまあ……あれだから、お高めのご飯でも奢ろうかしら。
「今日はもう終わり? 色々と教わってるし、好きなものご馳走するよ」
「おや、マサルさん。もしかして、かなり稼ぎました? 美味しいと噂の高級店があるんですよ。ふふ、財布を空っぽにしてあげましょう」
「悪い顔だなぁ。十万ミースは超えないでね?」
「さあどうですかね。僕は好きなものを好きなだけ食べます」
「じゃあレイミー君の財布も空になるね」
「なんで僕まで。絶対に嫌です! 男に二言はないって言葉知ってます?」
いまさら安い店には行けない流れだ。折れるしかない。
街に戻り、『レインノート』というレストランを訪れた。
他の店とは面構えが違う。
――自分、お高いんで。
レインノートさんは、その美しい造りで語っていた。
料理はどれも美味しくて、大満足ではあったのだが……金額に見合うかと言われたら首を傾げてしまう。
俺はこの日、十万ミースという大金を失った。




