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おっさんの朝は早い。
若いときはいくらでも寝ていられたが、最近は勝手に目が覚めてしまう。
無理にでも寝溜めしようものなら、腰や背中の筋肉が凝り固まって痛くなるからな。
防衛反応に近いのかもしれない。
……さて、現実を見るとしよう。
目の前には、すやすやと気持ちよさそうに眠るレイミー君の顔がある。
昨晩は、液体と呼ばれる猫ですら抜け出せないほど、二本の腕でガチガチにホールドされていた。
その力も緩み、ようやく抜け出せる。まずは布団の外へ。
"――チェンジ"
おっさんに戻ると、左腿の内側が痛い。
急に張り切ってストレッチをしたものだから、筋肉痛みたいになっている。
何事もほどほどから始めるべきだな。
『女性の腕の中でお目覚めとはいいご身分だな!』
『とりあえず謝罪してくれ』
『レイミーたその寝顔きゃわわ』
『俺さ、おっさんの同衾を一晩中見守ってたんだよ。悔しすぎて、食い縛った奥歯が欠けちまった』
『おっさんのこと一生許さないと思う』
窓を開けて、朝の爽やかな空気を取り込む。
日光を浴びることで体内時計が整い、セロトニンの分泌により多少のやる気が出る。これが疲れていても会社に行けるコツ。
洗濯物をたたみ、リュックにしまう。
軽く背伸びをして骨を鳴らせば準備完了だ。
さっそくゴブリン退治といきたいんだが、その前にレイミー君を起こさないと。
ここは俺の部屋だからな。
一泊延長するだけの金もないし、鍵を返却しなければ。
「おはよー! 俺もう仕事行くから起きてー!」
布団の上から揺さぶるも、彼女は顔をしかめてくぐもった声を出し、俺に背を向ける。体を丸めて深くまで潜ってしまう。
登校前の子供かよ。
お母さん、もう知りませんからね……と、ふざけて部屋から出ていきたいところだが、そうも言っていられない。
「おーい……」
両手のひらで彼女の右腕――レイミードラムにエイトビートを刻む。
しかし、全く反応がない。
この世界の人は、朝早くに起きたいときにどうしているのだろうか。
目覚まし時計みたいな魔道具があるのかな。ニワトリでも連れてきたら一発で解決しそうなんだが。
そうか、その手があった。
「――チェンジ!」
俺はシャドウバルチャーに変身し、その巨大な翼で突風を巻き起こす。
ほら、布団が吹っ飛んだ。本日も平常運転でやらせてもらってます。
レイミー君の髪が大暴れするほどバッサバッサと羽ばたいているのに、まだ起きないとは何事なのか。
"朝だよー!"
怪鳥の甲高い声が響く。
"起きてー!"
さらにもう一発。
「う、うわああああっ!」
さすがは冒険者。モンスターが現れては飛び起きるしかない。
床を転がり、膝立ちになって腰からショートソードを抜こうとする。
だが、そこに剣はなく、ハッとした表情を浮かべた。
まったく、困った寝坊助だな。
『このおっさんやりすぎだろw』
『レイミーちゃん焦りまくってて草』
『こいつほんま……』
『モンスターに起こされるとか心臓止まるっしょw』
『首の骨折って絞めてやればよかったのに』
『今晩はマサルの唐揚げよ』
"――チェンジ"
追加で吠えて、元に戻る。
レイミー君は俺を見て、ようやく事態を理解したようだ。
「えっ、えっ? なんでマサルさんがここに?」
「おはよう! なんでもなにも、ここ俺の部屋だからね。もう行くからさ、昼くらいにまた合流しようよ」
「えっとえっと、昨日は酒を飲んで……それから……」
あれだけ大暴れしていたからな。
やはり途中から記憶をなくしていたらしい。
安心してくれ、黒歴史は俺の中に封印しておく。
「じゃあ、鍵返しちゃうから。後はよろしくね」
「ま、まさか! マサルさん、もしかして!」
レイミー君は立ち上がり、両手を胸の前でクロスさせる。
目つきはキッと鋭く、顔も赤い。
……これ、変な勘違いされてないか?
「いやいや、ちょっと待ってよ。レイミー君が勝手に来て、俺の布団を奪って寝ちゃっただけだから」
「なんで僕がそんなことをするんですか!」
「逆にこっちが聞きたいわ!」
誓約書まで書いて同意してもらい、そういった行為をしたとしよう。その同意は不可思議な力でなかったことにされ、なぜか逮捕される。そんな理不尽な世界で俺は生きてきた。
酔い潰れた相手を無理矢理……なんて発想には至らない。童貞紳士をナメてもらっちゃ困る。
何もかもに怯える小心者だぞこっちは。
「そうだ、これを見れば納得するんじゃないか? レイミー君が俺に首輪をつけたんだよ。――チェンジ」
フォレスティアンになり、前足で首元をちょんと叩く。
どうだ、自分が選んだ赤色だぞ。
「こ、これを僕が? そんな……」
やっと理解してくれた。
レイミー君は膝から崩れ落ちてしまう。
闇の力に目覚め、無意識に街を滅ぼしてしまったかのような表情を張り付けている。
"――チェンジ"
一人の大人として、彼女の肩をぽんと叩く。
「マ、マサルさん……」
「うん!」
大丈夫、君はただ猫を愛でただけさ。またすぐに正しき道へ進めるよ。
暖かい視線を送り、大きく頷いておく。
こうして平和は守られたのでした。
「頭が痛いです……」
「うん!」
そうだよね、二日酔いだもんね。
レイミー君を放置して部屋から出る。
ようやく自由の身だ。
『この僕っ娘に酒飲ませちゃダメだな』
『お酒でテンション上がる子可愛いけどね』
『俺らがあのパンチ食らったら死ぬぞ』
『てかさ、キスされてたの羨ましすぎるわマジで』
『まあ猫やったし大目に見てやろうやw』
『次の多数決で過半数超えたら死刑でいいか』
まだ朝も早いのに、大通りには露店がちらほら。
知らないところで謎の裁判が行われていたことに肝を冷やしつつ、パン屋でサンドイッチを買っておく。葉物野菜に薄切りのソーセージ、チーズまで入ったご機嫌な一品である。
こうなると、何か飲料も携帯したい。
冒険者用の小物を扱う出店があった。
水筒となるのは、筒状の干からびた植物、もしくはレイミー君と同じ革袋型だな。どちらも衛生面から忌避感はあるが、憧れがあったのは革袋のほうだ。
しかし、ちょっと高い。
そのうち買い替えればいいと思い、植物の方にしておく。
井戸で水を汲んで、いざ出発。




