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廊下から溢れる明かりを頼りに、魔道具の引き出しを閉める。それでも部屋は薄暗い。
真ん中には薄っぺらい布団。天井から長い棒がぶら下がっている。洗濯物でも干すのだろうか。
ハンガーなんてないからな、リュックの中からほとんど乾いたスラックスなんかを雑に掛けておく。
「さて、この世界のシャワーはどんな感じかな」
一階に下りて、受付の横にあるシャワー室に入る。
中は狭く、まず脱衣所があった。
壁から突き出した板の上に、カゴが置いてある。
服を脱いで放り込む。
『モザイクヨシ!』
『何が悲しくておっさんの裸なんて見なきゃいけないんだよ……』
『本日二度目のお色気シーン』
『逆ゴブハラやんけ!』
あれ、そういえばさっきも……。
俺の想像する妖精とは違いすぎるし、なんかおかしいんだよなぁ。
俺が作ったゴブハラって造語を使いこなしてるのが変。まあ、この世界にもセクハラって言葉が存在してたら、一応は成立するんだけど。
知識の偏りも気になってる。
「妖精さんにはモザイクをかける能力があるの? てか、ほんとに妖精?」
『当たり前だろボケ! 素っ裸で真面目な顔して変な疑問持つな! 玉握り潰すぞタココラ!』
『俺らのこと詮索するとか、てめぇ死にてえのか?』
『こっちは六千匹超えてんだ。お前なんかいつでも殺せんだぞ!』
『言葉強くて草』
『マサルは心が汚いね。だから俺たちの姿が見えないんだわ……』
え、怖っ!
こいつら、俺のことをなんだかんだと聞いてくるくせに、こっちが質問したら殺されんの?
理不尽すぎるだろ。会話にならない。
もう一つ扉を開けると、そこはタイルに覆われた部屋。
床には排水溝があり、天井には無数の小さな穴が開いた円形の金属板が取り付けられている。
これもまた魔道具なのだろう。
「なるほど、このタイプか」
壁のスイッチを押せば、冷たい水が落ちてくる。びくりと心臓が跳ねた。
だんだん温度が上がってきて、最終的には少し熱いくらいだ。
シャワーヘッドを操作できないストレスはあるが、贅沢を言うつもりはない。
全身をくまなく洗い、綺麗さっぱりリフレッシュ。ほどよく火照って気持ちがいい。
服を着替えて部屋に戻り、ゴブリンとの戦闘を思い返しながらストレッチを始めた。まずは股関節から伸ばす。
歳を取るほどに、体はどんどん硬くなっていく。
レイミー君は関節の可動域が広いのか、敵の攻撃を柔軟な動きで躱していた。それに、技の一つ一つが滑らかに繋がっていた。
体操選手やバレリーナは、ストレッチに一時間以上かけるという。体が柔らかいと、激しい動きによる怪我も防げる。冒険者として働くなら、やって損はない。
下半身の柔軟を終え、上半身に移る。
右肩を床に押し付けていると、誰かが部屋をノックした。
「……ん?」
とくに大きな音を立てた覚えはない。
立ち上がり、扉を開く。
「はい、どちらさんで――」
「どうもぉ」
その隙間から、するりとレイミー君が入ってきた。
用事があるとか言ってたはずなのに、なぜここにいるのだろうか。呆然と後姿を目で追う。
髪が濡れているし、着替えてもいる。シャワーを浴びて、後は寝るだけといった様子。
訳が分からない。
「ほら、早くフォレスティアンになってくださいよー」
そのまま寝っ転がり、バシンバシンと布団を叩く。
下に響くからやめて欲しい。
まだ酔っ払っているようだ。
「え? 俺もうすぐ寝るけど……」
「だからなんですか?」
だから寝るんだってば。話が通じない。
レイミー君が早く来いとばかりに、また寝床を手のひらでバシバシ打つ。
苦情を入れられて追い出されたら嫌だしなぁ。俺が折れるしかないか。
「――チェンジ」
お望み通りフォレスティアンになってやった。
この姿になればよく分かる。彼女は俺と同じ石鹸を使っている。
「ほら、猫ちゃん早くぅ!」
レイミー君のテンションは爆上がり。目を輝かせて俺を呼ぶ。
怖いお兄さんが乗り込んでくる前に、早く騒音を止めなければ。
使命感に動かされ、布団の上に寝転ぶ。
「これ買ってきたんですよ! えいっ!」
何を――と、思ったときには遅かった。
俺の首が少し絞まる。
「か、可愛いすぎる! 赤にして良かったぁ!」
首輪をつけられたようだ。
そうか、用事とはこれのことか。わざわざ俺のために買いに行ってくれた……と。
何してくれとんじゃ!
『よかったやん。似合ってるぞ!w』
『鈴が付いてたら終わってたな』
『レイミーちゃんどんだけ猫好きなんだよw』
『ペットにされるおっさんって、どこに需要あんの?』
『僕も飼われたい』
窮屈だし、保護色の邪魔になる。良いことなんて一つもない。
「名前も付けちゃいましょうかねぇ。ラビ、エメ……うーん。そっか、マサルだ!」
そう、おいらはマサル……って、そうはならんでしょ。どうやったら本名で着地するんだよ。
首輪もそうだけど、ちょっとやばい考え方の子かもしれない。怖くなってきた。
「ほわぁ、ふわふわしてるねぇ」
首筋を撫でられる。
首輪の下を爪で掻かれると気持ちがいい。
違和感によるストレスが解放される気分だ。
「んー! 猫ちゃん、猫ちゃん!」
続いて抱き寄せられる。
レイミー君は俺の背中に顔を埋めた。
首を左右に振って顔全体で俺の毛皮を満喫し、クンカクンカと鼻を動かしている。
いわゆる猫吸いってやつだな。
激しい息遣いで背中はうっすらと湿り、熱くなってきた。
「今日は一緒にパーティを組めて楽しかったよ!」
彼女は体を起こして胡座をかく。前屈みになり、俺の両脇を抱えて持ち上げた。
向かい合う形で、じっと見つめられて恥ずかしい。
「このちっちゃなお鼻がゴブリンを見つけてくれたのかな? マサルは偉いねぇ、チュッ」
……え?
いや……え?
な、なんかキスされたんだけど。
『マサルてんめえええええええぇ!』
『……は?』
『おっさん、一生のお願いだ。俺と代わってくれ!』
『嘘だよな? レイミーちゃん、おっさんなんかにキスしないよな?』
『夜道に気を付けろよマサル』
『ムカつきすぎて壁殴っちまった』
待て待て落ち着け。
中身はおっさんだが、いまは猫だ。
そうだよ、俺だって実家の犬にキスくらいする。
変な勘違いを起こすなよマサル。
「それとも、お耳がお利口さんなのかな? ここにもチュッチュッ」
ぴんと尖った俺の耳に唇が触れる。
……これ、本当に大丈夫なのか。
なんだか悪いことをしている気がしてきた。
レイミー君は酒で頭がバグっているだけ。明日になれば正気を取り戻す。
もし記憶が残っていたら、最悪な一日の始まりだ。
すでに手遅れかもしれないが、多少はマシだろう。そろそろ人間に――
「一緒に寝ましょうねマサル」
――戻れなくなった。
ヌイグルミみたいに胸に抱かれたまま仲良く布団にダイブ。
じたばたしても離してもらえない。
いまスライムになると、貧弱すぎて圧死する可能性がある。核が押し出されるからな。
かといって、この添い寝状態でおっさんになれば、いよいよレイミー君の脳が破壊されてしまう。
"はぁ、手詰まりだな"
ミ、ミスった。
ニャオンと鳴いてしまった。
「やっぱりマサルも僕と寝たいんだね! もう、好き好きぃ!」
違う、そうじゃないんだよ。
……終わった。
もうレイミー君のロックは外れない。
顔を擦り付けられながら眠るしかなかった。




