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「ここ空いてますよ」
「ラッキー」
やって来たのはリコの酒場。相変わらず大盛況だ。
ぎゅうぎゅう詰めのカウンターに座れた。
俺が一番端っこで、レイミー君がその左。
「リコさん、料理を適当に。あとビールを!」
「俺はあの安い酒で」
適当に……ね。
なにそれ、カッコイイんだけど。
バーンズさんも同じように注文してたし、この注文の仕方が基本だったりするのかな。
今度俺もやってみよう。
『おっさんが大人気になった店やん』
『繁盛してるねぇ』
『レイミーちゃん、酔っ払って暴れたりしてw』
『胸ぐら掴まれて往復ビンタされるおっさんが見れるかもな!』
『頭突き希望!』
厨房は大忙し。逞しい腕のコックが四人、額に汗を滲ませながら鍋を振っている。
あのコンロみたいなやつが魔道具なのだろう。火が出ていないのに大した熱量だ。油がぐつぐつ煮えたぎっている。
「あいよ、オークのフライね」
酒と料理が届いた。
この分厚いとんかつがオークのなれの果てか。香ばしくも甘い。鼻腔をくすぐるいい香り。
細かく挽かれた岩塩らしきものが添えてある。高級店の食べ方だな。
「お疲れさまでした!」
「乾杯!」
俺だけ日本流でグラスを弾く。木製ならではのコンと軽い音がした。
コイルナの酒を一気に飲み干す。
……くぅ、疲れた体に沁みるねぇ。
レイミー君もごくごくと喉を鳴らしている。なかなか飲みっぷりがいい。
すぐにお代わりだ。
「それ好きなんですか?」
「スライム時代にコイルナの葉っぱを食べたらハマっちゃってさ。苦手なの?」
「ふふっ、なんですかその時代。マサルさんてやっぱり変ですね。そのお酒、一度試してはみたものの、癖が強くて僕には合いませんでした」
「スライムの体であの味を体感したら、きっとレイミー君も好きになるよ」
「じゃあ一生無理ですね」
僕っ娘もかなり変わってるけどな……とは、口が裂けても言えなかった。
さて、二杯目が到着。そろそろやっちゃいますか。
オークのフライを一切れ摘まむ。
塩をちょいと付けて食べてみれば、あら大変。なんじゃこりゃ、美味すぎる。
見た目は豚なのに脂はくどくない。それが肉汁と混ざったらどうなるか。答えは簡単、舌の上で旨味が大爆発を引き起こす。
思わず「おほぉ」と声が出る。これは酒が止まらない。
料理は全部で三品。羊羹みたいな食感の豆を塩茹でにしたもの、内臓入りの肉野菜炒めが加わった。
お通しに枝豆が出てくる文化で育った俺からすると、順番が合っているのか疑問ではある。
しかし、どれもこれもが絶品だ。
飲んで食ってを繰り返し、五杯目に差し掛かったところで異変が起きた。
「――ある日、肉屋で買い物をしたところ、会計がやけに高い。おかしいと思って確認したら、店員が会計を間違えていたんだ。でも、謝罪一つなかった。こういう人っているよなと内心諦め、ふと名前を覚えてやろうと名札を見たら……『スマン』と書いてあった。彼は最初から謝罪していたんだ」
「ひゃはははは! なんですかそのくだらない話!」
エピソードトークを披露したら、レイミー君が俺の背中をバシバシ叩く。
これが半端じゃなく痛い。タガが外れて力加減ができなくなっているのだろう。
『あ、あれ? 僕のレイミーちゃんがおかしい』
『こんな上司嫌かも……』
『おっさんの首、ガクンガクン揺れてるし』
『十二発もぶっ叩かれてたぞw』
『なんか目もギラついてるし怖いわ』
さすがに妖精さんも気付いたか。
実のところ、酒を飲むほどにその片鱗が見え隠れしていた。
最初は肩を軽く小突かれたとき。
……ん、どうした?
とは思った。
明確におかしいと感じたのは、笑い声が高く下品なものに変わった瞬間。いつもの彼女なら、少し丸めた手で口元を隠し、上品にくすりと笑う。
他の客には絡まないし、ご機嫌みたいだから悪い酔い方ではないんだが、この先どんなモードが待っているか分からない。
レイミー君最終形態――おっさんは無差別に殺す……とか?
怖いもの見たさで最後まで付き合ってもいいけど、お開きにするならいまだな。
「そろそろ帰る?」
「なーに言ってんですかマサルさーん!」
左肩にパンチがめり込む。
「――痛たぁっ!」
洒落にならない威力だ。関節が外れるかと思った。
俺は何か間違ったことを言っただろうか。
赤子なら死んでるぞ。
「またまたぁ、冒険者は痛みなんて感じませんから」
「でもレイミー君、ゴブリンに噛まれて叫んでたけどね」
「え? あ、いや、えーっと……あれはほら、気持ち悪いから嫌だったんですよ!」
冒険者になった途端に痛覚を失うとか怖すぎるだろ。
どんな嘘だよ。誤魔化せてないし。
「じゃあ、これも痛くないの?」
レイミー君のほっぺたを左手でつねる。
男女平等、やられたらやり返す。
「ぜーんぜん? ほら、マサルさんも大丈夫でしょう?」
向こうも負けじと両手でつねり返してくる。
『何してんのこいつら?』
『ガキの喧嘩が始まったぞw』
『吸えば強くなるから男女の差とか関係ねえしな。レイミーの握力、百キロ超えてそうw』
『おっさんの顔伸びすぎw』
俺は軽めにやったつもりだったけど、レイミー君はおそらく本気と書いてマジ。グギギと歯を食いしばりながら、これでもかと指先に力を加えて引っ張ってくる。
まさか千切れたりしないよな?
万力に挟まれてるみたい。
あっ、やばいわこれ。取れる。
「――ふぇんひ!」
フォレスティアンになって緊急脱出。覚えたばかりの回避方法だ。
「あっ、猫ちゃん!」
にぎにぎと動くレイミー君の手が迫る。
"――チェンジ"
人間に戻ると、ほっぺがひりひりする。
「ふふん。まだまだですね、マサルさん。僕の勝ちです」
「そうだな、見事なカウンターだった」
鼻を鳴らして勝ち誇る彼女の満足そうな表情を見て、軽口を叩く。
俺から始めたイタズラだけど、一気に酒が抜けて冷静になり、恥ずかしくなってきた。
「ねぇ、会計しない?」
「……そ、そうですね」
同じ気持ちになったのか、レイミー君も顔を赤くしながら金を払っていた。
店を後にする。
「ありがとね、ご馳走様。レイミー君の二つ隣の部屋が取れたから、帰り道一緒なんだよね」
「あー……僕はちょっと大事な用がありますので」
夜道は危険だよなんて、俺より強い彼女に言うのは野暮だろう。
何かを思い出したかのように、いそいそとどこかへ向かうレイミー君の背中を見送る。
夜風の冷たさで頬の熱を感じながら宿に戻った。




