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……きた。
スキルレベルが上がったあの感覚だ。びっくりして目を覚ます。
まだ部屋は薄暗い。
"――チェンジ"
俺は人の姿に戻り、窓を開ける。
星が瞬きを止めた紺色の空。その先で、暁の暖かい光がグラデーションを作り始めていた。
胸一杯に息を吸い込む。
少し冷たい澄んだ空気が、脳に気合を入れてくれた。
さあ、今日を始めるとしよう。
「おーい、朝だよー!」
いますぐ進化したスキルを試したい。
レイミー君を揺さぶり起こす。
『こいつ、スキルにクズ男が追加されてね?w』
『小学生の夏休みじゃないんだから……』
『レイミー君が不憫で仕方ない』
『マサルが友達じゃなくてよかった』
新しいモンスターになって、寝起きドッキリを仕掛けてやろうかとも考えたが、何に変身するか分からない。
冒険者ギルドの作業場で解体されていた巨大なイノシシにでもなろうものなら、こんなボロ宿なんて簡単に破壊してしまいそうだ。
「……んーっ!」
おっ、反応したぞ。
布団の中で大きく伸びをしている。
目を擦り始めたからもう一押しだ。
「早く起きてー!」
「おはようございます、マサルさん……って、まだ暗いじゃないですか……」
会話ができるならこっちのもの。強引に布団を剥ぎ取り、片手を掴んでぐったりした彼を引き起こす。
「あぁ、ぼーっとする。僕、朝に弱いんですよ。もう少し寝ますからね?」
「いや、それは無理だ。大変な事になった。いますぐ俺と一緒に来て欲しい」
「ちょっと、いい加減にしてくださいよ。昨日からなんなんですか。嫌です、絶対行きません。おやすみなさい」
「へぇ、そういう態度を取るんだ? じゃあいいよ、俺にも考えがある」
俺は公園に行きたい。
そして、レベル三のモンスターが何か、どんな特徴があるのかを、レイミー君に教わるのだ。
汚い大人だと蔑まれても構わない。
奥の手を使わせてもらおう。
「昨晩、リコの酒場で飲み食いしてね。俺にも冒険者の知り合いが何人かできたんだ」
「……それがどうしたんですか?」
実際には知り合いってほどではなく、顔見知りだけどな。
しかし、冒険者は横の繋がりが大事。これは、レイミー君本人から聞いた話だ。
その証拠に、彼の細い眉毛がぴくりと動く。
「そいつらに、レイミー君がおっさんのケツを叩いて喜ぶ変態だと言いふらす」
「い、いやいや、そうはならないでしょ。僕はフォレスティアンを撫でただけで……」
「現実を見よう? そのフォレスティアンは、三十六歳の小汚いおっさん。つまり、俺ね? てことは、レイミー君は幸せそうな顔で、リズミカルに俺のケツを叩いてたってわけ」
「うわぁ……そう言われると、自分のことが嫌いになってくるんですけど。分かりました、行きますよ! 行けばいいんでしょ!」
よし、作戦成功だ。
もし俺が女の子なら、いまの脅しは通らない。おっさんのデメリットを最大限に利用してやった。
『狡賢すぎんだろw』
『営業ってみんなこんな感じなの?』
『こんな奴、客からクレーム来て大問題やわ』
『詐欺師に近いw』
『おっさんのケツ叩いてたとか黒歴史すぎる……』
失敬な。仕事は真面目にやってたぞ。
総合病院にSPDという物品管理システムを導入して中抜きを貰ったり、仲が良かった先生が独立するときにクリニック内の商品を全部任されたり。結構頑張ってはいた。
それでもノルマは達成できたことは一度もなかったけど。
「ほら、準備して。公園に行くよ!」
「もうなんでもいいです。着替えるんで、外で待っててください」
「なんでよ、ささっと着替えたらいいじゃん」
「……僕、女ですよ?」
部屋から音が消えた。
気まずい沈黙が流れている。
ま、まあ、いったん外に出よう。
ちょっと難しいことを言われた気がするし、内容を噛み砕くのに時間が必要だ。
廊下で腕を組み、ぶつぶつと呟きながら脳みそをフル回転させる。
「えっと、僕は女です……だったか。これは数学の問題だな。僕の部分には、レイミー君が代入できる。女とは、その意味のまま捉えるなら女性ということだろう。つまり、レイミー君イコール女性の式が成り立つ。……よって俺は、女性の部屋に無理矢理侵入し、そのまま一夜を共にした性犯罪者ってわけだ」
この世紀の大発見を公表すれば、豚箱にぶち込まれること間違いなし。
『名推理ありがとー!w』
『レイミーたそ、僕っ娘だった』
『そこのおっさん、逮捕する!』
『ほら、やっぱり女の子だったじゃん! 僕に目覚めたとか言ってたやつら、息してますかぁ?w』
『パンジィちゃんは君らに譲るよ』
女性だと言われたら確かにそう見えるよなぁ。冒険者ギルドで男しか見ていなかったので、頭から抜け落ちていた。
美人とイケメンて紙一重なんだよ。整った顔で生まれてきたレイミー君が悪い。
「お待たせしました」
部屋のドアが開く。準備が終わったようだ。
はぁ、気まずい。
「あっ、レイミー君! いやぁ、なんかすまないねぇ」
「何がですか?」
「ううん、なんでもないよ?」
自分の心を軽くするために謝っておく。
彼女は特に気にしていない様子。
テレビやネットがない世界でよかった。晒し上げられたら社会的に死ぬ。
「レイミー君てちなみに何歳?」
「もうすぐ二十になります」
「そうなんだ。俺は今年で三六歳!」
「もう少し上かと思ってました」
くたびれた中年男は老けて見えるからな。
小綺麗にすれば三歳くらいは若返る。アラフォーおっさんは変幻自在なのだ。
レイミー君は大人だったか。危ない危ない。
もし未成年なら刑が加算されるところだった。




