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 宿を後にした俺たちは、公園にやってきた。

 初めてスライムに変身した、あの池のほとりである。


「スキルのレベルが上がってさ、レイミー君に見てもらいたかったんだよね! ――チェンジ!」


 さて、俺は何者になれたのだろうか。

 目線は人間のときとそれほど変わらない。

 これまでで一番大きなモンスターだ。


「これは……シャドウバルチャーじゃないですか!」


 レイミー君が目を見開いて驚いている。

 珍しいモンスターなのかもしれない。

 よちよちと歩き、水面に自分の姿を映してみた。

 ……鳥がいる。


『でっかいハゲワシって感じのモンスターだね』

『おっ、かっこいいな!』

『強そう!』

『これならゴブリンいけるやろ!』


 シャドウとついたその名の通り、全身真っ黒。その中で、瞳だけがルビーのように赤い。

 首が長く、頭の付け根あたりにふさふさした毛が生えている。頭のてっぺんだけ体毛が薄く、未来の俺の姿を見ているようだ。

 翼を広げてみると、自分のでかさにびびる。


「高い飛行能力を持ち、風魔法を使ってくる厄介なモンスターですね。鋭い爪に肩を掴まれて、空から地面に落とされた冒険者もいるみたいです」


 そう言われて、足を見てみた。前に三本、後ろに一本の指がある。

 そこから生えた鈎爪(かぎづめ)は、フォレスティアンのそれより長くて太い。

 閉じて開いてと動かせば、後ろの指が人間でいう親指なのだと分かる。

 足なのに、小指がない手って感覚だ。


『魔法キター!』

『マサルの好きなエアカッター使えるやんw』

『詠唱いけるか?w』

『また命じようぜw』


 ついに念願の魔法が使えるのか。

 確かに、心臓(ハツ)と肝臓(レバー)の近くに、不思議なエネルギーが貯蔵されている器官がある。

 この体にとってはそれが当然すぎて、気付くのに遅れてしまった。

 一部の人間にもこの器官が備わっているのかもしれない。


"――チェンジ(ケエエェ)!"


 自分が発した雉(きじ)のような甲高い鳴き声に驚きつつ、いったん人間の姿に戻る。

 朝早くから付き合ってくれた彼女にお礼を伝えたい。


「レイミー君、ありがとう! やはり持つべきものは友達だね!」

「いや、友達じゃないんですけど。お役に立てたならよかったです」

「じゃあまたね! さっそく森に行ってみるよ!」

「……は、はぁ」


 先輩冒険者でもあるレイミー君とは今後も仲良くしたい。しかし、見えないシャッターを下ろされてしまった。

 身勝手なおっさんに振り回されているのだから当然だろう。呆れた顔をしている。

 マジでごめん。こっちも生活が懸かっているのだ。


「――チェンジ!」


 シャドウバルチャーになった俺は、両足で地面を蹴りジャンプする。

 そのまま巨大な翼で羽ばたくと、まるで空に吸い込まれていくようだ。一気に体が持ち上がり、たった一回で街の外壁を越えた。

 鳥の体にはダニや病原菌が住みつき、飛び立った後の空気はとても汚いらしい。そんな不潔な風を受けて髪をなびかせるレイミー君には、申し訳ないことをした。


 翼を動かすのは、肩甲骨を伸ばして縮める感覚に近い。発達した胸の筋肉でサポートすることで、爆発的な力を生み出している。

 体は軽く、大気を下に押しだすほどに高く舞い上がっていく。

 あっという間に街が小さくなってしまった。

 そして、目がいい。

 上空八百メートルは越えているのに、俺を見上げているレイミー君の表情まではっきり見える。


『すげえ、飛んでる!』

『いや、俺らも妖精なんだから飛べるだろ。何に興奮しとんねん』

『羽ないやつおる?』


 今日は雲一つない快晴。

 ようやく顔を出したお日様が世界を照らしている。

 絶好の飛行日和だ。


"レッツゴー(クアアッ)!"


 翼で弾みをつけ、滑空しながら速度を増す。

 広げた羽が風を掴み、揚力(ようりょく)を発生させている。

 これで飛行が安定するらしい。


"ヒャッホー!"


 それにしても凄まじいスピードだ。鳴き声を後方に置き去りにしている。

 ジェットコースターなんて目じゃない。

 一瞬で森まで来てしまった。


『はっやwww』

『怖くねえのマサル?』

『酔いそう』


 この体にとって空を飛ぶことは、人の身で地を走るのとなんら変わらない。その感覚があるからこそ平気なだけで、人間の脳みそなら恐怖で気絶しているだろう。

 翼でブレーキをかけつつ、推進力を上方向に変える。

 速度が重力と相殺されたところで、ホバリングしながらゆっくり降下していく。

 そして、背の高い広葉樹の枝に留まった。


 俺は興奮している。

 空を飛べたのもあるが、それ以上に好奇心を掻き立てるものがある。

 ファンタジーの世界でしか起こりえない、想像を具現化する未知なる力。

 もし俺に魔法が使えたら……寝る前にベッドの中で試行錯誤した回数は、ゆうに千を超えている。


 この体で使える属性は風のみ。

 謎の臓器に貯蔵されているものを魔力と仮定しよう。

 ゴブリンを倒すことに目的を絞れば、殺傷能力があり、魔力消費の少ないコスパがいい魔法が好ましい。

 ……ふむ。だとすると、やはり刃の形状か。

 鋭利に研ぎ澄ました三日月型、もしくは貫通力のあるレイピア型の二択だな。とりあえず前者にしてみよう。

 魔法の名前もいくつか候補があるけど、和のテイストを取り入れたものに決めた。

 脳裏に浮かぶのは、日本刀のように幅が狭い刃。

 空気を固めて、薄く……鋭く……。


"――空刃(くうじん)!"


 キエェと鳴けば、体内から魔力が抜け落ちる。

 不可視に近い刃が二枚。イメージした通りに左右に分かれたそれらは、弧を描きながら飛んでいく。

 枝も葉っぱも関係ない。触れた物は、達人の居合い抜きみたいにスパッと切り裂いてしまう。

 狙いを定めたのは、少し先にある木。抱きつけば裏側で指の先が触れるくらいの太さだ。

 魔法により生み出された常識外の二枚刃は、そんな幹だろうとお構いなしに通り抜けていく。

 地面にまで跡を刻んだところで、ようやく霧散した。


"マジかよ……"


 驚いた俺のクチバシから、情けない鳴き声が漏れる。

 一拍置いて、木の葉が揺れた。

 斜めに作られた二本の道筋を辿るように、いまさら切られたことを思い出した大木がずるりと滑り落ちる。その光景が、いかに鋭い刃がもたらした結果なのかを物語っていた。

 地面に倒れた大樹が、みしみしと音を立てながら森を震わせている。


 シャドウバルチャーの空間認識能力が高いからこそ、並列思考に近い空刃の操作を可能としていた。

 加えて、この魔法の威力である。上空から索敵しつつ、遠距離から攻撃すれば、安全にゴブリンを狩れるかもしれない。

 魔力量もまだまだ余裕だ。


『すげえ威力だ』

『エアカッターいじり、気にしてたのかな?』

『いいなぁ、俺らも魔法使ってみたい』

『魔法使うってどんな感覚なんだ?』


 妖精さんには魔力がないのか。

 羨(うらや)む気持ちは痛いほど分かる。


"頭に思い浮かべて、「いまだ!」って感じで捻り出したらいけたな。体の中に不思議なエネルギーを蓄えた臓器みたいなのがあるんだけど、そこから少し持っていかれる感じだった"


『へぇ、意外と簡単なんだね』

『スカートめくる魔法だけ準備しとけよ?』

『風で服を張り付かせて、ボディラインをくっきり浮かび上がらせるのはどうですか!』

『ピンクの悲鳴を巻き起こす風――エロエアロ!』


 姿が見えないんだから、パンツなんて好きに覗けばいいのに。

 あと、どうですかじゃないんだよな。特殊な性癖を押し付けないで欲しい。

 変なやつらだ。


"っしゃ(ケエッ)、いくぜ(ケェッ)!"


 俺は足場の枝を蹴り、上空に舞い戻る。

 深紅の瞳を光らせながら、獲物を探し始めた。

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