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細路地に入って三軒目。聞いていた通りだ。すぐに見つかった。
良くも悪くも趣深い建物。木と石を組み合わせて造られており、外壁に薄っすらと苔が生えている。
中もまた、綺麗に掃除はされているのだろうけど、少し汚らしい印象を受けた。
こげ茶色の床板を踏むたび、ぎぃと軋む。
天井には四角いプレートが貼り付けてあり、ぼんやりした光を放つ証明になっている。おそらく魔道具だな。
今日はここに泊まろうと思う。
受付のおじさんに声をかける。
「あの、レイミーという冒険者の部屋はどこですか?」
「あー、あいつなら二階の一番奥だ」
さあ、押しかけてやるか。
彼のことなど知ったこっちゃない。たとえ嫌われようとも、俺さえよければそれでいい。
『ん? なんでレイミー君?』
『まさか……ね』
『いい大人だぞ? さすがにそこまで終わってないだろw』
『まともな脳みそをしてると信じたい』
『ネズミ食ってる時点でまともじゃねえよw』
階段を上り、教えてもらった通りにレイミー君の部屋の前へと来た。
二回ノックをして、申し訳なさそうな顔を作っておく。
……足音がする。
さあ、絶望しろ。終わりの悪魔が来たぞ。
「はい、どなたで……マサルさん?」
「ごめん、レイミー君が招待してくれたから来ちゃったよ」
「え? いやいや……」
「お邪魔しまーす!」
レイミー君の脳みそがパニックを起こしているうちに、部屋の中に侵入した。
四畳くらいの狭さで、布団が真ん中にぽつんと一枚。その近くに床置きのライトがある。
安心して寝られますよってだけの、機能美なんて無視したレイアウトだ。
「お風呂とか洗濯ってどうしてるの?」
「風呂は共用のシャワーがあります。洗濯は井戸の側で桶を使って石鹸で……って感じですが。何の用ですか?」
「何の用ってレイミー君、そりゃあんまりだよ。昼間に約束したから泊まりに来たんじゃん」
「そんな約束してないと思いますけど」
シャワーが付いて三千ミースならいいかもしれない。俺もそのうち利用しようかな。
しかし、レイミー君が相当嫌がってる。
そりゃそうだ。不潔野郎とあだ名を付けられた男と一夜を共にするなんて最悪だろう。
俺が彼の立場なら、殴ってでも追い返すしな。
でも、泊まる。これは決定事項だ。絶対にここで寝る!
『正気か?』
『こいつマジかよ。自分勝手すぎる』
『さっき汚いだの臭いだの散々言われてたのに、他人の部屋に入りやがった……』
『予感的中。さすがにドン引きですこちら』
『頭おかしいよこのおっさん……』
あのね、妖精さん。自分が一番ダメなことをしてるって理解してるのよ。
たまに何したって許されると思ってる酔っ払いがいるでしょ? 俺がそれ。
モンスター化のレベルを上げたいの。次のステージに進むためには、レイミー君に迷惑をかけるしかないんだから。
「違う違う、布団はレイミー君が使うんだよ?」
「マサルさん、そういうことではなく――」
「俺はフォレスティアンだっけ? あれになるから、部屋の隅で寝させてもらうね」
「……あー、なるほど、そうですか。はいはい、フォレスティアンにですか。……ちなみに、ちょっと撫でさせてもらうことってできます?」
強引に意見を押し通す作戦だったが、俺は勝利した。レイミー君は猫好きらしい。
だが、ここで喜んだり下手に出てはいけない。
俺は宿に行ってもいいかと昼間に確認している。この曖昧な表現は、捉えようによっては泊まりも可となる彼の落ち度なのだ。
あくまでもこちらが上だというスタンスを貫く。
「うーん……まあ、いいけど」
「本当ですか! ありがとうございます!」
そうすれば、なぜか感謝されるってわけ。
これでウィンウィンな取引ができたね。
「――チェンジ!」
本日何度目か分からないネコモードになり、先に布団に入る。
レイミー君も笑みを浮かべて後に続く。
お世辞にも上質とは言えない寝床だ。それでも、茂みの中やベンチの上と比べたら、天国と地獄ほどの差がある。
「では、失礼して……」
生唾を飲み込む音がする。レイミー君が手を伸ばしてくる。
……ほう、そう来ますか。顎の下から攻めてくるタイプね。
そしたらこちらも勝手にノドがゴロゴロ鳴りますわな。
だが、気持ちいいというほどではない。悪くないって感じだ。
次に彼は、ひたいから背中にかけて大きく撫で始めた。
『どんな感じなの?』
『レイミー君は幸せそうな顔してるわ』
『人間に撫でられる猫の感想聞いてみたい』
それは確かに気になるか。
この状態なら妖精さんと会話しても大丈夫だろう。
"マッサージを受けている感覚に近いかもしれない。脳がリラックスするというか。でもまあ、男に体を撫で回されてるわけだから、気分は最悪だな"
俺はウニャウニャと素直に述べた。
『このおっさんホンマw』
『泊めてもらうんだから、少しは愛嬌振り撒いたりサービスしろよw』
『レイミーきゅん、こいつ斬っていいぞ!』
もう交渉は終わっている。
これ以上を求められるなら、対価を貰わなければ。
「うわぁ、野良猫とは毛並みが違いますね。モフモフでツヤツヤで……」
まあ、その必要はなさそうだ。お客様には大変ご満足いただいている。
こっちは最高級のネズミを二匹も食ったからな。それはそれは触り心地がいい毛皮に仕上がっていることだろう。
もうそろそろいいか?
俺は寝るぞ?
「フォレスティアンもこれ好きなんですかね?」
レイミー君が尻尾の付け根辺りを手のひらで叩く。
トントンと一定のリズムで腰に軽い衝撃を受けるたび、脳みそが痺れるような凄まじい快感が全身を突き抜ける。
"ぬおぉ……"
なんだこれは。かなり気持ちがいい。
このまま続けられたら頭がおかしくなってしまいそうだ。
視界がぼやけて、頭が白で埋め尽くされていく。
……いや、危ない刺激だな。
"ちょ、ちょっと待って!"
気付くと俺は、シャーと威嚇しながらレイミー君の手に噛みつこうとしていた。
「あはは、猫と同じ反応だ」
しかし、彼は驚きもしない。むしろ噛みつかれて当然であるかの様子。
俺は布団から這い出て、部屋の隅っこに向かう。
振り返ると、名残惜しそうな視線が突き刺さる。もう触れ合いタイムが終了したことを悟ったらしい。
レイミー君がライトの引き出しみたいなものを抜くと、明かりが消えた。
カランと音がしたので、あそこが魔石入れ兼スイッチみたいな仕組みなのだろう。
『今日も楽しかったな』
『おっさんの評価が駄々下がりして終わったわ』
『明日はどんな冒険が待ってるんだろう』
『いやー、笑わせてもらったw』
『おっさんのおかげで毎日ワクワクしてる』
妖精の感覚は変わっているらしい。客観的に見ても、酷い一日を送った気がする。
誰かが喜んでくれるのは幸せなことだ。
「マサルさん、おやすみなさい」
"みんなおやすみ"
体を丸めて目を瞑る。
心地よい疲労感が、すぐに俺を眠りへと誘ってくれた。




