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 思ったより皮膚が硬く、傷は浅い。

 背を蹴り距離を取れば、突然の痛みに驚いたゴブリンが振り向いた。

 完璧な作戦を邪魔されて、一丁前に怒っているらしい。

 細い目が吊り上がり、これでもかと口を開いている。


"俺が相手だ(シャーッ)!"


 牙を剥き出しにして威嚇(いかく)した。

 感情に呼応して背中の毛が逆立つ。

 これであいつは俺を放っておけないはず。


『その爪じゃ致命傷はムリか』

『いや、あえてのじゃない?』

『注意は引けたな』

『でも、まだあの冒険者ピンチだぞ』


 戦う意思は見せつつ、何もしない。ただ睨(にら)み合うだけ。

 もしゴブリンが向かって来たら、俺は逃げる。どれだけこの体が素早くても、パワーが足りない。

 まともにやり合うなら、ヒットアンドアウェイに徹するだろう。しかし、どこかで一つでもミスをして捕まってしまえば、首を捻じ切られて殺される。

 そんなリスクは取りたくない。


「くっそおおおおおっ!」


 俺が時間を稼いでいると、青髪は右手側から地面に倒れこむ。

 体重をかけ、しがみつくゴブリンを押し潰す算段だろう。


「グギギッ……」


 サンドイッチにされたゴブリンは、呻(うめ)き声を漏らす。

 一瞬だけ力を緩めたが、やつもまた命懸けだ。再び掴みかかり、転がりながらもみくちゃになっている。


「生きて……帰るんだあああぁ!」


 しかし、生への執着が勝利した。

 青髪は頭突きを食らわし、ゴブリンを引き剥がす。

 立ち上がり、地面に落ちた剣を拾う。

 息が荒い。ベージュ色の服が真っ赤に染まっている。

 傷が深いのか、右腕は使えないようだ。

 左手に持ったショートソードを前に、腰を落として半身に構えた。


「ゲギャアアアッ!」


 ゴブリンとて、ただで殺(や)られはしない。先にダメージを与えた有利はこいつにあるのだ。

 よろよろと起き上がるその表情からは、並々ならない殺意が窺(うかが)い知れる。首を振って平衡感覚を確かめると、姿勢を低くして挑みかかった。

 青髪の冒険者と緑色のゴブリン。生(せい)と生がぶつかり合う。


「――シッ!」


 気合とともに鋭く踏み込む青髪。ジャブのような素早い突きが、緑色の首を貫いた。

 アクシデントさえなければ、やはり彼の技術が上をいくようだ。

 ……が、急所に剣が刺さってなお、ゴブリンは前に進む。もうショートソードは引き抜けない。

 今にも掴みかかろうと両手を広げたところで、ゴブリンは白目を剥いて崩れ落ちた。恐ろしい闘争心である。


『ゴブリン怖すぎだろ……』

『命のやり取りって感じしたわ』

『まだ終わってないぞ!』

『目開けてらんないよ俺』

『これが冒険者か……』


 青髪は死体を踏みつけて、紫色の血が滴(したた)るショートソードを引き抜く。

 体は泥だらけ、髪には落ち葉が絡まっている。満身創痍(まんしんそうい)といった様子だ。

 最後の一匹と戦うつもりらしい。ならば、俺も少し協力しよう。


"いまだ、殺れ(ニャァンッ)!"


 仲間を殺した冒険者と背中を傷つけた俺。どちらを相手にしたらよいのか戸惑うゴブリンに対し、圧をかける。

 ジグザグと左右に飛び、的を絞らせないように近づく。


「――せあっ!」


 青髪もこの機を逃さない。体を捻りながら、ショートソードを振り抜く。

 俺から目が離せなくなったゴブリンの首筋に、銀色の弧が走る。

 宙を舞う頭部が、声にならない声を発していた。


 さあ、異常事態発生だ。

 俺の中に見えない何かが流れ込んでくる。

 パワー、エネルギー、なんと言い表せばよいのか。肉体が強化されていくようで、未知の感覚だ。

 身体能力が二倍や三倍になったわけではなく、実際にはほんのちょっとしか上がっていない。

 でも、脳がこの現象を知っていましたよと言わんばかりに、自分が強くなったことを実感している。


「フォレスティアン……」


 ここで、ようやく青髪と俺の視線が交差する。

 彼は理解できないものを見たような表情を浮かべている。

 フォレスティアンとは俺のことだろう。なんとなく響きも猫っぽい。


「なぜ……」


 その後に続くのは、「助けてくれたのか」であろう。

 だが、彼の口からその言葉が出ることはなかった。

 モンスターは人間の敵、そんなことあるはずがない。おそらくはこのように思考を転換し、俺に向けてショートソードを構えたのだろう。


"――チェンジ!"


 ニャンと可愛らしく鳴いてサービスすると、可愛らしくない人間の俺が現れる。

 逃げてもよかったが、彼は怪我をしているからな。せっかく助けたのだから、最後まで責任を全(まっと)うしよう。


「フォレスティアンが人間に!?」

「驚かせてすまない、俺は冒険者のマサルだ」

「……あっ、助けていただきありがとうございます」

「その傷じゃ、今日はもう無理だろ? スキルでさっきのフォレスティアンだったか? あれになれば、安全に街まで送ってやれる」

「僕はレイミー、傷なら大丈夫ですよ」


 そう言うと、レイミー君は背負いカバンから小瓶を取り出す。

 フタを外し、薄い緑色の液体を傷口にかけ始めた。

 まさかあれはラノベでよく見る――

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