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……いた!
茶色の小動物――ネズミだ。こちらに気付かず、呑気に木の実を頬張っている。
食事中のネズミを俺が食う。これが食物連鎖ってやつだな。
『おいマサル、お前まさか……』
『あ、あれはないよな?w』
『優雅なお食事シーンとかやめてね?』
『食レポ頼む』
『森のネズミなら変な菌は持ってなさそうだけど、それにしたってだぞ』
身を低く、丈の長い草や茂みを利用しながら慎重に距離を詰めていく。
――ネズミなんて汚そう。日本にいた頃の俺なら、忌避感を覚えていたことだろう。
だが、猫がネズミを狩るのは当然だ。それに、すごく旨そう。
射程距離まであと三歩。
二歩……一歩……いまだ!
一気に加速。
ネズミもようやく俺を認識したらしい。大慌てで逃げようとしている。
馬鹿め、もう遅い。鋭く前へ飛び、右手を伸ばして爪を出す。
”悪く思うなよ!”
そのまま背中に引っかけて、地面に押さえ込む。
じたばたと暴れているが、逃がさない。左手も加えて動きを封じてやった。
"いただきまーす"
習慣化しているので忘れがちだが、この言葉は、いただく命に感謝するために使うと聞いたことがある。
小さな頭をむしゃむしゃ頬張るいまの俺には、その意味がよく理解できた。
……しかし、この光景は人様に見せられない。
"どんぐりばかり食べた豚の肉質や香りが最高のものであるように、ネズミもまた同じらしい。こんなに美味い肉を食べたのは初めてだ"
『きっしょw』
『さっきまで可愛かったのに……』
『がっついてるときの顔、獣のソレだったもんな』
『普通に吐きそうになったわ』
そりゃそうだ。猫がどれだけ可愛かろうと、野生環境での食事シーンはグロい。
動画で流れようものなら、俺だってブラウザバックしている。
"ふぅ、大満足"
ざらざらとした舌でお口の周りを綺麗にしていると、もう朝の日差しが森に色を与えていた。
陽光がぽかぽか暖かい。血が巡り始めた胃袋が、「ちょっと寝たら?」と脳に語りかけてくる。このまま眠ったら、さぞや気持ちいいことだろう。
しかし、ここは危険な森の中。住人であるネズミでさえ、新参者の俺に殺されたのだ。油断して寝るわけにはいかない。
……ここで、俺の耳がぴくりと動く。
"遠くで足音がする"
異様に発達した聴覚が、ざくざくと枯れ枝や落ち葉を踏みしめる音を捉えた。
集中しないと聞き逃してしまうくらい小さな足音。二足歩行の何者かが発していると分かる。
人間か、はたまたゴブリンか。どちらにせよ、有益な情報が得られるに違いない。
俺は隠れて追跡することにした。
ラッキー、冒険者だ。
耳と鼻で周囲の状況を把握しながら歩くことしばし。青い髪を短く切り揃えた男を視界に捉えた。
革の胸当てとレガース、それに片手剣を装備している。小柄で細身、あまり強そうには見えない。俺よりも若そうだ。
気丈さが窺える琥珀色の瞳を光らせている。
ボロっちい槍しか持っていない俺が言うのも変だけど、本来は最低限あれくらい武装してから森に入るべきなのだろう。
『あんな若い子も冒険者なんだ』
『イケメン多くね?』
『いや、どっちだ? ぺったんこだけど、可愛くも見えるぞ?』
『目覚めてる妖精もいます』
おそらく保護色になっている体毛を活かし、一定の距離を置いて彼を追う。
できるだけ足場がよくて開けた道を通りながら、死角のある大きな木の側を避けているようだ。
どうしても安全が確保できない場合は草むらを歩き、モンスターが潜めそうなところはショートソードで刈っている。切れ味が良さそうで羨ましい。
年下でも、冒険者としては大先輩だ。動きの一つ一つが参考になる。
慣れた様子で、どんどん森の奥へと進んでいく。
……この先に何かいるぞ。
空気が変わった。風にわずかな異臭が混じっている。
例えるなら、カビが生えたしばらく洗っていない犬。そんな不快な臭い。
まだ距離はありそうだが、あの冒険者はまだ警戒態勢に入っていない。
猫の鋭敏な嗅覚だからこそ気付けたのだろう。
向こうもこちらに迫っているようだ。臭いがどんどん強烈になっていく。
靴を履いた人間とは異なる足音が四つ。
――近い!
彼も敵の気配に気付いたらしい。ショートソードを正面に構えた。
右に左に体を振り、細かく首を動かしてあちらこちらに視線を飛ばしている。
緊張してきた。
同じ人間が、これから未知の化け物と対峙する。
大丈夫なのかと心配する気持ちが大きい。
青髪の彼とシンクロするように、俺の呼吸もしだいに荒くなっていく。
「ゲギャーッ!」
気色の悪い叫び声とともに、茂みから三体のゴブリンが飛び出してきた。
小柄な女性くらいの身長か。油断しているところを物陰から襲ってやろうと隠れていたらしい。
冒険者が慎重すぎて我慢の限界を迎え、顔を見せてくれたのだろう。
そのうちの一匹が、長い木の棒で殴りかかる。
しかし、青髪は冷静だった。その攻撃をショートソードで払いのけると、返す刀で横薙ぎの一閃。隙だらけの不細工な首を刎ね飛ばす。
胴だけの仲間が力なく崩れ落ちるのを見て、残りのゴブリンが怯む。
彼はあっという間に距離を詰め、もう一匹を肩口から腹のあたりまで切り裂いた。
見事な剣術に目を奪われてしまう。
……だがおかしい。
俺の五感によると、相手は四匹いるはず。
「ギャギャッ!」
そのとき、脳裏に浮かんだ見えない敵が茂みから姿を見せた。
青髪は前に出ていたせいで、挟み撃ちされる形となる。
ゴブリンとはその人型に相応しく、なかなかに狡猾なモンスターらしい。
「なっ!」
突然現れた新手に驚いた彼は振り返り、素っ頓狂な声を漏らす。
その油断が命取りになった。
「ゲギギッ!」
ほんの一瞬だけ目を離してしまった前方のゴブリンが飛びかかる。
青髪の右腕にしがみついてショートソードを封じ、肩に噛みついた。
鋭い牙が深々と食い込む。
「ぐあああああっ!」
悲痛な叫び声が響く。
彼は痛みで剣を手放してしまった。
"――危ないっ!"
脳から発せられたシグナルが、自分の意思など置き去りにして体を動かす。
気付けば全力で走っていた。
――おい馬鹿、いますぐ引き返せ!
冷静な俺が叫んでいる。
だがもう遅い。敵は目の前だ。
きっと心があの青年を助けたいのだろう。だったら従うまで。
青髪の背後から、いまにも襲いかかろうとするゴブリン。俺は飛び上がり、そいつの背中をズタズタに引っ掻いてやった。




