たぶん、もう特別だった
第十二話まで読みに来てくださってありがとうございます。
今回は、“関係に名前がつく直前”の回です。
今までの二人は、
「営業」
「仕事」
「距離感」
という言葉を使って感情を曖昧にしてきました。
でも曖昧って、ずっとは続かないんですよね。
好きかどうか分からなくても、
“この人が特別だ”という感覚だけは、先に形になってしまう。
今回のテーマは、
「恋は、気づいた時にはもう始まっている」です。
それでは第十二話、どうぞ。
最近、コメント欄がやけに静かだった。
いや、正確には違う。
騒いではいる。
でも。
『もう付き合ってる前提で見てる』
『逆にまだ付き合ってないの?』
『熟年夫婦感ある』
誰も“営業”って言わなくなっていた。
その変化が、少し怖い。
◇
「今日、案件先との打ち合わせあるから」
事務所。
マネージャーが資料を配りながら言う。
「二人で出るイベントの話ね」
「イベント?」
「リアルコラボカフェ」
嫌な予感しかしない。
資料を開く。
【Lily Crown コラボカフェ企画】
その下。
【コンセプト:秘密の放課後デート】
「……………………」
「終わった」
私は机に突っ伏した。
マネージャーは遠い目をしている。
「企業側が“そういう空気感”求めてるから……」
「絶対SNS担当が切り抜き見て決めたでしょ」
「まあたぶん」
レイは隣で普通にメニュー案を見ていた。
「このパフェかわいい」
「なんでそんな冷静なの」
「仕事だし」
さらっと言う。
その言葉に、少しだけ胸がざわつく。
仕事。
そう。
本来は。
全部そこから始まった。
◇
打ち合わせ帰り。
私は一人で自販機の前に立っていた。
冷たい缶コーヒーを買う。
「ミオ」
後ろからレイの声。
「一人で逃げるのずるい」
「逃げてないし」
「嘘」
レイは私の隣へ立つ。
少し沈黙。
冬の風が冷たい。
「……仕事って便利だね」
気づけば、そんな言葉が漏れていた。
「便利?」
「だって、全部誤魔化せるから」
近くても。
触れても。
特別でも。
“仕事”って言えば、曖昧にできた。
「でも今は違う」
私が小さく言うと、レイは静かにこちらを見る。
「違う?」
「……分かんなくなった」
本音だった。
仕事なのか。
本気なのか。
その境界が、もう見えない。
レイは少しだけ笑った。
優しい顔だった。
「ミオ」
「なに」
「私は最初から、ちょっと特別だったよ」
心臓が跳ねる。
「え」
「営業始めた時から」
レイは前を向いたまま続ける。
「他の人と組む案もあったけど、ミオがいいって言ったの私」
知らなかった。
本当に。
「なんで」
「顔が好きだった」
「最低」
「あと声」
「もっと最低」
レイが笑う。
でも。
次の言葉だけは、冗談じゃなかった。
「気づいたら、隣にいるのが普通になってた」
胸が苦しい。
痛いくらい。
「だから多分」
レイがこちらを見る。
「営業じゃなくなったの、結構前からだよ」
世界が静かになる。
その言葉を聞いた瞬間。
今まで曖昧だったもの全部に、輪郭ができてしまった気がした。
私は、ゆっくり息を吐く。
「……私」
「うん」
「まだ怖い」
「知ってる」
「でも」
レイの顔を見る。
配信の時じゃない。
営業の顔じゃない。
ただ、私を待ってる顔。
「……レイといるの、好き」
一瞬、沈黙。
そして。
レイが、少しだけ目を見開いた。
「それ、かなりずるい」
「知らない」
「今すぐ抱きしめたい」
「ここ外!!」
思わず声が大きくなる。
レイが楽しそうに笑った。
でもその目は少し赤くて。
私は初めて。
この人を、ちゃんと特別だと思った。
第十二話を読んでくださってありがとうございました。
今回はかなり大きな回でした。
ミオが初めて、自分から
「レイといるの、好き」
と言いました。
まだ“恋愛”とは言っていません。
でも、この言葉はたぶん告白よりずっと本音に近いです。
そしてレイの
「営業じゃなくなったの、結構前からだよ」
も、この作品の核心に近い一言でした。
始まりは営業だった。
でも感情は、いつの間にかその外側へ行っていた。
この物語はずっと、“境界線が壊れていく話”だったのかもしれません。
あと今回のレイ、かなり限界でした。
抱きしめるの我慢して偉い。
ここから二人は、いよいよ“答え”の近くまで進んでいきます。
ではまた次回。




