第95話 非道なる二択
————燃料切れとなった車を動かすためにリンファが『晄石』を獲りに行って数時間が経った。
傾き始めた陽を眺めながらタスクがつぶやく。
「遅いな、リンファ……」
「仕方ないよ。この辺りには『晄石獣』がいなさそうだったからね。来る時も見なかっただろう?」
「……それだけなら良いんだが……」
相槌を打ったタスクは手持ち無沙汰でハンドルにアゴを乗せているジゼルに鋭い視線を送る。
(……今のところ直接的な動きは見せていないが、もしやジゼル殿は俺をこの町に足止めをしている……⁉︎)
タスクが座席の陰で太刀を握り締めた時、コンコンと窓を叩く音が響いた。
「…………⁉︎」
そちらに眼を向けると一人の少年の顔が見えた。左頬の絆創膏から、先ほど空き地でボール遊びをしていた少年だと知れる。
窓を開けてタスクが尋ねる。
「……なんだ?」
「うん、あのね……」
「どうした?」
「どうして、お兄ちゃんは『ママ』に逆らうの?」
「……なに……⁉︎」
「————タスクくん!」
「⁉︎」
ジゼルの声にタスクが顔を上げると、いつの間にか周りが十数人のプレーン型『鏡人』に囲まれていた。その外側には無表情で佇む住民たちの姿もあった。
「————‼︎」
血相を変えて車外に飛び出したタスクは抜刀して『鏡人』たちを睨め付ける。
「……この町もすでにテルースの管理下に……‼︎」
悔しげに歯噛みしたタスクに向かって、コピーをするべく『鏡人』たちが赤い光線を射出した。
「タスクくん! アレを使いたまえッ‼︎」
「…………!」
懐から手鏡を取り出したタスクは光線を反射させると同時に太刀を振り払った。この一閃で三体の『鏡人』が胸の珠と共に横一文字に両断された。
「おおっ! 流石だ、タスクくん————⁉︎」
喝采を送ったジゼルだったが、当のタスクは力が抜けたようにその場に左膝を突いた。
「……くっ……!」
左腿の傷から新たな血が滲み出す。踏み込んだ反動によって塞がりかけていた傷が開いたのである。
「————ダメじゃん、アニキ。そんなガッツリ動いたらさあ」
「……貴様……ッ!」
建物の陰から得意げな笑みを満面に貼り付けて登場したのはジャンの姿をコピーした『鏡人』である。
ジャン型『鏡人』は自分の周りを『鏡人』にガードさせながらしたり顔で続ける。
「ハハッ、アンタもツイてねえよなあ。なんだか知んねえけど、頼りになるリンファちゃんがどっかに行っちまうんだからよお。もしかして愛想尽かされちまった?」
「……黙れ……ッ!」
「まあいーや、どーでも。以前みてえに戻って来られちまう前にさっさと終わらせてやるよ……!」
「甘く見るな……‼︎」
太刀を杖代わりにして立ち上がったタスクは凄まじい形相をジャン型『鏡人』に向けた。
「……もう人質はいない……! 貴様らの如き雑兵に俺が狩れるか……ッ‼︎」
タスクに睨み付けられたジャン型『鏡人』は一瞬ビクッと身を震わせたが、すぐに歪んだ笑みを取り戻す。
「へ……、へへ……。そんじゃあ、まずはそのガキからバッサリやっちまってくれよ……!」
「…………⁉︎」
ジャン型『鏡人』がサッと手を振るうと、絆創膏の少年がタスクの前に立ち塞がった。
「……この町の住民は皆もう『鏡人』だと知れている。俺に斬れないと思っているのか……!」
「————お兄ちゃん、その剣で僕を斬るの……?」
その言葉に振り上げていたタスクの手がピタリと宙で止まった。
「……無駄だ。いくら演技をしようと————」
「演技じゃなかったらどうすんの?」
「————⁉︎」
ジャン型『鏡人』は動揺する素振りを見せたタスクに畳み掛ける。
「アンタがソイツを『鏡人』だと思うんなら、好きにすりゃあいいじゃん。簡単だろ?」
「……ハッタリは止せ……!」
「だーかーらー、そう思ってんならグダグダ言ってねえでやれよ。ぶった斬られたソイツの身体が鏡みてえになるか、それとも真っ赤な血が地面を濡らすか試してみるのも面白え……!」
「くっ……‼︎」
頭では『鏡人』だと理解していても、一切の濁りのない無垢な瞳に見つめられたタスクは歯を食いしばり太刀を下ろした。
「————ギャハハハハッ! そうそう! それでいーんだよ、アニキ‼︎」
最高の喜劇を鑑賞したようにジャン型『鏡人』が腹を抱えて身を丸めた。その様子にジゼルは珍しく軽蔑と怒気が入り混じった視線を向ける。
「……なんて下衆な奴なんだ。オリジナルのジャンくんはこれほど酷い人間ではなかった……!」
「どうだかな。人間なんて、みーんな仮面をカブってんだよ。本心をカンペキに知ってんのは鏡に映った自分だけさ。ギャハハハハァッ‼︎」
再び腹を抱えたジャンは一頻り笑った後、真顔に戻って左手を伸ばした。
「……さあ、おしゃべりはここまでにしようぜ。ハカセ、アンタもアニキと一緒に俺たちの仲間にしてやるよ————ッ!」
悪意に充ち満ちた声と共に『鏡人』たちの胸の珠が赤く輝き始めたその時、ジャン型『鏡人』の左腕が背面にねじ上げられた。
「…………は?」
振り向いた先にあるのはプレーン型『鏡人』の顔だったが、その眼に当たる部分には小さな穴が二つ開いていた。
「……人の姿を使って好き勝手やってくれやがったな、この野郎……ッ‼︎」
「ってめッ……⁉︎ 『鏡人』じゃ————‼︎」
一発の銃声が響き、ジャン型『鏡人』はその場に崩れ落ちた。
『…………⁉︎』
呆気に取られて声も出せないタスクとジゼルに見せつけるように、硝煙の立ち昇る銃を握った『鏡人』は残った手を首元に掛けた。
「……お前は————ッ‼︎」




