第96話 帰ってきた男
背後からジャン型『鏡人』を銃撃した『鏡人』が首元に手を掛けると、驚愕でタスクの眼が見開かれた。
「————お前は……ッ‼︎」
鏡面仕立ての表皮の下から現れたのは、頭部に巻かれた包帯が痛々しい親友の顔であった。
「ジャン……ッ‼︎」
驚愕・安堵・感動といった様々な感情が入り混じった声で呼び掛けられたジャンは片眼をつむって白い歯を見せた。
「よお、アニキ。久しぶりだな……‼︎」
「ああ……! ああ……‼︎」
言葉が見つからないタスクに代わって、倒れ込んだジャン型『鏡人』が口を開く。
「…………て、てめえ……っ、なんで……生きてやがる……⁉︎ この手で頭をブチ抜いてやった、のに……ッ‼︎」
「ああ、確かに撃たれたな……!」
銃撃された記憶が蘇ったのか、ジャンは表情を歪ませて包帯が巻かれた箇所に手を添えた。
「……さてと……」
軽く頭を振ったジャンは『鏡人』に奪われていた銃を取り返して撃鉄を起こした。
「コイツは返してもらうぜ。それとてめえにパクられたゼフィール号と俺自身もな……!」
「ま、待て! 俺を生かしといたらきっと役に————」
再び無情な銃声が響いて、側頭部を撃ち抜かれたジャン型『鏡人』は大の字になって息絶えた。
「……はあ、自分とおんなじツラの奴を撃ち殺すなんてマネ、これっきりにしてえモンだぜ……」
自分の半身を失ったようにその場に座り込むジャンをプレーン型『鏡人』たちが取り囲んだ。
「わっ! ちょっ、待てよ!」
コピーを防ぐためにジャンが慌てて『鏡人』スーツの頭をかぶったと同時に五体の『鏡人』が崩れ落ちる。
「————アニキ‼︎」
「そのまま伏せていろ、ジャン!」
親友の生存で活力を取り戻したタスクは先ほどまで感じていた痛みが嘘のように太刀を振るった。
瞬く間に全てのプレーン型『鏡人』を斬り終えたタスクは遠巻きに眺めているコピー後の『鏡人』たちへ鋭い眼光を向けた。
「どうする……⁉︎ 貴様らも向かって来るか……⁉︎」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
タスクに問われた『鏡人』たちは長い沈黙の後、突然スイッチが入ったように表情が戻り口々に話し始める。
「おや、もうこんな時間か」
「洗濯物をしまわないと」
「今日の晩ご飯は何かな」
「今日は疲れたなあ」
何事もなかったように散開していく『鏡人』たちにタスクは呆気に取られ眼を丸くさせる。
「……いったい、どうなっている……⁉︎」
「————おそらく『戻った』んだ」
首をひねるタスクに近付いてきたジゼルは傷を確認しながらつぶやいた。
「……『戻った』……?」
「この場でキミを倒すことは出来ないと判断して、彼らはそれぞれの役割へと戻っていったんだと思う」
「どういうことだ?」
「そのままだよ。この町は、元々暮らしていた住民をコピーした『鏡人』たちが運営していくのだろう。テルースの意を汲んだ『人間』としてね」
「…………」
ジゼルの推測を聞いたタスクが黙り込んでいると、その袖がクイッと引っ張られた。
「————お兄ちゃん。お兄ちゃんも僕たちと『ともだち』になれたら、一緒にフットボールをしようね」
「…………!」
絆創膏の少年はとびきりの笑顔を見せて走り去っていった。その無邪気な笑顔にタスクは言い様の無い寒気を覚えた。
「……ふう。なんかよく分かんねえけど、とりあえず助かったな……」
「————そうだ! お前、本当にジャンなんだな⁉︎」
一安心した様子でジャンが再び素顔を見せると、タスクがその肩を掴んで大きく揺さぶった。
「あ、ああ……。ジャン様『鏡人』Bでしたなんてアホなオチじゃねえよ。ホンモノさ。つーか、あんま揺らされっと傷に響くんだけど……」
「あ……、すまん……!」
タスクは慌てて手を離したが、胸に渦巻くいくつもの疑問を上手く言葉にすることが出来ない。その様子を見たジゼルが代わりに口を開いた。
「ジャンくん。どうして助かったのか教えてくれないかね?」
「……ああ。あん時『鏡人』に姿をコピーされた俺はビビリまくって銃を奪われちまって銃口を向けられた。でも撃たれた瞬間、後ずさって逃げようとしてた俺は足が滑ってのけぞってたんだよ」
「ふむ……。それで?」
ニヤリとしたジャンは頭の包帯を指差し答える。
「『鏡人』が撃った弾は俺の額の上の方をかすって飛んでっちまったのさ。でも、マヌケな『鏡人』は大量出血して気を失った俺を殺したと思い込んで、とどめを刺さずにどっかに行っちまったってワケだ」
「…………! それはお前が間の抜けた男だからだ……!」
「おお? アニキ、地獄の淵から生還した相棒にヒデえこと言うじゃんかよ!」
珍しく憎まれ口を叩いたタスクにジャンは口を尖らせたが、すぐに笑みを浮かべて続ける。
「……それからは通り掛かった親切な夫婦に介抱されてなんとかここまで回復したんだけどよ。撃たれた傷は塞がっても痕がハゲになって残んの確定だぜ。これで女の子に振られちまったらどうしてくれんだよ……!」
「そんなことなら心配する必要はないさ。ハゲがあろうがなかろうが、キミが女性にモテる確率は恐ろしく低いだろうからね」
「んだとお、このクソハカセ!」
「ハッハッハ」
憎まれ口に便乗したジゼルにタスクが問い掛ける。
「……何か、ジゼル殿はあまり驚いていないようだな?」
「ああ、うん。ジャンくんが死んだところを直接眼にした訳じゃなかったからね。だから————」
「このスーツとコイツには助けられたぜ。ありがとな、ハカセ……!」
礼を述べたジャンは懐から受信機を取り出して見せた。
「それは……ジゼル殿が持っていたジュシンキという機械か?」
「ジャンくんが持っているのは、私の『鏡人』スーツに付けてある発信器とリンクさせている物さ。ジャンくんが生存している可能性があったから、家を出る時にジャンくん用のスーツと一緒に残しておいたんだ」
「それでジャンはここへ駆けつけてくれたということか……!」
「そういうこったな。つーワケで————」
立ち上がったジャンは尻の土埃を叩いて右手をタスクへと伸ばした。
「今さらこんなこと言うの自分でも情けねえと思うんだけどよ……、もう一回俺も連れてってくんねえかな……」
「…………」
「うんうん。こういう状況になったからには、タスクくんたちと行動を共にした方が生き残る確率も高まるだろうからね」
「身も蓋もねえことを言うな、クソハカセ!」
茶々を入れたジゼルには構わずタスクはジャンの手を取った。
「俺からも頼む、ジャン……!」
「アニキ……‼︎」
二人が力強い握手を交わした時、後方から元気な女の声が響いてきた。
「————すまん! タスク、ジゼル! 遅うなってしもうた‼︎」
「リンファ!」
「リンファちゃん!」
『晄石』を手に入れて戻ってきたリンファに笑顔のジャンが手を振った。
「————ジャン⁉︎」
「ああ、俺だよ! また会えて嬉しいぜ!」
「……ここで会ったが百年目じゃあッ‼︎」
「は⁉︎」
全力で振り切られた青龍戟がジャンの頭スレスレを通過した。
「————な、なにすんだよ⁉︎ リンファちゃん‼︎」
「お前はジャンの仇じゃ! ウチが成敗しちゃる‼︎」
「いや! だから俺がオリジナルのジャンだって‼︎」
「黙れ! ウチにはそんな嘘は通じんわ‼︎」
逃げるジャンをリンファは青龍戟を振り回しながら追い掛ける。
「タスクくん、早く誤解を解かないと今度こそジャンくんが死んでしまうよ?」
「そうだな……。しかし、今の俺の状態で本気のリンファを止められるか……」
「ウヒィっ! 死ぬ死ぬ! 見てねえで助けろ、お前らーっ‼︎」
冷静に話すタスクとジゼルとは対照的なジャンの悲鳴が町中に響き渡った。
———— 第12章に続く ————




