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【完結】鏡合わせのミロワール  作者: 知己
第11章 映りゆく世界

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第94話 山あいの町

 翌朝、眼を覚ましたタスクは消えた焚き火を挟んで、一人の『鏡人(ミロワール)』が自らの腕を枕に寝入っている姿に気が付いた。

 

「————ッ」

 

 タスクが慌てて太刀を取ると同時に、『鏡人(ミロワール)』が「うーん」と声を漏らして寝返りを打った。

 

「…………」

 

 スーツを頭から被ったジゼルだと思い出したタスクが無言で太刀を下ろすと、背後から声が掛かる。

 

「おはよう、タスク……」

「ああ、おはよう。よく眠れたか? リンファ」

「……うん……」

 

 そう答えたリンファだったが、その顔には濃い疲労感が残っているように見える。

 

「……リンファ————」

「あー、よく寝た……!」

 

 気落ちするリンファを励まそうと口を開いた時、気の抜けた声を上げてジゼルがむくりと上半身を起こした。

 

「……ジゼル殿、いい加減にソレを脱いでもらえないだろうか。起き抜けに危うく斬り掛かるところだったぞ」

「それは怖いね。しかし、このスーツはなかなか快適なんだ。見た目以上に保温効果があるし、頭部を覆えばアイマスクの代わりにもなる。おかげでしっかりと睡眠が取れたよ」

「……この状況で、ようグッスリ寝れるモンじゃ……」

 

 羨ましいというよりも呆れたような眼差(まなざ)しでリンファがつぶやくと、ジゼルは頭部を取ってあっけらかんと答える。

 

「眠ろうと思った時にはしっかりと眠る。普通のことだよ。横になっているのに起きているなんて全くの時間の無駄じゃないか」

「そりゃそうじゃけど……」

 

 ジゼルはまだ何か言いたげなリンファからタスクに向き直った。

 

「それで、これからどうするんだね? 私は今のところノーアイデアだが」

「…………まずはミロワとシュウを助け出したい」

「ふむ……。とりあえず答えの出ない問題は先送りにして、達成可能と思われるものから取り掛かるか。まあ、定石通りだね。現実逃避とも言えるかも知れないが」

「…………」

「————ジゼル! なんじゃ、その言い草は⁉︎ お前じゃって何も浮かんどらんくせに‼︎」

 

 ジゼルの言葉が(しゃく)(さわ)ったリンファが怒りを剥き出しにするが、ジゼルはあくまでも冷静に答える。

 

「そこを突かれると痛いところだが、何も私は現実逃避が悪いとは言っていないよ。良いアイデアが浮かばない時には思い切って行動することも必要だ。行動している内に思わぬ方向から妙案が生まれることもある。私の経験則だがね」

「……ジゼル……」

「タスクくんの気持ちを聞いた上で私が意見を述べさせてもらうと、すぐにテルースの元へ取って返すことはお勧め出来ない」

「……何故だ」

 

 タスクに尋ねられたジゼルは指を立てて口を開く。

 

「まずミロワ嬢の傷が塞がっていない状況で向かい合っても、また盾に使われて同じことの繰り返しになるだろう。キミの傷も同様だ。肉体が万全でなければ良いパフォーマンスは発揮出来ないよ」

「……このまま傷が癒えるまで潜伏していろと?」

「うん。とりあえずキミがある程度動けるようになるまでそうすることが得策だと思う。しかし、ここでずっとジッとしている訳にもいかない」

「どういうことじゃ?」

 

 少し落ち着きを取り戻したリンファにジゼルはニコリと微笑んだ。

 

「食料や医薬品など必要な物資を入手する必要がある」

「確かにそうだが、何処(どこ)で手に入れる?」

「すでに『鏡人(ミロワール)』の手が回っているグロンダンやロワゴールには戻れない。様子を窺いつつ小規模な町を当たるのが良いんじゃないかな」

「よし……! では、その方向で行こう……!」

「決まりだね! それでは安全のためにこの『量産型・『鏡人(ミロワール)』スーツ』を————」

「それは嫌じゃ」

「…………!」

 

 またしても自慢のスーツの着用を拒否されたジゼルは落ち込んだ様子を見せつつも、荷物の中からある物を二つ取り出した。

 

「これは……?」

「……並外れた動きを見せるキミたちなら、これで『鏡人(ミロワール)』のコピー光線を防げるだろう」

「受け取っておく」

「まあ、コレならええじゃろ」

 

 二人に物を渡したジゼルは自らの腹に手を当てて口を開いた。

 

「当面の目標が決まったところで早速出発しようか。さっきから私の身体がエネルギーの吸収をしつこく促しているんだ」

 

 

        ◇

 

 

 ————タスクがまだ馬に乗れないため、二時間ほどジゼルの車を飛ばすと、山あいに小さな町が見えて来た。

 

「人口は千人未満といったところかな。ここはどうだろう?」

「…………」

 

 後部座席に座ったタスクは窓から街の中をしばらく観察していたが、商売に精を出す者、農作業をしている者、犬の散歩をしている者、元気に走り回る子供の姿など、世界中にありふれた風景がそこにあった。

 

「……油断は出来ないが、写し(コピー)前の『鏡人(ミロワール)』の姿は見えないな」

「疑い出したらキリがないよ。異常が見られないなら、ここに決めたらどうかな?」

「……そうだな。そうしよう」

「よーし、それじゃあ————」

「ジゼル、ええ加減にソレを脱げ。怪しすぎるわ」

「ええー……」

 

 リンファの言葉にジゼルは難色を示した。

 

「大丈夫だ、ジゼル殿。いざとなれば俺とリンファが守ってやる」

「……フフ、不覚にもときめいてしまいそうになったよ。それでは、お言葉に甘えようか」

「ときめいたじゃと⁉︎ そんなんウチが許さんで!」

「冗談だよ、冗談……」

 

 

 

 ————小さな売店の軽食で遅い朝食を済ませた三人は、買い物をジゼルと護衛のリンファが行い、タスクは車に残って周囲を警戒することとなった。

 

 車の外に出たタスクは再び住民の様子を観察する。

 

 空き地で数人の子供たちが革で出来たボールを蹴っている姿にタスクの視線が止まった。

 

「……あれは、蹴鞠か……?」

 

 フットボールの起源を目撃したタスクの元にコントロールを失ったボールが転々と転がって来た。

 

「ごめんなさーい! 取ってくださーい!」

 

 左の頬に絆創膏を貼った少年が笑顔で手を振った。額に汗を浮かべて、楽しそうなその表情からは一切の悪意は読み取れない。

 

「…………」

 

 脚を怪我しているため左手でボールを(ほお)ったタスクに少年が手を振る。

 

「ありがとう! お兄ちゃん!」

「……ああ」

 

 ボールを受け取った少年は嬉しそうに仲間たちの元へと戻っていった。

 

「…………」

 

 無言で少年たちの観察を続けるタスクを呼ぶ声が掛かる。

 

「————タスクくん、待たせたね!」

 

 大量の買い物袋を抱えたジゼルとリンファである。

 

「ジゼル殿、リンファ、どうだった?」

「なんもおかしいところはなかったわ。拍子抜けじゃ」

「俺の方も異常らしい異常は見られなかった……」

「この街にはまだテルースの手が回ってないって考えてええんかな……?」

「……分からない……」

 

 答えの出ない問いに考え込む二人に、ジゼルが荷物をトランクに仕舞いながら声を掛ける。

 

「まあ、とりあえず欲しい物は手に入れたんだ。ヘイワンくんたちのところに戻ろうじゃないか————ん?」

「どうした、ジゼル殿?」

「……車が動かない」

「なんじゃと⁉︎ 壊れたんか⁉︎」

「…………これは……『晄石(ジェム)』切れだね」

『は?』

 

 タスクとリンファの声が見事に重なった。

 

「言葉の通りだよ。燃料切れで車が動かせない」

「では、『晄石(ジェム)屋』に————」

「残念ながら、この町に『晄石(ジェム)屋』はなさそうだったよ」

「…………」

「ああ、もう! 何をやっとるんじゃ! もうええ! ウチが獲ってくるけえ、二人はここで待っとって!」

 

 言うなり、リンファは身を翻して走り去って行った。

 

「……すまない、タスクくん。うっかりしていた」

「……いや……」

「申し訳ないが、こうなった以上ここでリンファ嬢を待つしかないね。タスクくん、キミも車内で待っていよう」

「…………」

 

 無言で後部座席に座ったタスクはジゼルの後頭部を見つめて思案する。

 

(……もしや、ジゼル殿は————)

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