第91話 未知との遭遇
半ばリンファに背負われる格好でグロンダンの街を脱出したタスクをヘイワンたちが出迎えた。
大怪我を負って憔悴しきった主人を眼にしたツユリは心配そうにいななき、ネージュは落ち着きなくキョロキョロと辺りを見回した。「私の主人はどこ?」という風に。
「……タスク、まずは撃たれた傷の手当てをせんと。とりあえず、目立たんところに移動しょう」
「ああ……」
————街から少し離れた森の中に身を潜めたリンファはタスクの左腿に薬を塗り包帯を巻き直した。
「こりゃあウチの門派に伝わる霊薬じゃ。腿の傷はとりあえずこれでええけど、右肩の方は弾がまだ身体の中に残っとる……」
「悪いが、やってくれ。リンファ」
「…………」
コクリとうなずいたリンファは刃先を熱したナイフをタスクの傷口に躊躇なく刺し入れた。
「…………ッ」
肉が焼ける音が耳朶を打ち、顔を歪めたタスクが歯を食いしばったが、リンファはナイフを動かす手を止めない。
「……すまん、タスク……! もうすぐじゃけえ……!」
◆
『————姉上! 待ってください!』
一筋の光も届かぬ漆黒の闇の中で十五歳の佑が手を伸ばす。
その手の先には真っ白な衣を纏った鏡花の儚げな後ろ姿があった。
『…………』
しかし、その耳には必死に呼び止める弟の声が届いていないのか、鏡花は一向に歩みを止めない。
『姉上————ッ⁉︎』
再び声を上げ佑が駆け寄ろうとした時、足元が不意にぬかるみ、ズブズブと膝まで飲み込まれてしまった。
『なんだ、これは————⁉︎ 姉上ッ! 姉上————ッ‼︎』
佑は底無し沼に飲み込まれながらも遠ざかる姉の名を叫ぶが、鏡花は振り返る素振りすらも見せない。
『……姉、上————……』
ついにその声は鏡花の元へは届かず、佑の身体は深く暗き土の底へと沈み込んだ————。
◆ ◇
「————夢……、か……? …………!」
眼を覚ましたタスクは周囲が変わらず真っ暗なことに気付き、わずかに動揺の色を見せたが、すぐに時刻が夜へと移り変わっていることを理解した。
「…………」
乱れた心の内を落ち着かせるように深く息をついたタスクは右肩の傷がしっかりと処置されていることに気が付いた。
「……そうか。リンファに手当てされた後、不覚にも眠ってしまっていたのか……」
意識がハッキリとしてきたと同時に首元に温かみを感じ、ゆるゆると身体を起こす。そこには栗毛色の馬体を寝かせて寝床となっていてくれていた愛馬の姿があった。その隣には同じく脚を折って休むネージュの美しい姿も見える。
「……ツユリ、かたじけない……!」
嬉しそうに鼻を鳴らすツユリの腹をタスクがポンポンと叩いた時、背後から軽やかな馬蹄の音が聞こえてきた。
「————タスク! 眼が覚めたんじゃな!」
ヘイワンの背に乗ったリンファは鞍から降りるのももどかしいとばかりに身を翻し、空中で一回転してタスクの前に降り立った。
「一人にしとってゴメンな……? 水が無うなったけえ、近くの川に汲みに行っとったんじゃ」
「リンファ……、何から何までかたじけない……!」
「そんな水くせえこと言わんとって! ウチはタスクのためならなんでもしちゃるし、何処にも行かん! 約束するわ‼︎」
「……ありがとう、リンファ……‼︎」
真心に溢れたリンファの言葉にタスクが目頭を熱くさせると今度はけたたましい爆音が響き、伏せていたツユリとネージュが立ち上がった。
「なんじゃ、この音は⁉︎」
「これは……」
タスクとリンファは瞬時に警戒態勢に入り、音のする方へと鋭い眼光を向けた。
二人の視線の先には不気味に光る二つの巨大な眼があり、凄まじい速さでこちらに近付いてくる。
「眩しいっ! なんじゃ、あの光る眼は⁉︎」
あまりの眩さにリンファが顔を背けると、光を遮るように左手をかざしながらタスクが答える。
「あれは————クルマだ!」
タスクの言葉に過たず、数秒後には天井部を幌で覆われた大型の四駆がギャリギャリと音を立てて二人の前でドリフト気味に停車した。
二人が無言で武器を構えると同時に左側のドアがゆっくりと開き、あるモノが姿を見せた。
(————『鏡人』ッ‼︎)
車を運転して来たプレーン型の『鏡人』にリンファが斬り掛かろうとした瞬間————、
「ッやめたまえ! 私だよ、私!」
現れた『鏡人』はくぐもった声を発すると、両手を上げて降参の意を示した。
その慌てた様子にリンファは呆気に取られたものの、すぐに気を取り直して青龍戟を振りかぶる。
「何が『私』じゃ! のっぺらぼうの『鏡人』の知り合いなんかおらん!」
「待て、リンファ! 何か様子がおかしい……!」
コピー前にも関わらず、意思を持ったような『鏡人』にタスクは違和感を覚えた。
眼を凝らして良く観察してみると、今まで見てきた『鏡人』よりも頭一つ分背が高く、胸の部分に隆起が二つあることが見て取れた。加えて、無貌であるはずのその顔には眼に当たる部分に小さな穴が開いている。
「……まったく、ようやく見つけたというのに危うく殺されてしまうところだったよ……」
首を振った『鏡人』は両手で頭を抱えて勢い良く持ち上げて見せる。
「な……⁉︎」
「なんしょんじゃ⁉︎」
一瞬、首が取れてしまったかと驚いた二人だったが、次の瞬間には別の意味で驚愕した。
「————ジゼル殿!」
「————ジゼルッ⁉︎」




