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【完結】鏡合わせのミロワール  作者: 知己
第11章 映りゆく世界

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第89話 『再教育』

 人間(スレット)の姿に擬態し、大地の上に顕現した『地母神(テルース)』。

 

 その口から語られた恐るべき計画にタスクの頬を冷や汗が伝う。

 

「————全ての人間を『鏡人(ミロワール)』と写し代えるだと……⁉︎」

「そうです。人間に代わり『我が子』らによって管理されることで、地球(わたし)はかつての美しかった姿を取り戻せるのです」

「……正気か……! そんなことが出来る訳が……」

「出来ます。今この瞬間にも『我が子』らは産まれ、写し出していますから」

「…………!」

 

 その言葉にタスクは先ほどミロワの言っていたことを思い出した。

 

「————何百もの『鏡人(ミロワール)』……‼︎」

「月が満ちる頃にはこの街の全ての人間を写し終えることでしょう」

 

 そう話すテルースは初めて会った時よりも数歳ほど年を取っているように見えた。

 

「そして、あなたも『我が子』の一人となるのです」

 

 テルースの声が途切れると同時に『鏡人(ミロワール)』の胸の珠が輝き出し、膝を突くタスクに向けて赤い光線が射出された。

 

 その光線からはなんの痛痒(つうよう)も感じられなかったが、全身を舐め回すように照射され、言葉に出来ない強烈な不快感がタスクの胸中を埋め尽くした。

 

(————これが、ミロワの言っていた人間の情報を読み取る光の筋か……‼︎)

 

 (おのれ)の姿を写し取られる前に阻止しようと立ち上がり掛けたタスクをジャンが一喝する。

 

「動くなっつってんだぜ! ミロワちゃんがどうなっちまってもいいってんなら別だけどなあッ!」

「く……ッ!」

 

 眠っているミロワの額に銃口を押しつけ脅迫するジャンにタスクはなす術がない。再び腰を下ろしてうなだれるタスクにジャンは満足げに口の端を持ち上げた。

 

「そうそう。大人しくアンタも『鏡人(ミロワール)』になって、またコンビを組もうぜ。みんな一緒に『母ちゃん(ママン)』の子になっちまえば、戦争も差別も環境破壊も起きねえ。良いこと尽くめじゃん?」

「…………けるな」

「あ? なんだって?」

 

 うつむいて話したタスクの声が聞き取れずジャンは左の掌を自分の耳に当てた。

 

「————ふざけるな……‼︎ 『鏡人(ミロワール)』が俺の故郷を根絶やしにしたこと、ゼンマやルゥインがロワゴールで起こした数々の虐殺、そして……親友(とも)を殺した事実を俺は決して忘れない……ッ‼︎」

「ヒッ!」

 

 刺すようなタスクの眼光に射竦(いすく)められたジャンは怯えた声を発したが、すぐに気を持ち直し乾いた笑みを浮かべた。

 

「……へっ、いくら(こえ)え顔したってムダだぜ。『鏡人(コイツ)』のコピーが終わったら俺がアンタに引導を渡してやるよ……!」

「…………ッ」

 

 血が滴るほどにタスクが唇を噛み締めた時、眼の前の『鏡人(ミロワール)』の左手が人のものへと変化を始めた。

 

「————‼︎」

 

 その掌を眼にしたタスクに、先ほど感じた怒りを消し飛ばすほどの驚愕が走る。幼き頃に剣を握り二十年余りの鍛錬によって刻まれた剣胼胝(だこ)までも完璧に写し取っていることを実感したのである。

 

 (おのれ)と全く同じ姿の人間が眼の前で生み出される衝撃は計り知れない。オリジナルの善磨(ぜんま)路影(ルゥイン)もこの隙を突かれ、(はかな)く命を奪われたのだ。

 

「もうすぐだぜ……! もうすぐアンタのコピーが完了する……‼︎」

「————そんなんさせんッ‼︎」

 

 甲高い怒号と共に壁に切れ目が走り、何かが眩い光を放ちながら室内を水平に旋回した。

 

 次の瞬間にはタスクのコピーをほぼ終えていた『鏡人(ミロワール)』の胸が横にずれて、無残にも床に落下する。一拍遅れて、後ろに控えていた『鏡人(ミロワール)』・パトリスの首も転がった。

 

 呆気に取られたタスクが壁に顔を向けると今度は豪快に風穴が開けられ、頼もしき仲間の姿が瞳に映る。

 

「リンファ……‼︎」

「タスク! ウチが来たからにはもう大丈夫じゃ‼︎」

 

 ヘイワンたちのところから戻って来たリンファは膝を突くタスクを背中でかばって仁王立ちして見せる。

 

「…………相変わらず、デタラメなマネしやがるネエちゃんだぜ……‼︎」

 

 床に倒れ込んだ姿勢で、バクバクと脈を打つ心臓を押さえながらジャンがつぶやいた。臆病者の勘によるものなのか、リンファの不意打ちを察したジャンはいち早く(かが)み込み、間一髪のところで難を逃れていたのである。

 

「……話は途中から聞いとった……。このジャンは『鏡人(ミロワール)』なんじゃな……‼︎」

「ヒィッ!」

 

 リンファに睨まれたジャンは慌ててリボルバーを構えるが、引き金を引く人差し指が虚しく動くのみであった。先ほど伏せた拍子にリボルバーを手放してしまっており、武器を失くしたジャンは四つん這いの姿勢で戸口に立つテルースに向かって走り出した。

 

「————助けてくれ、『母ちゃん(ママン)』‼︎」

 

 恥も外聞もなくジャンはテルースの背に回り込んで盾にした。

 

 二対二の様相となったところでリンファは心の声を素直に漏らす。

 

「……今でも信じられん……! スレットのおばちゃんらーが『鏡人(ミロワール)』じゃったなんて……‼︎」

「『鏡人(ミロワール)』じゃない。『地母神(テルース)』だ……!」

「……なんじゃって?」

「本当だ。その女が『鏡人(ミロワール)』を産み出した『地母神(テルース)』本人だ……‼︎」

「なんじゃとおっ⁉︎」

 

 タスクの言葉にリンファは血相を変えて再びテルースを見遣る。

 

「流石にルゥインを倒しただけのことはありますね」

「…………‼︎」

 

 この状況においても一切の揺らぎを見せないテルースに、さしものリンファも警戒の色を強めた。

 

「こ……こいつが『地母神(テルース)』、じゃと……‼︎」

「そうです。あなたもルゥインの代わりとなってもらいましょうか」

「ふざけ————」

 

 カッとなったリンファが怒鳴り声を上げた瞬間、ベッドで眠っていたミロワがおもむろに半身を起こした。

 

『————ミロワッ‼︎』

「…………」

 

 タスクとリンファが同時に駆け寄り声を掛けるが、ミロワは(うつろ)な瞳で何も応えない。

 

「ミロワ……⁉︎」

「…………」

 

 怪訝な顔つきで伸ばされたタスクの手をミロワは無言で払い()け、裸足のままテルースの元へと歩み寄った。

 

「……ミロワ……‼︎」

 

 信じられないといった様子で再びタスクが呼び掛けるも、口を開いたのは別の女であった。

 

「————人間の言う“手の掛かる子ほど可愛い“とは本当なのですね。ですが、いつまでも反抗させておく訳にもいかないので、この『娘』には『再教育』を施しておきました」

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