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【完結】鏡合わせのミロワール  作者: 知己
第11章 映りゆく世界

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第84話 夢路 〜 其の三 〜

 山深き道場にて、十歳ほどの少年と年の離れた兄らしき青年が鍛え上げられた上半身を露わにして稽古の汗を拭っていた。

 

『————(たすく)殿』

 

 不意に呼び掛けられた少年は手拭いの動きを止め、隣に居並ぶ青年へと顔を向けた。

 

『なんでしょう、善磨(ぜんま)殿』

 

 いち早く汗を拭い終えた善磨は稽古着に袖を通し直して口を開く。

 

『先ほど稽古中に私が伝えたことを復唱してもらえるだろうか』

『はい』

 

 返事をした佑も佇まいを正して、善磨に向き直った。

 

『————【虚実(きょじつ)】を意識せよ、と御指南いただきました』

『…………』

 

 淀みなく佑が答えると、善磨はうなずいて続ける。

 

『そう。一本調子な剣は動きが単調になり、至極読み易い。時折【虚】を混ぜることにより剣に奥行きが生まれ、相手に読まれづらくなる』

『はい……!』

『逆も(しか)りだ。【虚】にばかり意識が向いてしまうと、相手の【実】を受け止めきれず呑み込まれてしまう』

『はい。【虚】にも【実】にも囚われない心持ちが重要なのですね……!』

 

 しっかりと理解が進んでいるタスクの返事に、善磨はわずかに笑みを浮かべて再びうなずいた。

 

『さすがだ、佑殿。だが、【虚実】とは剣の道に限ったことではない』

『え……』

『年若き今の君にはなかなか想像が及ばないかも知れないが、人の心にも【虚実】は存在する』

『人の心にも……』

 

 意外そうにつぶやいた佑の眼を善磨は真っ直ぐに見つめて答える。

 

『これから出会う者すべてを疑えとは言わないが、口では【実】を唱えながら心の内には【虚】が渦巻いている者も世の中には少なからず存在している』

『…………!』

『素直で真っ直ぐな君の人柄は尊ぶべきものだが、全ての人間が君と同じ心根であるとは限らない。……この私も含めてね』

 

 どこか自虐的な笑みを浮かべる善磨に佑は立ち上がって首を振る。

 

『————そんな! 善磨殿に限ってそのようなことあり得ません!』

『……フ、随分と高く買ってもらっているようだ』

 

 続いて立ち上がった善磨は佑の肩をポンと叩いて微笑(ほほえ)み掛ける。

 

『さあ、今日はもう上がろうか。腹が空いてしまったよ』

『……はい……』

 

 

       ◆

 

 

「————ハッ!」

「キャッ⁉︎」

 

 何者かの気配を察知したタスクが眼を開けると、驚いた様子の中年女性の顔が見えた。

 

「…………スレット殿……」

「……ご、ごめんなさい。夕食が出来たから様子を見に来たのだけど、驚かせてしまったかしら……」

夕餉(ゆうげ)……」

 

 落ち着いて周囲に眼を配れば、仮眠にとあてがわれた部屋の中も窓の外もすでに真っ暗となっていた。

 

「……こちらこそ驚かせてしまったようで申し訳ない」

「お互い様というわけね。起きたばかりで食事は出来そうかしら?」

「……かたじけない」

「『かたじけない』? それは食べられるということ? それじゃあ、用意をしておくから顔を洗って来なさい」

 

 部屋を出て行こうとしたスレットは何か思い出したようにドアの前で振り返った。

 

「それにしても、ベッドを使って構わなかったのに、どうして壁を背にして寝ていたの?」

「……どうも、この寝台とやらが慣れないのです。お心遣いに感謝する」

「ふふ、慣れると楽なものよ?」

 

 スレットは口元に手を当てて今度こそ部屋を出て行った。

 

 タスクはその背を見送りながら独りごちる。

 

「————人の心にも『虚実』は存在する……」

 

 

       ◇ ◇

 

 

 ————一方、夕食の材料の買い物を終えたジャンは神妙な面持ちで居候先のジゼル宅に帰宅した。

 

「…………」

 

 買い物袋をキッチンに置いたジャンは無言で何事かを思案する。

 

「————なんだ、帰っていたのかい」

 

 声に反応して振り向くと、憔悴した様子のジゼルが立っているのが見えた。

 

「……ハカセ。珍しいな、アンタが便所以外で部屋から出るなんてよ」

「うーん……、正直なところ『鏡人(ミロワール)』の研究に行き詰まっていてね……」

「そうなのか……」

「何かきっかけがあれば良いアイデアが浮かびそうな気もするんだが、いつまでも風呂キャンしているわけにもいかないから、シャワーでも浴びようと思って出て来たんだ」

 

 ここまで話すと、ジゼルのお腹から「グゥー」という音が鳴った。

 

「それと集中が切れて空腹状態だったことを身体が思い出したから、シャワーを浴びている間に食事を用意してくれると助かるよ」

「ああ、分かったよ」

「ありがとう、頼んだよ」

 

 お腹を押さえながらシャワールームに向かうジゼルをジャンが呼び止める。

 

「————ハカセ」

「ん? なんだね?」

「…………」

 

 ジャンはこの数日、言語化できないでいた違和感の正体をようやく口にする。

 

「……なんか、この街……、双子(・・)が多くねえか……?」

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