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【完結】鏡合わせのミロワール  作者: 知己
第11章 映りゆく世界

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第83話 パトリスとスレット

 開業医・パトリスの住居兼医院の手術室の前でタスクとリンファはその時が来るのを今か今かと待ち望んでいた。

 

「シュウ、大丈夫か……?」

「ピィ……」

 

 リンファが膝の上で優しく撫でながら真氣を送ると、シュウがわずかに眼を開けて弱々しく鳴いた。

 

「ごめんな、タスク。ホンマはタスクの脇腹も診てやりたいんじゃけど、ウチ不器用じゃけえ、同時に真氣を送れんのんじゃ……」

「いや、氣功のことは俺はよく分からんがシュウに集中してやってくれ」

 

 腕を組んで壁を背に立つタスクはリンファに顔を向けて続ける。

 

「だが……ありがとう、リンファ」

「…………!」

 

 タスクの柔らかな笑みにリンファの頬が朱に染まった時、手術室の扉が開き、わずかに疲労の色を浮かべたパトリスとスレットが姿を現した。

 

「おっちゃん! ミロワは……⁉︎」

手術(オペ)は成功したが、出血量も多く意識を失ったままだ」

「いつ戻る……⁉︎」

 

 タスクの問いにパトリスは手術帽(キャップ)を外しながら首を振った。

 

「分からない。こればかりは本人の生きる力によるとしか言えない……」

「そうか……」

 

 タスクが肩を落とすと、威勢よくリンファが声を上げた。

 

「ウチらまで落ちとったらいけん! こういう時は声を掛けながら手を握っちゃるんじゃ!」

 

 手術室に駆け込もうとするリンファの襟首をスレットが掴み上げる。

 

「————ダメです! 重症患者の元に動物を近づけるのは!」

「動物じゃねえ! コイツはシュウじゃ! シュウの声を聞いたらきっとミロワも飛び起きるわ!」

「いけません! あなたはこっちにいらっしゃい! 汚れた身体と服を洗ってあげます!」

「わっ! やめえっ、何するんなら! タスク、助けてえっ!」

 

 スレットの謎の迫力に引っ立てられていくリンファからタスクはシュウを受け取った。

 

「その鳥は鷹……いや、隼か? 弱っているようだが、どうしたんだ?」

 

 パトリスが問うと、タスクはつらそうに眼を伏せて答える。

 

「コイツも俺たちの大切な仲間だ。その……ちょっとした事故で怪我を負ってしまった……」

「…………ハァ」

 

 タスクの返事にため息をついたパトリスはくるりと背を向けた。

 

「……やれやれ。動物は専門外なんだが……、それも鳥類か」

「…………?」

「何をボーッと突っ立っているんだ。診察室に連れて来なさい。一緒にキミも診てやろう。右の脇腹を痛めているんだろう?」

「…………!」

 

 

      ◇

 

 

「————これでよし、と……」

 

 タスクとシュウにテーピングを施したパトリスは椅子の背もたれに寄り掛かって大きく息を吐いた。

 

「二人とも肋骨が折れていたが、幸い内臓に傷は達していなかったから患部を固定して一ヶ月ほど安静にしていれば回復はするだろう」

コイツ(シュウ)はまた飛べるようになるのか⁉︎」

 

 向かい合ったタスクが椅子から立ち上がり声を荒げるが、パトリスはあくまでも冷静に答える。

 

「動物は専門外だと言っただろう。いずれ折れた骨はくっつくだろうが、以前のように飛べるようになるかは私には分からんよ」

「……そうか」

「それに、安静にしていればとも言った。何があったのかは知らないが、まずは自分の身体を(いたわ)ることだ」

「…………」

 

 パトリスの言葉に素直に従ったタスクは再び椅子に腰を下ろして頭を下げた。

 

「すまない、ミロワのことも含めて感謝する……!」

「仕事だよ。朝っぱらから叩き起こされた割増料金を払ってくれれば、感謝する必要もないさ」

 

 ニヒルな笑みを浮かべるパトリスにタスクは右手を差し伸ばす。

 

「申し遅れたが、俺は東国出身のタスク・クサカベと言う」

「パトリスだ。パトリス・ボナール。見ての通りのしがない開業医だ」

 

 二人が握手を交わした時、診察室のドアが乱暴に開け放たれた。

 

「————タスク、シュウ! 大丈夫か⁉︎」

 

 声に振り向くと、神州(しんしゅう)風の衣装からベージュのニットセーターと紺色のロングスカートに衣替えしたリンファの姿があった。

 

「……リンファ、その出で立ちは……?」

「ウチが湯浴みしとる間に、このおばさんに服を洗われてしもうたんじゃ……。それで、用意されたコレを着るしかのうて……」

 

 気恥ずかしそうにスカートを押さえるリンファの背後から女性の声が聞こえてくる。

 

「良かった……。サイズが合って……!」

「…………?」

 

 なにやら感慨深げなスレットの様子に気付いたタスクだったが、疑問を口にする前にパトリスが引き取った。

 

「彼女は妻のスレットだ」

「先ほどは驚かせてしまい申し訳なかった、スレット殿」

「いえ、いいのよ。それより、あなたたち二人ともヒドい顔をしているわ。使っていない部屋があるから、良かったら休んでいきなさい」

 

 指摘された通り、昨夜からの死闘によってタスクとリンファの身体は深い疲労感に支配されていた。

 

「いや、そこまで甘えさせてもらうわけには————」

「今さら何を遠慮しているの。せめてミロワさん?が目覚めるまで居たらいいわ」

「しかし……」

「術後すぐに患者を動かすのは医者として許可できない。それに、ウチとしては入院費さえ支払ってもらえれば、いくらでも長居してもらって構わないさ」

「……パトリス殿がそう言われるのであれば……」

 

 二人に押し切られる形でタスクが承諾すると、リンファが腰に手を当てて声を張り上げる。

 

「ほんならタスクたちは休ませてもらっといたらええわ! ウチ、ヘイワンたちの様子を見てくる!」

「リンファ。だが、お前も疲れているのでは……」

「大丈夫じゃ! ウチは大きな怪我もしとらんし、(はよ)うヘイワンたちを安心させちゃらんと!」

 

 言うなりリンファはスカートをひるがえして飛び出して行った。

 

「……まるで台風のように騒がし……いや、活発なお嬢さんだな」

「…………」

 

 パトリスの率直な感想にタスクが苦笑し、スレットは口元に手を当てて微笑(ほほえ)む。

 

「さあ、タスクさん。あなたも身体を清潔にして休みなさい。この鳥さんは私たちが見ていてあげるから」

「……では、お言葉に甘えさせていただく……!」

 

 タスクは表情を引き締め、パトリスとスレット夫妻に深々と頭を下げた。

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