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【完結】鏡合わせのミロワール  作者: 知己
第10章 グロンダンの死闘

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第81話 死闘の果てに

 ゼンマ渾身の大上段を受け止めたタスクの刀身に一筋の亀裂が走り、次の瞬間には甲高い音を立てて真っ二つに切断された。

 

(…………ッ‼︎)

 

 まるで自らの魂を斬られたように眼を見開いたタスクだったが、瞬時に気を取り直し追い詰められていた壁際から脱出した。

 

 回り込んで構えを取ったものの対手に向けられるべき切っ先は存在せず、(つか)のみとなった愛刀を握り締めるタスクの顔に濃い動揺の色が走る。

 

「ここまでだな。得物が折れてしまっては闘えまい……!」

「……く……ッ!」

 

 ゼンマの指摘に歯噛みしたタスクは折れた愛刀を打ち捨てると、懐から匕首(あいくち)(短刀)を取り出し逆手(さかて)に構えた。

 

 不屈とも無謀とも捉えられるその様子にゼンマは失笑を禁じ得ない。

 

「その不屈の精神、見事と言いたいところだが、貴様も扶桑(ふそう)の民ならば潔く諦めたらどうだ? 一切苦しむことなく終わらせてやろう」

「……俺の魂はまだ死んでいない————オン マリシエイ ソワカッ!」

 

 タスクが真言を唱えると、猛々しさに満ちていた顔つきが柔和なものに変わり、烈火の如き髪色が高貴さを漂わせる金色(こんじき)へと染まった。

 

「……『摩利支天(マリシテン)』か……」

 

 鼻を鳴らせてつぶやいたゼンマを七人(・・)となったタスクが取り囲む。

 

『————行くぞッ‼︎』

 

 七人のタスクが同時に号令を上げて襲い掛かるが、ゼンマは冷めた眼つきで吐き捨てる。

 

「くだらん……ッ!」

 

 前方の二人を一刀の元に斬り捨てると、左右と後方から襲い来る四人を背の四本の腕が伸びてその頭を握り潰した。

 

 瞬く間に屠られた六人の死体が陽炎(かげろう)となって消失する。

 

 ゼンマは残った一人————本体のタスクに太刀を突き出し()めつけた。

 

「このような子供騙しが本気で私に通じると思っていたのか……⁉︎ あまり落胆させてくれるな……‼︎」

「…………」

 

 しかし、タスクは反論することもなく無言で新たに四体の分け身を生み出した。

 

「……やめろ……! 見苦しいぞ……ッ‼︎」

 

 ゼンマは淀みなく前進しながら片手にて一人ずつ斬り倒していく。

 

「分け身を生み出していく度に一体一体の強度は落ちていく。いたずらに時を稼いで、その先に何があるのだ……⁉︎」

 

 最後の一体を斬り伏せたゼンマに本体が挑み掛かるも、得物の差は如何(いかん)ともし(がた)く、軽く匕首を弾かれたタスクは頭部を掴まれ宙吊りにされた。

 

 万力の如き腕力(かいなぢから)にタスクの頭蓋がミシミシと嫌な音を発する。

 

「ぐ、あ……ッ」

「終わりだ……! 最後はやはり我が太刀にて……‼︎」

 

 タスクの心の臓に照準が合わされたその時————、

 

「————ッ⁉︎」

 

 突如ゼンマが顔を歪めて、掴んでいたタスクの頭を離した。同時に右手の制御も失い、魂というべき太刀がゴトンと音を立てて地面に転がった。

 

「…………な、何……⁉︎ か、身体が……言うことを、聞かん……⁉︎」

 

 全身の力が抜けていく感覚を覚えたゼンマはその場に膝を突いた。やがて、暗緑色の肌が人間(ひと)のものへと戻っていき、背から伸びていた四本腕も消え失せた。

 

「……こ、これは……ッ⁉︎」

「————時間切れだ」

 

 飛び掛けた意識を取り戻すようにフルフルと頭を振ってタスクが続ける。

 

(もろ)き人の身に神の力を宿すのだ。持ち(こた)えられる時にも限りはある。それが強大な力を持つ神であるならば尚のこと短い」

「…………そ、そんなことを……、この私が、失念していただと……⁉︎」

「本物の善磨(ぜんま)殿ならばあり得ないことだろう。だが、『鏡人(かがみびと)』の強烈な殺意が理性を塗り潰してしまった……」

「…………‼︎」

 

 自らも『神降ろし』を解いたタスクは地に落ちたゼンマの太刀を手に取った。

 

「強すぎる憎しみの炎は(おの)が身すらも焦がす————。この旅で俺が得た教訓だ」

「…………ッ」

 

 咎人(とがにん)の如くうなだれるゼンマの首筋に(おのれ)の刃が押し当てられる。

 

「……認めぬ……ッ! このような騙し討ちで私に勝ったつもりか……ッ‼︎」

「さらばです、善磨殿————」

「……『(あるじ)』————ッ‼︎」

 

 

       ◇

 

 

 ————『鏡人(ミロワール)』の反応を追って工場へ辿り着いたミロワとリンファが見たものは、首を落とされた『鏡人(ミロワール)』の死骸と、その前で礼儀正しく座するタスクの物悲しき姿であった。

 

『タスク!』

 

 二人の侠女が同時に呼び掛けると、タスクはゆっくりと顔を向けた。

 

「……ミロワ、リンファ。生きていてくれて良かった」

 

 振り向いたその表情(かお)に達成感などは微塵も見られず、どこか喪失感すら感じさせるものであった。

 

「……終わったのね……」

 

 同じ表情でつぶやいたミロワは『鏡人(ミロワール)』の死骸に両手を合わせて眼を閉じた。

 

月代(つきしろ)様、どうか安らかに————」

「おいっ! ミロワ!」

 

 繋ぎ止めていたものが切れたのか、不意に意識を失ったミロワを慌ててリンファが抱きかかえた。

 

「どうした、ミロワ⁉︎」

「すまん、タスク! ミロワは一人でルゥインとパイフゥの相手をして重傷を負ってしもうたんじゃ! シュウも!」

「…………‼︎ ここにはいずれ役人たちがやって来る。面倒になる前に離脱しよう!」

「了解じゃ!」

 

 タスクはゼンマの太刀を手に取ると、改めて死骸に向けて頭を下げた。

 

(……善磨殿、しばしあなたの魂を借り受けます。どうかお許しを……!)

 

 太刀を背負ったタスクは、リンファとミロワの後を追って死闘の場を後にした————。

 

 

      ◇ ◇

 

 

 ————その頃、首都・ロワゴールのジャンは川沿いの道を物思いに(ふけ)りながら散歩していた。

 

 この道は首都の住民たちに人気の散歩コースであり、すでに陽は落ちているもののランニングや犬の散歩などで人通りはそれなりにあるが、考えごとをしているジャンにとっては視界に入ってはいても特に意識を向ける対象ではない。

 

(……アニキにミロワちゃんにリンファちゃんにシュウ、ちゃんとグロンダンに着いてんのかな……)

 

 その時、肩に軽い衝撃を感じたジャンは前方から歩いて来た男とぶつかったことに気が付いた。

 

「あ、すんません」

「…………」

 

 素直に詫びるジャンに対し、男は何の反応も見せずに歩いて行ってしまった。

 

「……チッ。なんだ、アイツ」

 

 舌打ちをしたジャンは気を取り直して思案を続ける。

 

(……いつまでもハカセのヒモやってるワケにもいかねえよなあ…………ん?)

 

 ふと、何かに気付いたジャンは足を止めて振り返った。視線の先には今し方肩がぶつかった男の後ろ姿が見えるだけで特におかしな状況ではない。

 

「…………?」

 

 それでも何か言い知れぬ違和感を覚えたジャンだったが、その正体を言葉にすることは出来ず、ポリポリと頭を掻いた後、散歩を再開した。



  ———— 第11章に続く ————

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