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【完結】鏡合わせのミロワール  作者: 知己
第10章 グロンダンの死闘

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第80話 超えた憎しみ

 ————人気(ひとけ)のなくなった真っ暗な工場の窓ガラスを何かが音を立てて突き破った。

 

 強烈な勢いそのままに床に叩きつけられたソレ(・・)はゴロゴロと数メートルほど転がり、なにやらローラー状のものが無数に連なる大型機械にぶつかってようやくその動きを止めた。

 

「……く……ッ」

 

 呻き声を漏らしてタスクが立ち上がると同時にブチ破られた窓枠が収まった壁面がまるで豆腐のように斬り裂かれ、六本腕のシルエットの怪物がヌッと姿を現した。

 

「……おやおや……。それほど強く腕を振ったつもりはなかったのだが、随分と吹っ飛んでしまったな」

「…………!」

 

 『大元帥明王ダイゲンスイミョウオウ』の力を宿したゼンマが眼を細めて歩を進め、タスクが全身の痛みに耐えながらも迎え撃つ構えを見せたその時————、

 

「————誰かいるのか……⁉︎」

 

 ゼンマがこじ開けた入り口から小さな明かりと共に男の声が響いてきた。

 

 懐中電灯と(おぼ)しき光が探るような動きを見せ、まず赤髪姿のタスクを照らした。

 

「…………!」

 

 光を反射する刀身を眼に収めた男が、銃口を向けて威嚇の声を上げる。

 

「貴様……工場の関係者ではないな……⁉︎ まさか、表の事故は貴様の————」

「役人か……」

「————ッ⁉︎」

 

 タスクが口を開く前にゼンマが声を発し、通報を受けて臨場したと見られる警官は懐中電灯をそちらに向けた。

 

 暗緑色の肌に盛り上がった六本の腕を持った怪物の姿が照らし出され、警官は血の気を失った。

 

「……ば、化物————ッ‼︎」

「逃げろッ‼︎」

 

 タスクの叫びも虚しく、ゼンマに一刀両断にされた警官の手から転がった懐中電灯が入り口の方へ向けられた。

 

「…………おい? どうした————ッ⁉︎」

 

 次いで、殺された警官の相棒(ペア)らしき男が顔を覗かせたが、真っ二つになった相棒の無残な姿を眼にしてその場にへたり込んだ。その首筋に血塗られたゼンマの太刀が押し当てられる。

 

「……お前は逃してやろう。加勢の者を引き連れて戻って来るがいい」

「ッひぃぃぃぃ————ッ‼︎」

 

 ゼンマが太刀を引くと、腰を抜かした警官は這うようにして去って行った。

 

「————ゼンマァッ‼︎」

 

 タスクの渾身の一刀をゼンマは背を向けたまま何気なく受け止めた。ゆっくりと振り返り、弟子に教授するように口を開く。

 

「……先ほどから気になっていたが、声を上げて斬り掛かるのは関心しないな。みすみす対手に心構えの()をくれてやるようなものだ」

「…………ッ」

 

 ゼンマの指摘に歯噛みしたタスクは矢継ぎ早に斬撃を繰り出した。

 

 しかし肋骨(あばらぼね)を折られた影響か、その剣に普段の鋭さは見られず、全て軽々と受けられる始末。

 

 再び至近距離で睨み合う格好となると、苦しげな表情のタスクにゼンマが涼しい顔で問い掛ける。

 

「それほど私を斬りたいか……?」

「お前を止めなければ、大勢の人々が犠牲になる……!」

「……お為ごかしは()せ」

「なに……⁉︎」

 

 心外といった様子のタスクにゼンマが続ける。

 

「————貴様は鏡花(きょうか)殿に肉親以上の情を(いだ)いていた……」

「…………‼︎」

 

 いつか見た夢の中の出来事が蘇り、タスクは大きく眼を見開かせた。

 

「貴様は鏡花殿を姉ではなく、一人の女性として慕っていたのだ……!」

「…………」

「貴様が私を超えたがっていたのは純粋な向上心からではない。愛する女を自分から奪う邪魔な私が憎かったのだ————ッ‼︎」

「…………ッ」

 

 ゼンマの鋭利な言葉にタスクは身を斬られたようにうなだれた。

 

 その隙にとどめを刺さんと再びゼンマの背の腕がザワザワと蠢き出す。

 

「————そうだ。俺は……姉上を一人の女性として愛していた……!」

「…………!」

 

 暴かれた心の内を素直に認めたタスクに、蠢動していたゼンマの腕がピタリと動きを止めた。

 

 ゆっくりと顔を上げたタスクの眼に迷いや動揺の色は見られない。

 

「俺は善磨(ぜんま)殿のことを尊敬していたが、心の奥底では憎んでもいた。俺と姉上の前から居なくなってしまえばいいと思っていた————だが、俺はもう憎しみは超えた。お前(ゼンマ)を斬るのは善磨殿の無念を晴らすためだ……‼︎」

「————ッ!」

 

 一切の憎しみから解き放たれたタスクの澄んだ眼光に見据えられたゼンマは顔を大きく歪ませた。

 

「…………まれ」

「ゼンマ————」

「————黙れえッ‼︎」

 

 怒号を上げてゼンマが腕を振り払い、タスクはその衝撃を受け止めきれずに後方へと吹っ飛ばされた。

 

「……薄汚い人間が綺麗事を抜かすな————ッ‼︎」

 

 豪快に壁面に打ち付けられたタスクに間髪入れずゼンマの怒涛の追撃が迫る。

 

「私を憎めッ! 欲望のままに刃を振るえッ! それが貴様ら人間どもの悪しき本性だッ‼︎」

「……違う……ッ」

「まだ言うかッ‼︎」

 

 それまで両手で(つか)を握っていたゼンマだったが、背の四本腕が合力(ごうりき)するように強く添えられた。

 

「……受けよ、我が渾身の一太刀————‼︎」

 

 六本の腕で握られたゼンマの大上段をタスクが受け止めた瞬間————、

 

「…………ッ‼︎」

 

 十年前に故郷を出立して以降、共に幾度も危機を乗り越えてきた愛刀に一筋の亀裂が走った————。

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