第79話 自由への解放
————三日月を彷彿わせる二振りの刃が眩い輝きを放ち夜の闇を奔る。
超高速で繰り広げられる絶技の応酬の中で、リンファは対手であるルゥインの異変を感じ取った。
(……おかしい……、偃月刀を振るう度にルゥインの技のキレが落ちてきている……。これは誘いの手……?)
不意に繰り出された横薙ぎの一手は姉弟子の得意技だったはずだが、キレも重みもまるで感じられない。
それ故にリンファは警戒心を強め、平凡な横薙ぎを下方から跳ね上げると、青龍戟を中段に構えて様子を窺った。
「…………!」
得物を跳ね上げられた衝撃によって体勢を崩したルゥインはまたしても片膝を突いた。その様子にリンファの眼が大きく見開かれる。
抜群の平衡感覚を誇るルゥインがこの程度のことでバランスを崩すはずがないのだ。ましてや、無様にも膝を突くなど————。
「ルゥイン、お前……!」
「…………」
無言で立ち上がったルゥインだったが、腹部を染める血痕は明らかに先ほどよりも広がりを見せていた。
「その腹の傷……ミロワに付けられたモンじゃな……⁉︎ やっぱり、ミロワはただではやられんかったんか……」
「……だとしたらなんだと言うのだ……!」
吐き捨てたルゥインは再びリンファを討つべく襲い掛かるも、自慢の偃月刀から繰り出される技はやはり時間の経過と共にその精度を落としていく。
リンファは攻撃を躱しながら苦しげに顔を歪ませた。
「……もうええ。やめえ……!」
「黙れ。『主』の命は絶対だ……!」
完全に傷が開いたと見えるルゥインの腹部からは鮮血がしたたり始めていたが、それでも得物を振るう手を止めない。
「…………ッ」
師父ですら畏怖の念を抱いていた誇り高き姉弟子が自らの命を顧みることなく、まるで操り人形のように動いている。その様子にリンファは音が聞こえてきそうなほど強く歯噛みし、得物を握る力をグッと強めた。
「————ルゥインッ‼︎」
悲しみに苛立ち、憧れに怒り、様々な感情が入り混じった叫び声を上げてリンファが青龍戟を打ち払うと甲高い金属音と共に偃月刀が宙を舞い、勢いよく地面に突き刺さった。
「……ここまでじゃな、ルゥイン————ッ⁉︎」
得物を失ったルゥインだったがそれでも怯む様子を見せることなく、空になった手をリンファに向けてかざした。
(————指弾!)
至近距離で発射された指弾を間一髪、青龍戟を盾にして防いだリンファだったが、その間に間合いを詰めたルゥインの拳打が雨霰と降り注ぐ。
「…………!」
青龍戟の間合いの中に入られたリンファは打撃を数発まともに受けてしまったが、大地を裂き岩をも砕くはずのルゥインの拳にかつての威力は伴っていなかった。
痛みではなく、悲しみにより再び激しく歯を食いしばったリンファは得物である青龍戟を投げ打ち、右の掌に全身の真氣をかき集めた。
「……もう、終わりじゃ————ッ‼︎」
リンファの渾身の掌打を胸に受けたルゥインは動きを止め、一筋の鮮血が口の端から流れ落ちる。
「…………いい、掌打だ……」
ゆっくりと倒れ込んだルゥインをリンファが複雑な表情で見下ろした。
「……ここまでか。『主』、力及ばず申し訳ありません……」
「なにが『主』じゃ……! ウチの師姉とおんなじ顔で情けねえこと言うな……‼︎」
口惜しげに拳を握るリンファを見上げてルゥインがつぶやく。
「……私は敗れたが、今は、悪くない気分だ……」
「なんじゃと……⁉︎」
「……故郷の山奥で……、己を高めるばかりで死んでいくはずだった私が、師父という壁を越え、広大な大地を思い切り駆け廻り……、修めた技を思うままに振るうことが出来た。私は、満足だ……!」
「…………‼︎」
姉弟子の秘められていた心情を聞いたリンファは顔を大きく歪ませた。
「……なにが満足なら……! 一人で勝手に納得すんな……! ウチが越えたかったんは手負いのお前じゃのうて、万全な状態の師姉じゃったんじゃ……っ‼︎」
妹弟子が流した無念の滴を頬に受けたルゥインは薄く笑みを浮かべて眼を閉じた。
「……それでは、このまま永遠に勝ち逃げとさせてもらおうか————……」
「ッ師姉————」
伸ばした指が触れる前にルゥインの命の灯火が燃え尽き、その肉体は無機質な鏡面へと姿を変えた。
「…………」
鏡に映った涙顔の自分を眼にしたリンファは涙を拭ってその場にひざまずいた。
『————どうか安らかにお眠りください。路影師姉……‼︎』
姉弟子の姿を写し取った『鏡人』の遺骸に向けて三度頭を下げたリンファはおもむろに立ち上がり、ミロワとシュウの元へ歩み寄った。
「……リンファ」
意識を取り戻したミロワが呼び掛けると、リンファは懐から包帯を取り出し巻き始める。
「……ウチの力だけじゃ勝てんかった。お前とウチ、二人の力でようやく倒せたんじゃ……」
「…………」
「……ミロワ、ウチの師姉は強かったじゃろう……?」
「ええ、あなたの姉弟子は本当に強い女だったわ」
ミロワの言葉に感謝するようにうなずいたリンファは包帯を巻き終え声を掛ける。
「どうじゃ、ミロワ」
「……『鏡人』がまだ一つ残っているわ」
再びうなずいたリンファはミロワに肩を貸して尋ねる。
「行けるか?」
「ありがとう、大丈夫よ。タスクの元へ行きましょう」
「ピッ」
激闘を終えた二人と一羽は傷ついた身体を動かし、今なお死闘を繰り広げている仲間の元へと歩き出した。




