第78話 迫り来る殺意
『————作業員は工場長の指示に従って落ち着いて非常口から非難して下さい。なお、停電の原因については不明————……』
けたたましい警報ベルの音と共にスピーカーから避難を促す放送が流れ、大勢の作業員が我先にと工場を後にする。
しかし、押し合いへし合いながら工場の敷地内へと脱出した作業員の頭上から巨大な棒状の何かが落下し、下敷きとなった数十人の人間の尊い命が一瞬の内に奪われた。
この異常事態に、圧迫死を免れた作業員たちの叫び声が警報ベルに混じって響き渡る。
「ウワアァァァァッ! 電柱が‼︎」
「なんで電柱が倒れてくんだよ⁉︎」
「知るか! 早く逃げろッ‼︎」
「待て! まだ生きてる奴が————」
だがその声は輪切りになった電柱の第二陣、第三陣の落下によって途切れてしまった。
「……大多数の人間には逃げられてしまったか。まあいい、後で街ごと燃やし尽くしてしまえば同じことだ」
工場の屋上に佇むゼンマが電柱の下敷きとなった作業員たちの死体を見下ろしながらつぶやいた。その表情は踏み潰された昆虫の死骸を視界の端に収めた人と何ら変わりない。
「————ゼンマァッ‼︎」
赤髪姿のタスクが怒号を上げて斬り掛かるが、その一刀はゼンマの太刀によって容易く受け止められた。
こめかみに青筋を浮かべ両の手で押し込もうとするタスクだったが、涼しい顔のゼンマは右手一本で軽々と押し返す。
「ク……ッ!」
「……ふむ……」
拍子抜けといった様子でゼンマが鼻を鳴らすと同時に、背中から生えた四本の腕がタスクの身体を掴み上げ宙吊りにする。
「『大元帥明王』は『不動明王』の火焔や『金剛夜叉明王』の雷のような特殊能力がない代わりに、その戦闘能力は比べものにならない。その点では貴様の『毘沙門天』と同様だが、四天王筆頭と言えどこの程度か……」
「なに————ッ⁉︎」
反論しかけたタスクの脇腹をゼンマの左拳が強かに打ち据えた。
「————ッ‼︎」
肋骨の折れる音に続いて強烈な衝撃がタスクを襲い、その身体は屋上の柵を飛び越え豪快に吹っ飛ばされた。
「…………ッ」
地面に激突する寸前で身をひねりなんとか着地したタスクはすぐに体勢を整え、今しがた突き落とされた屋上へと顔を向けた。しかし、突き落とした相手の様子を確認するために顔を覗かせると思われたゼンマの姿は一向に見えない。
(……どこに————ッ!)
背後からの鋭い殺気を感じ取ったタスクが瞬時に身体を回転させると、肩甲骨スレスレを太刀が通過する。タスクは恐るべき突きを外した勢いそのままに回転斬りを放った。
横薙ぎの一閃が暗緑色の皮膚を持った男の首を飛ばすと思われたが、その切っ先は筋張った二本の指に挟み取られた。
「良い反応だが、この技は以前見せてもらったのでな————ッ⁉︎」
ゼンマの右脇腹にタスクの足刀が深々と突き刺さった。ゼンマがわずかに顔をしかめた隙にタスクは蹴りの反動を利用して距離を取る。
「…………」
ゼンマは蹴りを受けた脇腹をさすりながら口を開いた。
「先ほどのお返しという訳か。だが、幸いにしてこちらは骨にまで届いてはいないようだ」
「…………!」
その言葉に、同じく右脇腹に手を当てていたタスクの額から脂汗が浮かび上がる。
眼を細めてその様子を確認したゼンマは脇腹から手を離し、電柱の下敷きとなり絶命した作業員たちの死体を尻目に前進を始めた。
「やはり貴様は油断ならんな。少しずつ少しずつ、着実に損傷を与えて必ずやその命、刈り取ってくれる……‼︎」
「…………!」
額の汗を拭ったタスクは気を引き締めるように息を吐き刀を構え直した。
◇
————一方、ルゥインとの二度目の一騎打ちに持ち込んだリンファは対手の苛烈な攻撃を捌きながら、ある異変に気付いていた。
(……やっぱり、ルゥインの技に以前の時ほどのキレがない。私が憧れていた師姉の腕はこんなものじゃない……!)
表情こそ変わらないがルゥインが得物を振るう度に、腹部の赤いシミがその面積を次第に増していった————。




