第77話 対極の姉妹
前のめりに倒れ込み、それきり立ち上がれないミロワの元へ血相を変えたリンファが駆け寄る。
「————ミロワッ‼︎」
得物を放り出し抱え起こしてみると、袈裟がけに斬り裂かれた胸元は真っ赤に染まっており、リンファは傷の深さに息を呑んだ。
「…………う……」
「ミロワ‼︎ しっかりせえッ‼︎」
「……ごめん、なさい……。あなたが戻って、来るまで持ち堪えられなかった……」
「しゃべらんでええ! いま止血しちゃる‼︎」
「————それを許すと思っているのか……⁉︎」
ミロワの命の灯火が尽きていないことに安堵したのも束の間、冷たい殺意に満ちた声音が割り込んだ。
「ルゥイン……‼︎」
振り向いた先には、掲げた偃月刀を今にも振り下ろそうとしているルゥインの姿があった。
「二人まとめて斬り殺————」
「ピィィッ‼︎」
耳をつんざくような金切音と共に何かが飛来し、ルゥインの視界に覆いかぶさった。
「む……!」
「シュウ! すまん、時間を稼いでくれ!」
「ピッ‼︎」
高らかに返事をしたシュウはルゥインの周りを高速で飛び回り、挙動を遮るように纏わりついた。
「……鬱陶しいハヤブサめ……ッ⁉︎」
懸命に邪魔をするシュウをまず片付けようと腕を振り上げたルゥインだったが、その瞬間、わずかに顔を歪ませてまたしてもガクリと膝を突いた。
「その調子じゃ、シュウ!」
好機とばかりに瀕死のミロワに向き直ったリンファは彼女の胸の経穴を突いて出血を差し止めた。
溢れ出る血液と同調するように荒くなっていた呼吸が次第に落ち着きを見せ始め、リンファの顔に笑みがこぼれた。
「よっしゃ! もうええぞ、シュウ!」
「ピピッ!」
「————調子に乗るな……!」
片膝の姿勢のルゥインが指を弾くと、微かな風切り音が生じた後、シュウの小さな身体が弾け飛んだ。
「ピィッ‼︎」
「シュウッ‼︎」
地面に打ち付けられたシュウをリンファは両手で優しく抱え上げる。
「シュウ! 大丈夫かっ⁉︎」
「……騒ぐな。人間以外の生物を殺すつもりはない」
立ち上がったルゥインはいつもの無機質な表情へと戻っていたが、その腹部には円形の赤い染みが広がっていた。
「…………ピ、ピィィ……」
充分に手加減されていたとは言え、ルゥインの指弾を受けたシュウが弱々しく鳴き声を上げた。
「シュウ、お前のおかげでミロワは大丈夫じゃ。ホンマにようやってくれたわ。お前も少し休んどってくれ……‼︎」
「……ピィ……」
「今まで言えんかったけど、初めて会うた時、お前のこと乱暴に掴んで悪かったわ。すまんかった、シュウ……‼︎」
リンファの心からの謝罪を受けたシュウはかすかに首を振ってさえずる。
「……ピッピ……!」
「ありがとうな……!」
シュウの身体を気を失っているミロワの脇にそっと下ろしたリンファはゆっくりと振り返った。
「別れの挨拶は終わったか……⁉︎」
「…………」
いつも以上に冷めた顔つきのルゥインに声を掛けられたが、リンファはそれに答えることなく、伏して今にも命が尽きようとしている白虎へと視線を向けた。
「……アイツは白虎じゃったか。お前はアイツに声を掛けちゃらんのか……?」
「労いの言葉ならくれてやった」
一瞥もくれることなく言い放つルゥインとは対照的にパイフゥは生気の乏しい瞳を主人へと向けていたが、ついにその双眸は閉ざされ永遠に開かなくなった。
「…………」
生命を停止したパイフゥから姉弟子と鏡合わせの女に視線を戻したリンファは次の質問を投げ掛ける。
「……アイツはお前の相棒なんじゃなかったんか……⁉︎」
「人間どもが『晄石獣』と呼称しているアレは、我ら『鏡人』の手足となるよう『主』に命じられている。それ以上でもそれ以下でもない」
「…………」
再び黙り込んだリンファは地面に放られた青龍戟をおもむろに手に取った。
「……もうええ」
「なに……?」
無表情で訊き返したルゥインに対し、リンファは静かな怒りに満ちた瞳をぶつける。
「これ以上、ウチの師姉を汚される前にウチがお前を止めちゃる……‼︎」
「出来るものならやってみるがいい……!」
それぞれの得物を手に、神州の姉妹弟子が向かい合った。




