第76話 海上大決戦
ミロワと離れたリンファは新たに現れる三人目の『鏡人』を倒すために港へ向かっていた。
(ミロワ……! 私が戻るまでなんとか耐えていて……‼︎)
たった一人で二体の強敵を抑え込むことを願い出た仲間の元へ一刻も早く戻るため、リンファの脚は限界を超えた速度で突き進んでいく。
◇
————到着した港では倉庫の扉が全て閉じられており、わずかに明かりがポツポツと灯っているばかりで人の姿は見えなかった。
(……流石に夜間は漁に出ないようね。『鏡人』はどこに……⁉︎)
息を整えキョロキョロと辺りを見回すが、十数艘ほどの船が帆を畳んで停泊しているだけで特に何か破壊された様子もなく、リンファはホッと胸を撫で下ろした。
(『鏡人』はまだ来ていない……? ミロワの話だと海上から向かって来るらしいけど……、来るんなら早く来なさいよ……!)
安心した後に生まれた焦る気持ちを押し殺して深呼吸したリンファは、改めて停泊中の船に眼を向けた。
(……神州では見たことのない鉄製の巨大船……。これも大量の『晄石』で動いてるのね————⁉︎)
その時、遠くの海上に浮かぶ何かに気付いたリンファは驚きつつも眼を凝らした。
(……あれは————人……⁉︎)
漁で使う銛のようなものを携えた赤毛の青年が猛スピードで港へと向かって来ている。だがリンファが驚いたのはその速度ではなく、青年の佇まいであった。
『鏡人』と見られる青年は|直立不動の姿勢で全く脚を動かすことなく《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》、海上を滑るようにして移動しているのである。
(海上が凍っているわけでもないのに、一体どうやって……⁉︎ それに脚を全く動かさずに走れるわけがない……!)
しかし、その謎は呆気なく解けた。
「————な、なんじゃあ⁉︎」
リンファが驚きの声を上げたと同時に黒と白の二色で構成された流線形の巨大な物体が海中から姿を現した。赤毛の『鏡人』は海面スレスレを進む巨大魚らしき『晄石獣』の背に立っていたのだ。
夜の闇に溶け込むような無色角を額に携えたシャチ型『晄石獣』は愛らしい見た目に似つかわしくない鋭き牙を露わにすると、突然停泊中の船に噛み付いた。
「ギャアァァァッ‼︎」
「ああアァァッ‼︎」
シャチ型『晄石獣』が噛み付いた先は船室だったのだろう、闇夜に男たちの悲鳴が響き渡った。
「あの魚! 見た目と違うて全然可愛うねえ!」
義憤に駆られたリンファは討伐に乗り出そうとしたが、相手は海中を縦横無尽に動き回っており、山育ちでさほど泳ぎが得意ではない自分では分が悪いと思い直した。
「ああ、もう! どうやったらええんじゃ……⁉︎」
何か突破口になるものがないかと周囲を見回したリンファの眼にある物が飛び込んで来た。
————シャチ型『晄石獣』を操り船を攻撃する赤毛の『鏡人』は満足そうに口の端を歪めた。
「よし、まずは母なる海を汚すこの鉄の船を破壊し、ゼンマとルゥインに合流する————」
「やめえ————ッ‼︎」
背後から聞こえた大声に赤毛の『鏡人』が振り返ると、青龍戟を肩に担いだ女が海上を跳躍し接近して来る姿が見えた。
(あれは……裏切り者と共に『主』に仇をなす人間か……! だが、距離が遠すぎる。海に落ちたところを狙い打つ……!)
予想通り途中で空中のリンファが失速し、赤毛の『鏡人』はまたもほくそ笑んだが、次の瞬間、細められていた眼が驚愕で見開かれた。
「————な……⁉︎」
リンファは着水する寸前で手にした木片を水面へと浮かべ、それを足掛かりにして再び跳躍をしてのけたのである。
「……なんて人間だ……! あんな小さな木片が沈み込む前に次の跳躍に移っただと……⁉︎」
赤毛の『鏡人』が愕然としている間にリンファは最後の跳躍を敢行し、青龍戟を大上段に振りかぶった。『鏡人』も得物の銛を手に迎え撃つ構えを見せる。
「いいだろう……! 相手をしてやる。我が名は————」
「————うっさいんじゃッ‼︎」
リンファの渾身の振り下ろしは赤毛の『鏡人』が名乗りを上げる前に足元のシャチ型『晄石獣』をも巻き込んで両断せしめた。
「……そ、そんな……、まだ……名乗ってない……ッ」
「ッどんなもんじゃ————あっ!」
見事に敵を討ち果たしたのも束の間、手持ちの木片が切れたリンファは豪快に落水してしまった。
「……っぶはッ!」
数秒後、海面から顔を出したリンファは『鏡人』と『晄石獣』の脅威が去ったことを確認すると、岸に向かって泳ぎ出す。
(……ごめんね、タスク。本当はあなたのところに飛んで行きたいけど、今はミロワの加勢に戻らないといけないの……‼︎)
◇ ◇
————濡れそぼった衣服にも構わず大急ぎで戻ったリンファが目撃したものは、こちらに背を向けて薙刀を構えるミロワに、息も絶え絶えといった様子で伏せるパイフゥ、そして苦しげに片膝を突いたルゥインの姿であった。
その様子にリンファが笑みを浮かべると、パイフゥが多量の鮮血を吐き出し完全に崩れ落ちた。
「ミロワ! やったんじゃな————」
「————よくやった、パイフゥ……!」
「え……?」
偃月刀を支えにしてルゥインが立ち上がると同時に、ミロワの身体がぐらりと傾ぎ出した。
「ミロワ……⁉︎」
「…………」
リンファの呼び掛けに答えることなくミロワは地面に倒れ込んだ。
やがて身体と地面の隙間から真紅の水たまりが広がりを見せ、リンファは声を限りに叫んだ。
「————ミロワァッ‼︎」




