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【完結】鏡合わせのミロワール  作者: 知己
第10章 グロンダンの死闘

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第74話 無知は罪なり

 ————飛翔するオオワシ型『晄石獣(ジェムート)』に掴まり遠ざかるゼンマに追いつくため『韋駄天(イダテン)』の力を宿したタスクは(ほぞ)を噛んだ。

 

(……ロワゴールの二の舞を防ぐために街の外で待機していたことが裏目に出てしまった……‼︎)

 

 凄まじい脚力を用いた跳躍力で一気に外壁を登り切ったタスクは闇夜を駆けるオオワシの飛行経路を眼で追った。

 

(あの方向は……まずは工場の破壊が目的か————!)

 

 その予想に(あやま)たず、オオワシ型『晄石獣(ジェムート)』は港の近くに立ち並ぶ工場地区まで飛翔すると、上空を悠々と旋回し始めた。

 

 その間にもゼンマは『不動明王(フドウミョウオウ)』を降ろし、『迦楼羅(カルラ)(エン)』を放つべく力を蓄えていた。

 

(駄目だ……! 『韋駄天(イダテン)』の跳躍力を()ってしてもこの距離では……‼︎)

 

 工場地区で一番の高さを誇る煙突へ駆け登ったタスクだったが、オオワシ型『晄石獣(ジェムート)』は彼の刃圏外を飛行しており一切の打つ手は無い————かと思われた。

 

「……まずは工場を潰し、その後、この欲に(まみ)れた悪しき街を燃やし尽くしてくれる————⁉︎」

 

 今にも『迦楼羅(カルラ)(エン)』を放とうとしたその瞬間、ゼンマの視界の端を黒っぽい何かがかすめた。

 

「クギャアァァァッ‼︎」

 

 一拍遅れてオオワシ型『晄石獣(ジェムート)』が苦悶の声を上げ、ガクンと高度が下がった。

 

「————何ッ⁉︎」

 

 異変を感じたゼンマが攻撃を中止し見上げると、オオワシ型『晄石獣(ジェムート)』の左眼が何者かによって潰されていることに気が付いた。

 

 予想外の事態に眉根を寄せるゼンマの眼前を一羽のハヤブサが横切っていく。

 

「貴様……ッ!」

「————シュウ。お前は本当に頼りになる相棒だ……!」

 

 シュウと入れ違うように、目一杯跳躍したタスクが刀を振り下ろす。ギリギリ届いたこの斬撃で哀れにも素っ首を落とされたオオワシ型『晄石獣(ジェムート)』は掴んだゼンマ諸共墜落していく。

 

 大工場の屋上へ同時に着地したタスクとゼンマは刀を構えて向かい合った。

 

「…………」

 

 ゼンマは見事に思惑をぶち壊してくれたハヤブサに忌々しげな視線を送るが、シュウは優雅な動作でタスクの伸ばした左腕に止まってみせる。

 

「シュウ、助太刀感謝する。ミロワとリンファの元へ戻ってやってくれ」

「ピピ……?」

 

 心配そうに首をひねるシュウの大きな瞳を見つめながらタスクが続ける。

 

「大丈夫だ。今度は必ず勝ってみせる……‼︎」

「……ピッ!」

 

 相棒の瞳に一切の迷いがないことを見て取ったシュウは力強く返事をして飛び立った。

 

 シュウから眼前の相手に視線を戻したタスクは探るように問い掛ける。

 

「……俺から受けた傷はこの短期間に治るものではなかったはず。どうやって癒した……⁉︎」

「その言葉、そっくりお返ししたいところだがまあいい。神州(しんしゅう)の房中術とは大したものだな。おかげで以前よりも力が(みなぎ)るようだ」

 

 その言葉の意味するところをタスクは完全に理解していなかったが、ルゥインによって治療を施されたのだと受け取った。

 

 ゼンマの状態が万全であることを悟ったタスクは悔やむように眼を伏せて話す。

 

「……俺には分かっていた。穏やかな笑みの裏で善磨(ぜんま)殿が偏った思想を持ち合わせていたことを……」

「…………」

「しかし『鏡人(かがみびと)』となったことで、理性で抑えていた危うき思想が解き放たれてしまった。あの時(・・・)は止められなかったが、今度こそお前を止めてやる……!」

「止める必要などない」

 

 決意に満ちたタスクの言葉を斬って捨てたゼンマは煌びやかな街並みに腕を伸ばして続ける。

 

「————(たすく)殿。君はこの不自然に不必要に夜の闇を照らす街並みを見て、そして、肺や眼を冒すこの黒煙を吸い込んで何を思う?」

「……お前たちの言わんとすることは分かる。俺もこの街の在り方に思うところはある。だが、この街————いや、この大陸にも純粋な生命(いのち)の営みがあるんだ。なんの対話も警告もなく粛清を強いる『母』の決断は間違っている……!」

「警告ならすでに出されている。『鏡人(かがみびと)』に前もって生み出された『晄石獣(ジェムート)』がそれだ。しかし、人類はそれすらも(おのれ)の欲望を満たすために利用してしまった。もはや対話の時は過ぎた」

「日々を生きるだけで精一杯の者たちや、無垢なる子らにも『罪』があると言うのかッ‼︎」

 

 激情を露わにしたタスクとは対照的にゼンマは冷めた様子で口を開く。

 

「————『無知は罪なり』とはよく言ったものだ。己の無知をなんら恥じることなく知識を増やそうとも疑問を思い浮かべることすらも放棄し、毎日をただ流されるように生きる者など、息をしているだけで『罪』だ……!」

「違うッ! 無知を罪と断じるその傲慢さ、それこそが————」

 

 なおも声を荒げるタスクにゼンマは掌を向けて続く言葉を制した。

 

「意見を交わすのはここまでとしよう。『(あるじ)』のご意思を止めたくば、まず私を斬ることだ……! ……オン アタバク ソワカ、全ての明王を統べし力を我が身に————!」

 

 突如、ゼンマの身体から発せられる重圧が強烈に増し、真正面から受け止めたタスクは歯を食いしばり持ち(こた)える。

 

「…………!」

 

 『不動明王(フドウミョウオウ)』の青黒い肌が徐々に暗緑色へと染まり、能面のようだった(かお)が鬼のような形相へと変化していく。だが、変化(へんげ)を遂げたのはそれだけではない。

 

「……貴様(・・)を恐るべき障害と認め、我が最強の神『大元帥明王ダイゲンスイミョウオウ』の力を以って調伏(ちょうぶく)してやる……‼︎」

 

 背面から伸びる新たな四本の腕に力を漲らせてゼンマは眼の前の(タスク)を睨みつけた。

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