第73話 港湾都市・グロンダン
工業廃水に汚染された海を横眼に駆けると、ほどなくして港に併設された都市が見えてきた。
「————どうやら、あれがグロンダンのようだな」
小高い丘から遠巻きにグロンダンの街を眺めながらタスクがつぶやくと、隣に並ぶリンファも驚いたように口を開く。
「ロワゴールと同じくれえデッケエ街じゃ。けど、壁の上から見えとるあのでえれえ数の筒はなんなんなら?」
リンファの言葉通り、グロンダンの周囲はやはり『晄石獣』避けの高い外壁で覆われていたが、それ以上に高くそびえる無数の筒からは黒煙が絶え間なく天に登っていた。
「あれは工場の煙突でしょうね。あの数からすると、やはり稼働している工場はロワゴールよりも多いようね」
「ミロワ、『鏡人』の反応はどうだ?」
タスクに尋ねられたミロワはうなずいて眼を閉じた。
「…………今のところ『鏡人』の反応は無し……。周囲にも感じられないわ」
「そうか。では今の内に街に入り、地形や工場の様子などを確認しておこう」
「了解じゃ! 決戦前に腹ごしらえもしとかんといけんしな!」
お腹をさすりながら話すリンファにタスクとミロワはフッと微笑んだ。
◇
ここまで立派に走ってくれたヘイワンたち三頭を街の外で休ませたタスクたちは外壁を乗り越えグロンダンの街へと入った。
「————驚いたな……! 街の中を小さな鉄ムカデが走っているぞ……!」
「それになんじゃ……⁉︎ 街中にクモの巣が張られとるみてえじゃがな……!」
侵入したグロンダンの街中にはおびただしい数の電線が張り巡らされており、それらを利用した路面電車が通りの中央を我が物顔で通行していた。
「……ロワゴールは人の数も多かったけれど、歴史ある建造物が多数残されていた。でも、このグロンダンは工業都市ということもあって、首都よりもより文明化が進んでいるようね……」
「地球のエネルギーの結晶・『晄石』を使ってか……」
「…………」
いつになく真剣な面持ちのリンファの言葉にミロワは無言でうなずいた。
「……この様子だと、遅かれ早かれ『地母神』の標的になることは間違いなさそうだな。次は工場や港の様子を見に行ってみよう……」
まるで狼煙のように立ち昇る黒煙を目印にタスクは工場地帯へと向かって歩き出した。
◇ ◇
————世界に漆黒の帳が降りた頃、タスクたち三人の姿はグロンダンを望める丘の上にあった。
パチパチと焚き火が爆ぜる音以外は耳に届くものはなかったが、遠目に見るグロンダンの街は夜の支配に抗うように人工的な明かりを生み出し、外壁から顔を覗かせるいくつもの煙突からはまるで天上の星々を覆い尽くそうとするかの如く絶えず黒煙が立ち昇っている。
「……あの街の人間はいつになったら眠るんじゃ……?」
脚を折ってリラックスしているヘイワンに身体を預けたリンファが呆れた様子でつぶやいた。
「あの様子では交代制で絶え間なく稼働しているのでしょう……」
同じくネージュに身を任せたミロワが答えると、リンファは迷ったような表情で再び口を開く。
「…………正直言うてウチ、どっちが正しいんか分からんようになってきた……」
「リンファ……」
「……工場に行ったらでえれえ空気が悪うて胸が苦しゅうなったし、港は港でやっぱり海が汚れとった。あんなんぜってえ良うねえわ……」
「…………」
現実を目の当たりにして迷いが生じたリンファにミロワも掛ける言葉が見つからない。
「————だが、あの街には必死に働いて生きている人たちがいる」
代わりに答えた男の方へリンファは顔を向けた。
「タスク……」
タスクはグロンダンの街を眺めたまま続ける。
「確かに人類が発展を望むことが自然を、環境を、地球を傷つけることに繋がっているのかも知れない。しかし、家族や大切な存在を守るために必死に働いている者がいる。眼の前の問題に心を配る暇もないほど、日々を生きるだけで精一杯の者もいるだろう。その人たちは無慈悲に命を奪われるほど罪深いというのか……?」
「…………!」
タスクの言葉を聞いたリンファの眼が見開かれる。
「俺はそう思いたくはない。問題提起すらも放棄して一方的に粛清しようとする神などに俺は従うことは出来ない……!」
「……そうじゃな。タスクの言う通りじゃ。工場にも港にも汗水垂らしてめっちゃ頑張っとるおっちゃんどもがおった……!」
「おっちゃんどもって……」
リンファの言い草にミロワは口元を押さえる。
「でもそうね。あの街には……いえ、この世界には何の罪も無い子供だっているわ。彼らの未来を守るためにも私たちは迷ってなんかいられない————ッ⁉︎」
話の途中で突然ミロワが頭を押さえた。
「どうした、ミロワ⁉︎」
「————『鏡人』の反応が二つ……‼︎」
「二つじゃと⁉︎ どっから来るんじゃ⁉︎」
「…………」
ミロワは眼を閉じ精神を集中させた後、指を北の方角へ向けた。
「……グロンダンの正門に真っ直ぐ向かって来ている。速度からして恐らく何らかの『晄石獣』に乗っているはず……!」
「よし、街に侵入される前に迎え撃つぞ!」
「ええ!」
「ヘイワンたちはここで休んどって!」
グロンダンを目指して襲来する二人の『鏡人』を迎え撃つべく、タスクたち三人は中間地点で並び立った。グロンダンが戦闘地帯となるのを回避するために。
「もうすぐ姿が見えるわ……!」
前方は丘となっており襲来する敵の姿を捕捉することは出来ないが、次第に大きくなってくる脚音から、ロワゴールや列車の時のような大群ではないことが窺い知れた。
「……この脚音は……!」
得物を握るリンファの力がより一層強まる。
「————来たぞ!」
タスクが声を上げたと同時に丘の上に現れたのは一頭の白虎。その背には自らの身長を優に超える得物を携えた烈女が一人。
「師姉————いや、ルゥイン……‼︎」
「……フン、やはり貴様らか」
予想していたように鼻を鳴らしたルゥインだったが、その隣に相棒となる『鏡人』の姿は見えない。
「ルゥイン! ここでお前たちを止めてやる。もう一人の『鏡人』も尋常に姿を現せ!」
「……馬鹿め」
タスクの呼び掛けをルゥインが吐き捨てた時、その背後から大きな影が猛スピードで飛び出した。
「な————ッ⁉︎」
丘から飛び出したのはシュウの数十倍の体躯はあろうかという大鷲であった。その太く強靭な脚を掴んでいるのは片刃の長剣を佩いた細身の男。
「————ゼンマっ‼︎」
「…………」
雄々しく羽ばたくオオワシ型『晄石獣』に掴まったゼンマは驚愕する三人を冷めた眼で見下ろし、瞬く間に置き去りにして行った。
「クッ!」
「タスク、ゼンマを追って! ルゥインとトラ型『晄石獣』は私とリンファが引き受けるわ!」
「……任せた!」
飛翔してグロンダンへ向かうゼンマを追って行ったタスクの背を見つめていたルゥインだったが、その視線を手前の侠女へ移して低くつぶやく。
「……よし。まずは『鏡人』の存在を感知し、『迦楼羅焔』を打ち消してしまう厄介なミロワを始末する……‼︎」




