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【完結】鏡合わせのミロワール  作者: 知己
第10章 グロンダンの死闘

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第72話 青き輝き、黒き濁り

〜〜〜〜〜 第9章のあらすじ 〜〜〜〜〜

 

 

 ジャンと別れた(たすく)たち三人はまず因縁深き『鏡人(ミロワール)』のゼンマとルゥインを打倒すべく、『地母神(テルース)』の標的になり得る港湾都市・グロンダンを次なる目的地に定めた。

 

 しかしグロンダンへの道のりは遠く、ジャンを失ったこともあり、替わりとなる移動手段が必要になった。

 

 鏡花(きょうか)————ミロワが仕入れた情報から列車(トラン)なる鉄ムカデに乗る意見が挙がったが、自分たちが乗車することで数百の乗客に累が及ぶことを懸念した佑によって馬を入手することとなった。

 

 首尾よく衛兵の官舎からツユリとネージュという二頭を仲間に加えた我々は線路に沿ってグロンダンへと南下していたが、鉄ムカデを標的とした『鏡人(ミロワール)』と馬型『晄石獣(ジェムート)』の群れに出くわした。走行する鉄ムカデを守りながら戦うという難しい状況となったものの、三人と三頭、そして私の華麗な活躍によって見事撃退することが出来た……!

 

 

      ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「————あーあー、まーた床で死んでやがる」

 

 焼きたてのクロワッサンとマドレーヌが入ったカゴを抱えた金髪の若者は部屋中に散らばったメモの上に横たわった人物の姿を眼にして顔をしかめた。

 

「ったく……」

 

 金髪の若者はカゴを抱えたまま床の死体(・・)を乱暴に足蹴にする。

 

「オラ、起きろ! 朝メシだぞ、ハカセ!」

「…………うーん……」

 

 うつ伏せの姿勢で呻き声を上げた死体(・・)は、同じく床に転がっている眼鏡を手探りで探し当てた。

 

「……やあ、おはよう……。ジャンくん……、まずコーヒーをいただけるかな……」

「ああ、いいぜ。目覚ましに最高にドス(ぐれ)えヤツを淹れてやるよ……!」

 

 寝ぼけ(まなこ)のジゼルにエプロン姿のジャンは乾いた笑顔を見せたが、その眼は笑っていなかった。

 

 

 

 ————ジゼルは口いっぱいに頬張ったクロレーヌ(・・・・・)を真っ黒なコーヒーで一気に胃に流し込んだ。

 

「いやあ、ジャンくんの焼いてくれたクロワッサンとマドレーヌは美味しいね。また腕を上げたんじゃないのかい?」

「……そう思うんなら、一つ一つをもうちょい味わって食ってくれ……」

 

 ミルクを入れたコーヒーをすすりながらジャンが恨めしげな視線を送るが、当のジゼルは気にする素振りも見せず再びクロワッサンとマドレーヌを同時に口に運ぶ。

 

「気を悪くしないでくれたまえ。食事の時間がもったいないからこのスタイルが身についてしまったんだ。でも、同時に咀嚼しても嫌な味はしないから別々に食したとしても美味しいのは変わらないさ」

「この変人ハカセが……! ……それで、その研究の方はどうなんだよ?」

 

 ミロワとリンファが倒した二体の『鏡人(ミロワール)』について尋ねられたジゼルは残っていたコーヒーを飲み干し、眼鏡を意味ありげに持ち上げた。

 

「————さっぱり分からない」

「は?」

「身体のどこを切っても血管以外の臓器らしい臓器が見当たらないんだ」

「なんだ、そりゃ……⁉︎ そんじゃ血液とかはどうなってんだよ……⁉︎」

「チューブのような太い血管に無色透明な液体が流れているが、いくら調べても成分がよく分からない」

「…………!」

 

 言葉を失うジャンに対し真剣な表情のジゼルが続ける。

 

「血管以外の臓器が見当たらないと言ったが、一つだけあったね。胸の中心にある赤いランプのようなものが……」

「ミロワちゃんが言ってた変な光を出すってヤツか……!」

「彼女の証言を信じるならば、そこから照射する光線で対象の情報を読み取るのだろうが————ああッ‼︎」

 

 突然頭を抱えて立ち上がったジゼルにジャンは度肝を抜かれた。

 

「きゅ、急にどうしたんだよ、ハカセ⁉︎」

「……ああ……っ! 『鏡人(ミロワール)』の生きた検体が欲しい……! 人間をコピーする瞬間をこの眼に収めたい……! そのメカニズムを解明したい……ッ‼︎」

「…………」

 

 またしても閉口するジャンにジゼルは不意に顔を向けた。

 

「……ジャンくん。すまないが、コピー前の生きた『鏡人(ミロワール)』を一体調達してきてくれないかい……? この際、多少活きが悪くても構わない」

「無茶言うな! そこらの市場(マルシェ)で売ってるワケじゃねーんだぞ!」

「そうだよねえ……。やはり、タスクくんたちに私もついて行けば良かったかな……」

 

 その言葉を聞いたジャンは心配そうな表情を浮かべてつぶやく。

 

「アニキたち、無事でやってっかな……」

 

 

         ◇

 

 

 ————一方、グロンダンへ向かうタスクたちは海沿いに伸びる線路の脇を軽快に飛ばしていた。

 

「うわあーっ! ええ景色じゃなあ、タスク!」

 

 左手に広がる洋々たる大海を見つめたリンファが嬉しそうに振り返ると、後ろに続くタスクとミロワも笑みを浮かべて同意する。

 

「ああ。故郷の海が一番だが、こちらの海も(おもむき)がある」

「ええなあ。ウチ、神州(しんしゅう)の山奥で育ったけえ、あんまり海に馴染みがないんじゃ。でもでも、神州には海か言うぐれえのでえれえデッケエ河が二つもあってな! いつか一緒に舟で遊覧したいな……!」

「有名な『燈河(とうが)』と『大江(だいこう)』ね。きっと想像以上に壮大な景色なんでしょうね」

「お前は誘っとらん! ウチとタスクの二人で行くんじゃ!」

「どうしてそんな意地悪なこと言うの?」

 

 馬上で言い争いを始めた二人に先駆けて先頭に立ったタスクはどこまでも青く澄んだ海を視界の端に収めていたが、ある異変に気が付き海上に顔を向けた。

 

「————なんだ、あれは……!」

『え?』

 

 ただならぬ様子のタスクの声色に、ミロワとリンファは言い争いをやめて彼の視線を追った。

 

『…………!』

 

 

 ————二人の瞳に映ったのは、ある地点を境にして黒く(にご)った大海原の無残な姿であった。

 

 

 異変の正体を探るべく、馬を止めた三人は改めて(よど)んだ海面を注視する。

 

「……あれは、油か……⁉︎」

「……そのようね。グロンダンは港湾都市だそうだから、おそらくあの油の正体は工業排水といったところでしょう……」

「工業排水⁉︎ 青い海がでえれえ黒うなってしもうとるがな!」

『…………』

 

 黒い油膜が張られたその光景に黙り込んだ三人だったが、不意にタスクが馬首を返した。

 

「…………行こう。グロンダンはもうすぐのはずだ」

「……そうね」

「……そうじゃな」

 

 数分前まで青き輝きに心を奪われていた三人だったが、今やその胸中は汚染された海面に同調するように暗く沈んでしまっていた。

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