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【完結】鏡合わせのミロワール  作者: 知己
第9章 鉄道攻防戦

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第70話 間合いの利

 暴走した列車(トラン)に主人を乗せるために最後の力を振り絞った栗毛馬が息を荒げていると、激しく上下するその背が柔らかな手に優しく撫でられた。

 

「頑張ってくれてありがとう、ツユリ。あなたはゆっくり呼吸を整えてから追い着いて来てね」

 

 ツユリの功を労ったミロワは前方へ顔を向け、タスクとグレゴリーを乗せて遠ざかる鉄ムカデの背を見つめた。

 

「あとはタスクがあの『鏡人(ミロワール)』を無事に倒してくれるといいのだけど……」

「なんじゃ、ミロワ! お前はタスクの腕を信じとらんのんか⁉︎」

 

 威勢のいい声に振り向くと、追いすがる『晄石獣(ジェムート)』を蹴散らしながら駆ける侠女と黒鹿毛の姿が見えた。

 

 リンファは白馬にまたがるミロワに並走して続ける。

 

「一騎打ちに持ち込んだんじゃ。ウチを倒した時みてえに『帝釈天(タイシャクテン)』の力を使やあ一発じゃ!」

「……『帝釈天(タイシャクテン)』の力は使えないはずよ」

「何でなら⁉︎」

 

 驚いて詰め寄るリンファにミロワは一呼吸置いてから答える。

 

「『帝釈天(タイシャクテン)』は(いかづち)を司る神————その力を行使すると列車の乗客も無事では済まないわ」

「あ……!」

「そしてタスクは言わば病み上がりの状態……相手の力量によっては厳しい闘いになる……!」

「だ、大丈夫じゃ! タスクならきっとやってくれる! ウチはそう信じとる!」

「ええ、そうね。タスクを信じて、私たちは私たちのやるべきことをやりましょう……!」

「そうじゃ! ウチらは残った『晄石獣(ジェムート)』どもを一掃せんとな!」

 

 決意を固めた二人の侠女は各々の得物を握る力をより一層強めた。

 

 

          ◇

 

 

 ————猛スピードで疾走する列車の上で向かい合うタスクとグレゴリーは互いの力量を窺うように睨み合った。

 

「……どうした? 『カミオロシ』という技は使わんのか……⁉︎」

「…………」

 

 グレゴリーの問いにタスクは黙して答えない。

 

 それはミロワの推測通り乗客を巻き込まない思惑もあったが、『神降ろし』は心身への負担も大きく、復活したばかりの肉体では強大な力に振り回される恐れがあったのである。

 

「そうか。では、こちらから行くぞ————!」

 

 言葉と共にグレゴリーの手にした大槍が突き出された。

 

「————ッ‼︎」

 

 瞬時に後方へ飛び退(すさ)ったタスクの衣服に指先ほどの穴が穿たれた。その位置は心臓の真上である。

 

「……我が槍を躱すとは流石だな……!」

 

 大柄な肉体からは想像もつかない一切の無駄も見られぬ『突き』————。

 

 シンプルであるが故にその威力は絶大であった。

 

「————だが、貴様も武に生きる者ならば分かるだろう。槍の間合いでは剣は届かん」

「…………」

 

 グレゴリーの指摘にタスクの眉がピクリと反応した。

 

 武術において間合いの差は大きなアドバンテージとなり、その不利を覆すには相当の力量差が必要とされている。

 

「そして、地の利もこちらにある……!」

 

 グレゴリーとタスクは同時に足元に眼を向けた。

 

 列車の幅は狭く、不規則かつ強大な振動が容赦なく身体の平衡感覚を狂わせる。それだけならば互いに同じ条件だが、進行方向を背にしたグレゴリーは追い風の恩恵を受ける一方で、タスクは強烈な向かい風を受ける形となっていた。

 

「列車に飛び移った時点で貴様は詰んでいたのだ。このような狭い場所では回り込んで的を外すことも叶うまい。いずれ我が槍に貫かれることは必定————ッ!」

 

 再び槍の穂先が揺らめき、風を孕んだ三段突きがタスクに襲い掛かる。

 

 先ほど馬上で刃を交えた経験から、膂力(りょりょく)に勝るグレゴリーの諸手(もろて)突きを刀で受けることは難しいと判断したタスクはやはり後退を余儀なくされた。

 

 開いた間合いを埋めるためグレゴリーは槍を構えたままにじり寄る。

 

「またもよくぞ躱したと言いたいところだが、今度は綺麗にとはいかなかったようだな……!」

「…………ッ」

 

 眉を寄せたタスクの喉から一筋の鮮血が流れ、鳩尾(みぞおち)と丹田(ヘソの下)の位置からは小さな(あか)い花がじわりと咲いた。

 

「今は浅手に(とど)まったが、次はどうかな……⁉︎」

「…………」

 

 無言で喉の血を拭ったタスクは手にした刀を返して鞘に収めた。その様子を眼にしたグレゴリーの顔にわずかな落胆の色が宿る。

 

「……降参ということか……? しかし貴様も人間である以上、見逃すことは出来ん」

「…………」

 

 だが、タスクの瞳に『諦観』の二文字は見られない。答える代わりに身体が開かれ刀の(つか)に手が掛けられた。

 

「む……!」

 

 居合の構えを取ったタスクから放たれる重圧を受けたグレゴリーは気を引き締めるように槍を強く握り直す。

 

「どうやら諦めたのではなさそうだな。いいだろう、渾身の一突きで終わらせてくれる……‼︎」

「…………」

 

 やはりタスクはグレゴリーの声に答えず、口に続いて眼を閉じた。

 

 精神を集中させたタスクの耳から風を切る音、列車の走行音、恐怖に怯える乗客の叫び声といった雑音が消え失せ、やがて真っ暗だった脳裏に荒れ狂う大海に浮かぶ小舟が映し出された————。

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