第59話 『ミロワール』
————室内に広がったメモの海をうつ伏せの姿勢で漂っているのはこの屋敷の主、ジゼル・オットーであった。
第一発見者のジャン=アラン・ノロは口元を押さえて声を絞り出す。
「……な、なんでハカセが……‼︎ まさか、別の『カガミビト』にやられたのか……⁉︎」
しかし、そんな彼の推測は扶桑国出身のサムライであるタスク・クサカベによって否定される。
「……いや、俺たちの他には人の気配は感じられなかった。別に来訪者がいればシュウも勘付いていたはずだ……!」
眉根を寄せて答えた彼の意見に、『鏡人』と称される存在のミロワが同調する。
「そうね。私が感じた『鏡人』の波長は先ほどの二人だけ。間違いないわ」
「……それじゃあ、ジゼルはいったい誰にやられたんじゃ……⁉︎」
ミロワに続いて口を開いたのは神州国出身の武術家であるリンファだった。
「……いま思い返してみると、ジゼル殿はミロワが『母』の正体を話そうとしたところを不自然に遮ってあの妙な芝居をしたようにも思える……」
タスクの言葉にジャンは先ほどの記憶を呼び起こしうなずいた。
「そう言われるとそうだな……。でもなんでハカセはそんなことしたんだ……⁉︎」
「あくまでも推測だが、こうは考えられないか? ジゼル殿は恐ろしい事実から逃避するためにあのような行動を取ってしまったと……!」
「……まさか……ジゼルさんは『母』の正体に気付いてしまった……⁉︎」
「それじゃあ……ジゼルは正体に気付かれた『母』にやられたんか……⁉︎」
『…………‼︎』
一同は顔を見合わせて黙り込んだが、しばししてジャンが口を開いた。
「い……、いや、でもおかしいじゃねえか。アニキもミロワちゃんも他のヤツの気配は感じねえって言ったよな?」
「ええ……。もしや、ジゼルさんはあまりの恐怖から自ら命を……⁉︎」
「床に散らばった紙片はジゼル殿の辞世の句かも知れん。ジャン、読んでみてくれ……!」
「えっ、ああ! ダイイングメッセージってヤツか! よし、今————」
「————盛り上がっているところ申し訳ないのだけれど、もう起き上がってもいいかね?」
「へ?」
メモを拾おうとジャンが屈み込んだところ、床に突っ伏していたジゼルの顔がくりっと動いて至近距離で眼が合った。
「————い、生きてる⁉︎」
あまりの驚きに尻餅を突いたジャンに代わってジゼルはすくっと立ち上がった。
「当然生きているよ。少し伏せて休んでいただけなのに、キミたちが探偵顔負けの名推理を始めてしまったから起き上がるタイミングを逸していたんだ」
『…………』
半笑いで話すジゼルに一同は気まずそうに顔を背ける。とりわけタスクは深く恥じ入ったように額に手を当てた。
「……だから紛らわしいんだよ、クソハカセ! 敵が襲い掛かって来たタイミングで、床にこんなメモが散らばった上にうつ伏せに倒れてりゃ誰だって死んでるって思うだろうが!」
「それはすまなかったね、ジャンくん。思い付いたことを忘れないうちに書き出しておこうと思ったんだが、デスクに掛けるのももどかしくてつい床でね。ただ、キミたちも早とちりというものだよ。死んでいるかどうかはまず脈と呼吸を確かめてから判断すべきだ」
「う、うるせえんだよ、この変人ハカセが!」
気恥ずかしさを誤魔化すために悪態をついたジャンの後にミロワが口を開く。
「……それで、ジゼルさん。いったい何を書いていたんですか?」
「フッフッフ。良い質問だ、ミロワ嬢。聞いてくれたまえ、ようやく決まったのさ!」
「な、何がですか……?」
「呼称だよ!」
「……呼称……?」
首をひねるミロワにジゼルは得意げな表情で続ける。
「私が考えていたのは我が国における『カガミビト』の呼び方さ。いいかね? 『カガミビト』という言葉はこの国の人間には発音しにくいんだ。そこでゴール語に置き換えて『ミロワール』と呼称しようと決めた! どうだね⁉︎ 良い名称だろう⁉︎ 『鏡人』‼︎」
「……そんなどうでもいいことを必死こいて考え込んでたのか。学者ってのは実はバカなんじゃねえの……?」
「何を言う! 呼称は学説の発表の際に重要なんだよ!」
「……ミロワを見せ物にするつもりならば、いくらジゼル殿でも……!」
鯉口を切ったタスクにジゼルは手を広げて答える。
「落ち着きたまえ、タスクくん。キミたちが無事に戻って来たということは襲来した『ミロワール』を倒せたんだろう? そちらなら調べさせてもらっても良いね?」
「好きにしたらええがな。庭で鏡みたいな正体を現して倒れとるわ」
「ほうほう……、それは大変貴重な検体になりそうだね……! だが、その前に————」
突如真顔に戻ったジゼルはミロワへ向き直って指を一本立てて見せる。
「……私が導き出した結論の答え合わせをさせてもらいたい」
「答え合わせ……? 今度は急に何を言い出すんだ?」
「ジャンくん、先ほどキミたちが話していたことだよ」
「————『母』の正体、か……‼︎」
『…………‼︎』
タスクのつぶやきにジャンとリンファは同時に固唾を呑み、視線をミロワへと移した。
「…………どうぞ」
「ありがとう、ミロワ嬢」
何か察していた様子のミロワの返事を聞いたジゼルは感謝の言葉を述べて大きく腕を広げた。
「————人類を滅ぼすために『晄石獣』と『鏡人』を産み出した『母』とは————、此処にいる……‼︎」




