第60話 『母』の正体
ジゼルの放った衝撃的な発言に室内はしんと静まり返った。
長い間口を開く者はいなかったが、沈黙を破ったのは普段口数の少ないこの男であった。
「…………『此処にいる』……⁉︎ この中に『母』がいると言うのか……⁉︎」
神妙な面持ちで尋ねたタスクに続いてジャンが声を上げる。
「……『母』っつうくれえなんだから、そいつは女なんだろ……⁉︎」
眉間にシワを寄せたジャンがこの場にいる女性三人を順に見回していく。
「————ウ、ウチは違うで! ウチはその『ミロなんとか』に師父や師姉たちを殺されとるんじゃ‼︎」
ブンブンと両手を振って否定するリンファにジャンはうなずいた。
「そうだよな。それじゃあ、残るは————」
ジャンとリンファは残りの二人を視界に収めた。
「……こんなことは言いとうないけど、『母』っていうヤツは話に聞くだけで誰も見たことはない————たった一人を除いてな」
「…………」
一同の視線を注がれたミロワがゆっくりと口を開く。
「……私も『母』の姿を見たことはないわ」
「はあ⁉︎ それマジで言ってんのかよ、ミロワちゃん!」
「ええ……。私は『母』の声しか聞いたことがない」
「なんじゃ、そりゃ⁉︎ 『ミロ……ミロワール』たちは姿も見せん奴の言うことを聞いて人類を滅ぼすとか言うとるんか⁉︎」
「その通りよ」
『…………‼︎』
にわかには信じられない事実を平然と話すミロワにジャンとリンファは開いた口が塞がらないといった様子で黙り込んだ。
沈黙した二人に代わって口を開いたのはまたしてもこの男である。
「————今更ミロワを疑う気はない。俺はミロワを信じる……!」
「タスク……‼︎」
一点の曇りもない眼で言い切るタスクにミロワは感激の表情を浮かべた。その様子にジャンは慌てて追従する。
「……お、俺だって疑ってなんかねえよ! それじゃあ、やっぱ怪しさ満点だった————」
ミロワから皆の視線を奪ったジゼルは手を伸ばして否定する。
「落ち着きたまえ、ジャンくん。私は『此処にいる』とは言ったが、それは何も『この部屋に』という意味ではないよ」
「ああ⁉︎ この部屋じゃなけりゃ、この街ってことかよ⁉︎」
「いいや」
「この街でもねえってことは、この国に————あっ! 現在の首相は確か女だ!」
「首相いうたらこの国の一番偉い奴か!」
「そうだ! ゴール国には大統領もいるけど、首相なら怪しげな実験で生物兵器を産み出しててもおかしくねえんじゃねえか⁉︎」
「そいつが『母』なんじゃな⁉︎ ジゼル!」
「…………」
静かに首を振るジゼルにジャンとリンファが詰め寄る。
「じゃあ、誰なんだよ! 首相じゃねえなら大統領の嫁か⁉︎」
「ええ加減にせえ! 知っとるんなら早う言えや‼︎」
「落ち着きたまえと言っているだろう、二人とも。考えてもみたまえ、首相や大統領が極秘実験で生物兵器を産み出したとして、自国民を滅ぼすメリットがどこにあるんだね?」
「あ……! そ、それじゃあ、どっか別の国のトップが敵国を滅ぼそうとして……⁉︎」
「…………」
またしても首を横に振ったジゼルは部屋の中央へ進んで、長い指を床に向けて指して見せた。
「此処だよ、此処。私が想像している『母』は此処にいる」
「…………な、なんだ、そりゃ……地下————地底人ってことか……⁉︎」
「キミは想像力が豊かだね、ジャンくん。『晄石狩り』を廃業したら小説家になるのも面白いかも知れない」
「小説家って……」
呆気に取られて言葉を失うジャンと入れ替わりに、何やら考え込んでいたタスクが口を開いた。
「……ジゼル殿。もしや此処とは『世界』という意味で言っているのか……⁉︎」
「正解。私が問題を作った教師ならタスクくんには『秀』を進呈しているところだよ」
「…………」
この期に及んでなおも人を食ったような物言いを続けるジゼルにタスクとリンファは怒りの感情を隠さない。
「『世界』じゃと……⁉︎ そこまで範囲を広げたら、誰でも此処におるってことになるがな……! お前、さっきからウチらを馬鹿にしょーるんか……⁉︎」
「馬鹿になんてしていないさ。『晄石獣』と『鏡人』を産み出し、人類を滅ぼさんとする『母』なる存在とは————」
ここでジゼルは言葉を区切って、ミロワへ向き直った。
「————『世界』、『大地』、いや……『地球』と言った方が良いかな。これが私の導き出した『母』の正体さ。採点をお願いするよ、ミロワ嬢」
再び全員の視線を向けられたミロワはゆっくりと首肯した。
「……その通りです。私たちを産み出した『母』とはこの『地球』そのもの————‼︎』




